「おうおう 元気してたか穀潰し共」


見事に伸びてしまったレオナルドを担ぎ、声を張り上げながらライブラ事務所に足を踏み入れたのは誰でも無い、例のエイブラムスだ。今、自身が担ぎ上げている彼がまさか自分のせいで伸びてしまっているなんて思いもしないのだろう。何事も無かったかのようにあの街中から移動するエイブラムスの後に続いて、同じく彼の"体質"のお陰で流血した額を抑えながら事務所の扉を潜るザップの傍らで、シュタインはため息交じりに吐息する。


「クラーウス!!相変わらずの図体だ世間を圧迫してる分ちゃんと働いてるか?」


久々の再会で嬉しそうな声色でクラウスに歩み寄るエイブラムス。心なしかクラウスも少し嬉しそうに頬を緩ませ、エイブラムスに頭を下げている。まぁ師匠筋のエイブラムスを慕っているのだろう。だが、恐らくライブラの中でエイブラムスの体質を気にしていない(気付いていないのかもしれないが)のはクラウスだけだろう。ほとんどの関係者は名前を聞いただけで先日のK.Kのような反応を見せるのだから。


「そろそろ到着される頃合いかと」

「お、ギルベルトさん お久しぶりです。良く分かりましたな。特に連絡もしなかったのに」

「先ほどニューアーク国際空港で着陸失敗事故がありましたものですから」

「何と。それが我が接近のサインとは。参りましたな、ははははは」


歩み寄ってきたギルベルトさんの発言をまるで気にしてないように笑うエイブラムスの後ろで青ざめているザップを横目に、上着を脱いで入口近くのコート掛けにかける。本当、恐ろしい男だ。自覚が無いとはいえ、まさか先ほど自分達の目の前で起きた街中の事故の前にそんな事を起こしていたなんて。


「はいはい。エイブラムスさん、レオをそこに置いてやってくれますか?私が診ますんで」

「おお、頼む」


いつまでも担いだままにもいかないだろうと半ばレオナルドを忘れかけているエイブラムスに声をかけて、事務所のソファに下ろして貰う。何も言わずに数枚のタオルを持って来てくれたギルベルトさんにお礼を言いながらタオルを受け取る。エイブラムスが離れていき「は〜」と小さく息を吐きながら横になるレオナルドにザップと共に歩み寄った。


「もう説明はいらねえな?2つ名の意味と俺達の表情の理由」

「分かりました。全て納得しました。自分だけが特別ラッキーな人なんですね?」

「うーん…惜しいな。正しいが正確じゃぁない。格が違う」

「言ったろ?あの人ァ世界屈指の吸血鬼対策専門家なんだよ」

「だから格別恨まれてんのさ。血界の眷属(ブラッドブリード)共の社会全体に」

「………!!」

「分かるだろ?」


流血している部分をタオルをレオナルドとザップに差出しそれぞれ傷口を押えさせる。そう、世界屈指の血界の眷属対策の専門家であるエイブラムスは、その業界ではかなりの大物でありこの業界で知らない者はいないであろうかなり恨まれている存在。だから、


「呪われまくり倒しなんだよ」

「長寿のあいつ等(ブラッドブリード)が100年、1000年かけて編み出した呪術のフルコース…そうだなァ、例えば小国なら国ごと滅ぶぐらいレベルの術とか、ね…」

「嗚呼、それを一身に受けてあの人は掠り傷一つ負わねえんだ」


"豪運のエイブラムス"。それが彼の二つ名…つまりはその通りなのだ。最悪という最悪の全てをその身に背負いながらも今日まで生き延びてきた。その豪運さ故にありとあらゆる呪いを跳ね除ける体質を持つ、恐ろしい男だ。否、跳ね除けるまでならまだいい。問題はその後の呪いの行方、だ。


「だがよ〜術そのものは発動しているわけさ〜回避される直前まではな…。なあレオ?行き場の無くなった呪いはどこに行くと思う!?」

「やめて下さい もうイイです!!」

「ほらほら、そこまでにしてやんなよザップ」


実際その行き場の無くなった呪いというとばっちりを受けた2人。呪いをかけられた本人にこそ効果は無いが、結局その呪いは何かにぶつかるまで止まらない。つまり周りが必然的に巻き込まれるのだ。街中の事故も、空港での直陸失敗事故も全てこの大男の体質のせいなのだ。まぁ一番達が悪いのはその呪いをかけられている本人が無自覚であり、周りの不運の原因をまるで理解していないことだろうが。


「何だって!?本当ですかそいつぁ」


半ばからかうようにレオナルドに言うザップに制止をかけながらとりあえずレオナルドの右目ふきんの傷を止血しようと彼が抑えているタオルに手を伸ばしたその時、驚いたような声と共にエイブラムスが駆け寄り、私の存在など見えていないかのようにグイッとレオナルドに顔を寄せた。


「レオナルド君。君、"神々の義眼"保有者だったのか」

「あ…はい」

「馬鹿な!!何故先に眼のことを言わない!?眼は大丈夫なのかね!?次からは眼の為に片腕犠牲にするぐらいの覚悟でいけ!!」


そう言うや否や、エイブラムスは良く分からない何かをどこからか取り出してレオナルドの右目にぐるぐると巻きつけていく。義眼保有者であることを知ったエイブラムスの態度は先ほどとは打って変わって彼を心配するものになったが、代わりに片腕を犠牲にしろだなんて無茶な事を。そもそもこの怪我は誰のせいだと―…。いや、キリがない。やめておこう。


「あの…これは…」

「お札だ。効くかどうかは分からんが何もせんよりマシだろう」

「………」

「大丈夫、有害なものじゃないさ」

「そ、そっすか…」


びっしりと文字のような模様のような何かが描かれた札を右目に問答無用で貼られ、複雑そうな顔をするレオナルドに小さく声をかける。どこで手に入れたのかは知らないがこれと言って札からは嫌な気は感じないし、結果的に止血も出来てるし左程問題はないだろう。


「よし、ではまずこいつを見て貰おうか」


そんな困惑するレオナルドなど関係なしに、彼が義眼保有者と知るや否やエイブラムスはずっと自分の手首に手錠で繋いでいた大きなアタッシュケースをドンッとテーブルの上に置き、開く。鈍い音を立てて開かれたアタッシュケースの中には何やら朽ちかけているような手。パッと見、ミイラのようなその気味の悪い片手は手首から下が無く生命活動しているとは思えない。だが、微かにピクピクと動いている。…生きている。


「一見何の変哲もないルーズリーフの切れ端だが、分析の結果数百年前から存在しているものと分かっている。この紙片の為に47名の先鋭が命を落とした」


しかし本題はその朽ちかけていながらも生きている様子の手ではなく、その手が持っている"ルーズリーフの切れ端"ということらしい。真剣な面持ちで語るエイブラムスにレオナルドの顔はあからさまにこんな切れ端にそんな価値が?という表情を浮かべている。


「コピーも閲覧もこの手が許さない。本体を失ってなお、恐るべき執念だ」


嗚呼…この手を私は、私たちは知っている。"奴らの手"だ。ピリピリと体を駆け巡るこの反応。間違いない。嫌な感覚。体中が僅かに拒絶している。嗚呼、見たくもない。けれど、逸らせない。逸らしてはいけない。


「推測されるにこれは名簿。血界の眷属に於ける"創製されし13長老(エルダーズサーティン)"の真の名前が記されていると思われる」

「吸血鬼…ですか…」

「イマイチ ノれない様だな。無理もない、奴らに関する話は民間伝承そのものだからな」


夜を徘徊し、人血をその糧とし、肉体は不死。蝙蝠や狼に変身し、大蒜の臭いを忌避し、十字架 聖餅などの聖なるアーティファクトに弱く、流れる水の上を自らは渡れず、招き入れぬ限り人家への侵入はできない。その姿は鏡に映ること無く、滅するには心臓に杭を突き立てなければならない。そういう存在が今、この現代に存在していると言ってもいまいちピンとこないだろう。


「確かにバカバカしいがこの現象、全てが事実だとしたらどうする?」

「…は?」

「近代、電子顕微鏡の精度が上がるにつれ、あるからくりが明らかになった。これを見ろ」


見た方が早いとばかりにエイブラムスはアタッシュケースに付属されていた映写機のスイッチを入れると、壁に映し出される塩基配列の映像。その映像にレオナルドは首をかしげる。


「塩基配列…?遺伝子組み換えってことですか」

「そんな人間でも出来る事なら物理現象は凌駕できんよ。拡大してみよう。表面に僅かな影が見えるだろう?何だか分かるか?」

「………?」


年々向上する技術と共に顕微鏡の精度が上がり、分かった事。その恐ろしい事実を知った時は私も鳥肌が立ったものだ。ジッと映像をその唯一開いている左目で見つめるレオナルドに小さく息を吐きながら目を伏せ、口を開く。


「呪文だよ」

「 ?! 」


吐き捨てるように言ったシュタインの一言にレオナルドは絶句した。映像を目を凝らして見つめると確かに細かな記号のような文字がびっしりと遺伝子細胞に刻み込まれている。嗚呼、ぶっ飛んでいる。何もかもが。驚くレオナルドの表情に誰もが共感する。全く恐ろしい生き物だ。伝承で聞いていた吸血鬼の方がまだ可愛げが残っているというもの。


