「豪運のエイブラムス?」


多くの食品が並ぶ棚を見上げる横で疑問符を浮かべるレオナルド。その名を聞いて、多くの者が彼と同じ反応をするだろう。豪運、ってどんだけ運持ってんだよというような突っ込みを入れるだろうが、彼を知る人物はかなり納得のいく2つ名である。誰が考えたか知らないが良く考えてくれた!と握手を交わしたいぐらいだ。


「かいつまんで言うと世界屈指の吸血鬼(ブラッドブリード)対策専門家」

『クラウスの師匠筋にあたる人だよ』

「………師匠…ですか…」

「あー 説明してなかったか。元々旦那はそういう人だぜ?」

『っていうか、気付いてたんじゃないのかい?』

「俺らはみんなそう。その昔はチマチマ世界の色んな裏街道で化け物退治に勤しんでた」


まぁ、私がライブラに加わる前からの話だが。そういえばこの話、レオナルドにしてなかったな。ライブラがどういう組織なのか。本来、何をすべき組織なのか。
次々とクラウスたちから頼まれた商品を棚から選んではカゴに平然と入れるザップを凝視するレオナルドの顔といえば何ともいえぬ顔をしていた。あえて言うのなら、うわぁ…真面目な顔して何言ってんのこの人。に近いかもしれない。


「…何だよその顔…そーだよ"ヴァンパイアハンター"だよ、悪いか」

「いえいえいえ」


夢物語のような話だが、元々ライブラとはそういう組織だ。"吸血鬼(ブラッドブリード)"という物語でしか語られていなかったような存在と戦う組織、そして世界の均衡を保つための組織…。
先日の話にも出た通り、彼の目がこの街に居る吸血鬼を捉えた事は彼自身が思う以上に大きなことなのだ。その話を聞いてあの人が動かない訳が無い。私も初めて会ったときは色々と根掘り葉掘り聞かれて恐ろしかったのを憶えている。…クラウスが助けてくれなかったらどうなっていたか…考えただけで恐ろしい。


「でもだったら頼りになる凄い人な訳でしょう?なんでみんなあんな顔するんですか?豪運だったら尚更良いじゃないですか」


そこだ。そこが問題なのだよ、レオナルド君。不思議な顔で私とザップを見るレオナルドを横目に棚に並んでいるお菓子の袋を1つ手に取りカゴに入れる。リストに入ってねえだろうがとかなんとかザップが言ってたけど知らない。クラウスならお菓子の1つぐらい許してくれる。ザップと違って、心が広いから。クラウスから預かったお金で支払いを済ませ、領収書を受け取れば今日の御遣いは終了だ。


『良く考えてみろ、レオナルド。ただ運が良いってだけならそんな2つ名が付くか?付かないだろう?』

「お前がウンコウンコヘタレチビ糸目ゴーグルヘタレウンコくせ毛って名前だと浸透しないだろ。それと同じだ」

「スゲエ数ウンコ入ってんなその名前」

『センスも無ければザップが持ってる言葉の引き出しの数もかなり少ないな』


オメーに言われたかねェよ!という訳のわからない反論するザップを無視し、カゴいっぱいになった品物を袋に詰めて男共に持たせて店を出る。相も変わらず外は騒がしい。霧に覆われたこの街を行き来する者たちで溢れかえり、道端では喧嘩やら訳の分からない暴動が起きて居る。
そう、いつも通り。いつもの風景。だから私は不意にトントンと地面を踵を踏み鳴らす。すると足元に小さな魔方陣のような模様が浮かびポンッと傘が飛び出す。


「んだぁ?どうしたどうした?雨なんか降ってねェぞー?久々のお外で疲れちゃったか?シュタインちゃん?」

『煩い。私の勝手だろう。それから"ちゃん"付けは止めろ。ちょん斬るぞ?』

「おー!怖っ!なぁなぁどう思う?レオナルドく〜ん?」

「とりあえずその気持ち悪い猫なで声止めて下さい。マジで」


少し大きめの赤い傘を差す私を見たザップが早速突っ掛ってくるのを笑顔で受け流せば今度はレオナルドの方に被害が流れていく。ごめんねレオナルド。兎に角その対応は間違ってないからそのままどんどん突っ込んでいけ。
そんな事を思いながらぼんやりと点滅し始めた信号機を見上げつつ、紙袋を両腕に抱える男共と並んで立っていると不意に耳をつんざくような叫びにも似た大声が道を挟んだ向こうから飛んでくる。


「おおーい ザップ!!!"シザース"!!見つけたぞ!!」


私の事を"シザース(鋏)"と呼ぶものはこの世界の中ではかなり限られている。その声と共に聞こえてくる急ブレーキの音に固まるザップと私。一瞬の出来事で何が起きたのか分からないザップが声のした方を見てあんぐりと口を開ける。道の向こう側で此方を指差している一人の大柄な男が見え、少なくとも私は「あ、来た」と思ってサッと傘を握る手に力を込めた。
瞬間、居眠りをしていたらしいドライバーの乗った大型トラックがこちらを指差しているその一人の男に向かって突進していったのだ。まるでその男を的と定めたかのように真っ直ぐ突き進んでいくトラック。危ないと周りの通行人たちの悲鳴が木霊し、パニック状態に陥る。もう駄目か、と思うような瞬間でもシュタインは顔色一つ替えず、その光景を見ていた。だって、あの人ならこれぐらいじゃくたばらない事を知っていたから。

どわしゃ。

案の定、男に向かって突っ込んでいくトラックに更に空を飛んでいたらしい別の異形が真正面から突っ込んだのだ。…結果、トラック事故の犠牲者になりかけた男は至って無傷。無事だ。が、傘を差して居たシュタインの横に立っていたザップの額に、異形とぶつかって壊れたトラックの破片が刺さってまるで漫画のようにピューっと血が噴き出す。
それを見てあわわわ…と戸惑っているレオナルドにも止めを刺すかのように大きな破片が直撃し、レオナルドは地面に倒れ込んだ。私?私は無事だ。破片も何もかも刺さっちゃいない。


「ザァァァァァップ!!大丈夫か お前!!」


未だ衝突の衝撃が収まっていないのかパリーンやらガゴンやら色々とモノが壊れている音を背景に道の向こう側で此方を指差していた男が何事も無かったかのようにズカズカと近づいてくる。額から血を流しているザップに歩み寄り、声をかけてくる。嗚呼…自分自身が元凶とも知らずに。


「ん?どうした"シザース"。雨も降っていないのに傘なんて」

『いや、災難が降ってるんでお構いなく』


ニコリ。と笑いながらお久しぶりですと小さく頭を下げれば、男の方も「久々だなぁ」なんて豪快に笑う。そういえば最後にあったのは随分と前だ。今や初対面のトラウマこそ乗り越えはしたが、彼自身の異質なその存在自体に慣れることは今後とも決してないだろう。


「相変わらず物騒な街だ。生命がいくつあっても足らん!!」


本当、この人の鈍感さも相変わらずだ。そろそろ大丈夫かな?なんて思いつつクルンと傘を回して閉じるとそのまま傘の先で地面をトントンと突く。パッと手を離せば一瞬現れた魔方陣の彼方へ消える傘。世界中飛び回ってる彼にとってみればこんな町の災厄、とても小さいことのように思えるような気もするが。


「…あ すんません、エイブラムスさん…ちょっと離れて貰えますか」


兎に角、この男―…そう、"豪運のエイブラムス"に近づかないほうが吉だというのはライブラメンバーの暗黙の御約束だ。…とはいっても、それなりに関わらないといけないのだからとても厄介な存在である。





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