「はあい!シュタイン!ひっさしぶりじゃな〜い」


怒号と悲鳴と銃声があちこちで飛び交う中、何とも似つかわしくない明るい声が飛んでくる。ヒラヒラと片手を挙げて近づいてくる紅い衣服を身に纏った彼女は間違いない。K・Kだ。思いの外高いテンションに付いて行けず困り顔になりながら小さく手を振り、そして抑えめに返事を返す。


「ハイ、K・K。あー…そうだね。飲み会以来だ」


実際、そんなに久々というほど会っていない訳じゃない。あのレオが問題発言した飲み会で顔を合わせている。でもそんな事はどうでもいい。今回はそんな楽しい席での再会でもなければ、単なる近況報告会でもない、特別中の特別な案件での顔合わせだ。あまり出会いたくない案件だがこればかりは如何にもしようがない。
チラリと私の傍で控えているスティーブを見て少しばかり顔を顰めたように見えたK・Kを横目に「さっさと終わらせよう」と踵を返し、怒号と悲鳴と銃声が響き渡る空間へと足を踏み入れる。


「コラコラ。これ以上アッチの兵隊増やすんじゃないわよ。退きなさい」


爆薬や火炎放射と通常ではありえないような様々な手段を尽くしているが尽く効かず、機動装甲警官隊も全滅した挙句、屍喰らい(グール)化しているらしい警察の騒がしい無線をBGMに警戒線を簡単に踏み越える。


「君たち本当に行くのか…そんな軽装で…!!」

「まあ大丈夫だよ。餅は餅屋ってね」


そんな私たちを見て、指示を出していた警察の1人が驚いたように声を上げる。自分たちは起動装甲まで駆使しても敵わない相手がこの先に居るというのに、私たちの格好はその辺りを歩いている一般人とほぼ変わらないのだ。これと言って大きな武器も持っていないしそのまま敵陣に何の迷いもなく突っ込んでいこうとしているのだから、まァ驚かない訳がない。


「頼んだよチェイン。一部始終を録画してクラウスの元に届けてくれ。奴ら本体は映らなくても資料にはなる」


地下鉄の入り口の傍で待機していたチェインにスティーブンが声を掛ける。彼女の手には1台のビデオカメラ。そのカメラでこれから対峙しようとしている相手との戦闘を離れた場所に居るクラウスたちの元へと転送するのだ。彼の言う通り、奴らはカメラや鏡に"映らない"が今後の何かしらの資料になるかもしれない。チェインは無言で親指を立てて小さく頷いていた。
その姿を横目に、K・Kを筆頭に私とスティーブンもその薄暗い闇の入り口に足を踏み入れていく。入ってしまえば引き返すことなど出来ないだろう。それでも進むしかない。足を進めるたびに濃くなる奴らの気配を体中にビシビシと感じながら私は自分とは別の何かが奥底で暴れ出そうとしているのを薄っすらと感じていた。


「あーもう最悪だわー。シュタインは別として腹黒男となんてありえない」

「まーそう言うなよK・K。エルダーに対して女性2人で突っ込むより色々マシだろ?合理的に行こうよ」

「そーそー。数は多いに越したことはないってね」


その体の奥底にある感情を押し殺し、いつもの調子で言葉を交わす。K・Kはスティーブンが一緒に居ることが不服らしいが、事が事だ。クラウスが今すぐ駆けつけられない以上、このメンツで食い止めるのが今一番の最善と考えるしかないだろう。
カツンカツンと3人分の靴音が常闇に響き渡る。肌寒さを感じるぐらい静まり返った地下鉄の構内に生きている気配はない。居るのは既に救えない者のみ。嗚呼、血の匂いが濃くなる。


「…待ったわね…3年…」

「そうかい?僕はこんな日が来ないでくれたらとずっと思っていたよ」

「ダメな男ね」

「穏やかに行きたいだけさ」

「…どうだか」


そんな恐ろしい力を持っていながら、そんな恐ろしい影を持っていながら穏やかに行きたい?冗談にもほどがある。…いや、はたまた本心か。どちらにせよ、その言葉の本意は分からないが私たちのやることは1つだ。
スティーブンの言葉を横に流しながら暗闇の中から目の前に現れたその存在に3人とも視線を上げる。キアアアアア…と奇声に似た声を上げながら私たちの行く先に立ち塞がったのは、3体の機動装甲警官隊。しかし、その起動装甲に搭乗しているのは普通の警察官ではない。先に言ったように既に救えない者と化していた。明らかに奴らに血を吸われ、屍喰らい(グール)化している。


「954ブラットバレットアーツ(血弾格闘技)」

「エスメラルダ式血凍道」

「断繍(だんしゅう)血闘術」


3人とも静かな声だった。K・Kは銃を構え、スティーブンは蹴りをかまし、シュタインは右手を左手で傷つけ、大きく右手を振りかざした。数分前までは自分と同じ人だった存在を消すことになんの迷いもない。彼らの命は既にこの世に無い。いつまでも自分の意志も感情も関係なくこの世を彷徨う意味も無ければ存在することさえ許されない。今生きている人たちのためにも。いや、きっと私たちが彼らに刃の先を向けたのはそんな綺麗な理由じゃない。


「Electrigger1.25GW」

「エスパーダデルセロアブソルート(絶対零度の剣)」

「術式ノ壱 断落(たちおとし)」


何事も無かったかのように歩みを止めない3人の背後で、1体は感電したかのように閃光を纏い、1体は幾つもの氷の刃にその装甲を貫かれ、もう1体は綺麗に一線に切られて紅い水を地下鉄構内の床に滴らせる。それぞれの力を真っ向から受けた屍喰らい達は微かに震えてそしてすぐに爆発して消滅した。
コツコツコツと再び3人分の靴音が響く中、僅かにキンと硬い金属のみたいなものが擦れあうような音を立てながらいつの間にやら具現化されたその得物を握ったままシュタインは徐々にその姿を現し「来た来た」などと声を零している敵を見据えながら突き進む。怖くはない。ただ、そう。少しだけ苦しいだけ。


「マスターシニョリータ、あれかい?斃しておきたい友人っていうのは」

「そうそう 油断しちゃダメよ。彼らの技は対私達に特化してるわ。再生できなくなっちゃっても知らないわよ」


見た目は完全にニンゲンの男女。完全にこちらを舐めている。先ほど屍喰らい達を葬ったあの力を見ても動じずに、こちらを楽観視している存在は明らかに"奴ら"であることを証明している。


「4分もたすぞ」

「アタシに命令しないで」

「クラウスが来る前に周囲の障害を全て排除する」

「言うまでもない」


相手から少し距離を取り、構えた姿勢に入ったスティーブンの言葉にK・Kとシュタインが彼と同じように立ち止まって交互に応える。胸元のポケットにしまっていた懐中時計で時刻を確認する。今、クラウスがこちらに向かっている。強力な"レオナルド(助っ人)"を連れて。悲しいかな私たちには彼らを滅するに至る力はない。あくまで奴ら以外の敵を殲滅し、奴らの動きを食い止めるだけの程度だ。その奴らを滅するための希望を持つ2人がこの場に揃うまで、それまで何とか私たち3人で奴らの侵攻を食い止めなければならないのだ。


「いくよ」

「「 応 」」


逃げ道はない。逃げる理由もない。世界の均衡を保つため。いや、自分たちの敵を倒すため突き進むだけだ。自分自身から逃げない為にも、この戦いから逃げる訳にはいかない。そう、約束した。そう約束してくれた。私の力が必要だと真っ直ぐな瞳で言ってくれた、彼の為にも。彼が愛するものを、命をとして護ろうとしているものを私もつい護ってみようと思ってしまう。
嗚呼、なんて人だ。どうしてこう、彼が来ると分かっているだけでこんなにも安心できるのか。負ける気がしないのか。それは、今、まさに敵に向かって突撃している2人も同じ気持ちだろう。まァ、まずは襲い掛かってくる周りの雑魚(グール)達をその手に持った得物で真っ二つにしてやらなくては。そんなことを考えながら、脚は常に前進していた。





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