「全く忌々しい話だ。どうやっているかは分からんが、DNAに直接術式を書き込む出鱈目極まりない"人体改造"。人智を超えた存在が人間をベースに好き放題遊んだ結果、それが吸血鬼だ」

「………」

「イカレてるだろ?でも此処はそういう世界だ、嫌でも理解しろ」

「は、はい…」


そうだ。そういう生き物なんだ、奴らは。そして、奴らと長きに渡り対立してきたんだ。このライブラという組織は。信じられないと言うように立ちつくすレオナルドの意識を連れ戻すように吐き捨てた。


「超初期に現れた図抜けて完成度の高い13体。これを13人の長老と呼ぶ。奴らの呪文精度は桁外れで、十字架・大蒜など殆どの弱点は無く 肉体を破壊しても冗談の様に美しく再生し、存在は恐らく永遠。倒せる保障はゼロだ」


ゴクリ。レオナルドが小さく唾を吐く音がした。弱点も無い上に再生能力もあるそんな化け物と分かっていながらも挑み続ける我々を世間は馬鹿だと嘲笑うかもしれない。けれど、こちらには引き下がれないだけの理由がある。はー、はー、と無知に等しいレオナルドに向け一気に語ったエイブラムスが少し息を整え直し、再び重々しく口を開いた。


「1943年10月、過去に我々の社会が1度だけエルダース13と正面からぶつかった事があった」

「…どうなったんですか…」

「戦闘艦船一隻丸ごと乗っ取られたよ。奴は343人の乗組員の肉体で十字架を作ってみせた。我々をあざ笑うように」


連中はいつだってこっちの世界の様子をうかがっているし、その気になれば何だってできる。人間なんて脅威でも何でもないと思っているのだ。とんだ化け物たち。これまでに幾度となく連中とその配下における者たちに多くの犠牲者が出たし、弄ばれた。気に入らない。奴らの手の上で転がされていると思えば思うほど吐き気がしてくる。


「レオナルド、"読んで"みてくれ。"名"は"言霊"。"呼ぶことの出来る存在"になるのを彼らは極度に忌避している。霞のごとく捉えられぬ存在の本質を捉えるのだ」


エイブラムスが期待を含んだ声色でレオナルドを促す。そうか彼の持つ"神々の義眼"で、もしかしたら連中の唯一の弱点を突くことが出来るかもしれない。唯でさえその存在を掴めない連中のオーラを彼は実際に視ている。可能性はかなり高いだろう。だからエイブラムスは滅多に持ち出すことの無いこのアタッシュケースを持ってきたのだ。
促されたレオナルドは素直にその義眼をゆっくりと開いた。青い光を零しながら開かれた神々の義眼に見つめられ、アタッシュケースの中で大人しくしていた片手が突如何かを感じ取ったのか警戒するようにガタガタと動きを見せ、暴れ出す。やはり義眼はその片手が長年守り抜いてきた"名"を暴こうとしているらしい。それを感じ取った片手がこの場から逃げ出そうと暴れているのだ。と、

バチンッ

嫌な音が響く。うわ、という声と共に後方に倒れるレオナルドの顔には先ほどエイブラムスが貼ってくれた札が無くなって居た。どうやら先ほどの音は札が弾け飛んだ音だったらしい。床に倒れ込むレオナルドに一同が慌てて動き出す。


「レオナルド!」

「大丈夫かレオ」

「あ、…ビックリしたあ…」


真っ先に傍にいたシュタインとクラウスが彼に駆け寄り、床に倒れ込んだままの彼の顔を覗き込む。自分自身に何が起こったのか分かっていない様子のレオナルドが声を零しながら再び目を開く、と。


「!?…これは…うわ、やべえ…やべえっす!!」


呆気にとられていたレオナルドの表情が徐々に焦りを含んだような、引き攣ったものへと変わっていく。彼の中で何かが起こっているらしい。内心パニックに陥りかけている彼の傍らに片膝を着き、彼の肩に手を置きながらそっと問いかける。


「どうした?何が視える?」

「光が…どんどん…流れ込んで…」


光。私やクラウスなど周りの景色ではなく、彼の義眼には光が流れ込んでいるらしい。兎に角落着け、と彼を諭しながら両目をゆっくり閉じるよう促す。彼にとっても初めての事なのだろう。第一にパニックを起こして更に悪化させないようにするのが賢明だ。そう思い、シュタインは近くに居たギルベルトさんに濡れたタオルを持ってくるよう声をかけた。





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