あの血の眷属との戦いを終え、意識が戻った時には既に病院のベッドの上に横たわっていた訳で…それからしばらく経って、時間を潰すために本を読んでいた時だった。少しお腹が減ったなぁなんて思いながら「ふう、」と軽く吐息する。と、静かに病室のドアが開き、仕切り代わりにひかれていたカーテンの影から見慣れた顔が覗いた。


「やぁ、クラウス」


読みかけの本を置き、ヘラリと笑って見せると彼は「元気そうで何より」と傍らに歩み寄りそっと微笑みながら簡易的な椅子に腰かけてベッドに座ったままの私を見る。


「へへ…流石に今回は、ちょっと血ィ出し過ぎたわ」

「すまない。無茶をさせた」

「いや、私はこれぐらいしか出来ないからさ」


あの時一番深手を負ったお腹辺りを軽く擦る。お腹以外にもいくつか包帯が巻かれている感覚を感じながら笑ってみせる。腕には点滴、傍から見れば見るからに重症患者なのに、当の本人にとってみれば左程大怪我ではないような口ぶりだ。心配させまいと冗談交じりに吐いたつもりだったが、クラウスは少し顔を曇らせる。そんな彼の顔を視なかった事にして、話題を変える。


「で?レオナルドの眼は?順調?」

「嗚呼。彼自身、制御できるようになってきている」

「それは何より」


聞けば他の皆も変わりなく過ごしているようだ。スティーブンなんかとっくに退院して仕事復帰してるというし、K.Kもこの前退院して緊急事態以外は自宅で数日休養しているとのことだ。私自身も明日1日検査してもらって、明後日には問題なければめでたく退院できると医者も言っていたし、まぁ…あれだけの怪我を負ったにしては実に順調だろう。


「君の方はどうかね?」


ん?と何の事を言っているのかと思って首を傾げながら彼を見ると、クラウスは真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「"彼女の声"は―…いや、"2人"の声は聞こえるか?」


思わずドキリとした。でも彼は心配していた。彼の性格もあってか、心配している事が表情に全面的に出ている。ライブラの中でも"この事"を知っているのは限られた人だけ。中でも私の秘密を1番知っているのはきっとクラウスだ。だからこうして真っ直ぐに聞いてくるのだ。


「…"今は"聞こえないよ」

「そうか」

「聞こえたって、私は負けないさ」


体が弱る度に、誰かを護ろうとする度に脳裏で囁くあの声達に幾度となく飲み込まれそうになる。でもその度に、必死で自我を護るのだ。きっとその囁きに任せて身を委ねてしまったらどれだけ楽だろう。どれだけ強くなれるだろう。でもそれは"私じゃない"。それどころか護ろうとしていたものも大事に思っていたものもすべて壊してしまうことを知っている。だから委ねる訳にはいかない。いついかなる時も"シュタイン"でなければいけないのだ。


「あんな奴らに私をくれてやって堪るもんか」

「…嗚呼」

「大丈夫、貴方の拳は皆を護るために振るっておくれ」

「…シュタイン、」

「でも、でももし…もしもの時は―…お願い」

「しかし、それは―…」

「"契約"」

「…ッ」

「忘れたとは言わせない」


私自身を奴らにくれてやる気は更々無い。無いのだけれど、もしも。もしもの時に頼りになるのは彼だけ。彼だけがきっと私を止めてくれる。そう信じて私はこのライブラに入ったのだ。周りを納得させるために契約も書いた。彼もサインしてくれた。今と同じ不服そうな表情だったが。


「承知している」


少し間を置いて、静かにそう答える。本心ではどう思っているのかは私は知らない。…もし私の事を少しでも護ろうとしてくれているのであれば―、正直嬉しい。でも、私という存在の本質を分かってくれている人は彼しか居ないし、私の息の根を止めるのは彼であって欲しいと願ってしまう私も私なのだが。
彼に酷いことを言っているのは重々承知している。でも、でも私だってどうしても彼や皆を護りたいし、彼らが生きるこの世界を壊すわけにはいかない。お互いに辛い立場だと言う事を承知しているのだ。だから、それ以上何も言わずにそっと私の掌に触れてきた彼の大きな掌についつい安堵してしまう。


「優しいね、クラウスは」


優しく掌を包んでくれる温かさに目を伏せながらそう言う。と、クラウスはムッと口をつぐんで「そうだろうか」と真面目な顔で返してくるものだから、余計に面白くて。そうだよ。今までどれだけ貴方はその優しい言葉と手で色々な敵を粉砕し、色んな人を助け、救ってきたのだろう。現在進行形で救われている人だってそう少なくない筈だ。…その救われている人たちの中に私が居ることを忘れないで欲しい。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -