カラン。グラスに入った氷が音を立てる。これほどの人が集まったのはいつ以来だろうか。そんな事を思いながらぼんやりと辺りを眺めつつ片手に持ったグラスの中の飲み物をゴクリと一口飲む。さっぱりしていて美味しい。なんて名前の飲み物だっけ…まぁいいか、美味しいし。
そう、今日はとあるお店でライブラメンバーだけの秘密の飲み会なのだ。普段からあまり外に出ない分、今のライブラ全体の状況をあまり把握できていないシュタインにとってみればこれまた久々に見た顔もあれば見覚えの無い顔も見える。皆あちこちで話が盛り上がり、酒を飲み交わし、美味しい料理を摘まんでいる。
それを横目にシュタインは取り敢えずと近くにあったジュースのグラス片手に色々な料理を摘まみながらソファに腰かけていた。これといって交流の無いシュタインにとってみれば、見知らぬ顔のメンバーと楽しそうに話すクラウスや仕事上の真面目な話を交わしている様子のスティーブンを眺めるぐらいしか時間を潰す事がない。


『あぁ、駄目駄目ソニック。君はこっち』


と、不意に傍らのテーブルの上に居た音速猿のソニックが誰が置いたか知らないが、少しだけお酒が残っているグラスを覗き込み、飲もうとしているものだから慌てて止める。そして近くにあった空いている小さなグラスに自分のグラスに入っているジュースを少し注いで差し出す。そのグラスに入ったジュースを見て、私の顔をマジマジと見るソニック。


『そう。私とお揃いだ』


美味しいぞ、と言ってやれば嬉しそうに表情を綻ばせてそれを飲むソニック。明らかに先ほどのグラスに残っていたお酒はアルコール度が高いモノだろう。匂いで分かった。ソニックがお酒を飲んで可笑しくなられても困る。音速猿の速さであちこち駆け回れても困るし、身体に悪影響が出てしまっても困る。本来それを止める役目の飼い主であるレオもどうやら武器商人のパドリックに掴まってしまっているようだし、ハブられた者同士で仲良くしようと傍に有ったフライドポテトの皿も差し出してやる。その皿を見て嬉しそうにフライドポテトを頬張るソニック。嗚呼、可愛いな。私も小動物飼おうかな…。


「どうだね最近は。この街にも大分慣れて来たのではないかね」

「はい…そうですね…」


この人が仕切ると途端に面接みたくなるよなあ。なんて声が聞こえてチラリとそちらに視線を戻す。見ればソニックの飼い主であるレオことレオナルドがテーブルを挟んでクラウスと向き合って話し合っている。嗚呼、本当にどっかの企業の面接みたいだ。


「どうなのかな…その…只でさえ異様なものばかりのこの街で、更に余計な物が見えてしまって負担はないかね…?」


なんでそんな恐る恐るな口調なの。とツッコミを入れたくなるほど、彼の声色は優しい。新人のレオに対しても決してリーダーぶったり、上司ぶったりしない。否、彼は確実に上司なのだからもっと偉そうにしても良いものなのだが、なにぶん彼の性格だ。何に対しても優しいし、至って真面目に向き合う。…そこが彼の良い所だと言われればそうなのかもしれない。


「そうすねー。やっぱり挙動不審になってるかもです」


自分の事なのに、どこか他人事のように最近の事を思い出すレオナルドを横目に傍にあるフライドポテトの皿からそっと一つポテトを摘まんで口に放り込む。そろそろ甘いものが食べたい。なんでこの宴会の席にはドーナツが無いんだと思いつつ、ジュースの入ったグラスに再び口をつけた…その時である。


「さっき来る時も物凄い真っ赤なオーラを羽みたいに広げた人見かけて…」


カラン。グラスの中の氷が音を立て、シュタインの目の色が変わる。


「ものすごい綺麗さにちょっと声出…て……え?」


否、シュタインだけではない。彼と向かい合って座っていたクラウスも、ソファーの背もたれに寄り掛かっていたスティーブンも周りでガヤガヤ騒いでいた他のライブラのメンバーたちが目の色を変え、表情すらも変えてレオナルドに視線を注いでいる。その異様なほどの視線に思わず口籠るレオナルド
パチン。シュタインが小さく指を鳴らしたの合図に一斉に飲み物や料理の乗っていた空き皿、お菓子の袋など散らかっていたテーブルの上が一瞬にして綺麗に片づけられ、代わりにテーブルの上に置かれたのはなんとも古びた分厚い本…様々な資料の詰まったファイルだ。沢山の栞が挟まれ、使い古された感満載のその本を何が何だか分からないというようにジッと見つめるレオナルドに対し、更にクラウスとシュタインが追い打ちをかける。


「レオナルドくん。今…何と?」

『"緋く輝く羽のような光"、と言ったか?』

「え、あ、はい…」


一瞬にして切り替わる空気に戸惑うレオナルド。恐らく彼はこう思っているだろう。俺、何かマズイことでも言ったかな?と。マズイことと言えばマズイことだが、此方としてみればそれは大発見の一歩だ。思わずクラウスと顔を見合わせるとその横でスティーブが一冊の本からヒラリと一つの栞を抜き出す。


「それ…正確にはこんな色?」

「あ、そうです。間違いない。そんな感じ」


レオナルドの言葉に「まじかよ…」とざわつく周囲。まぁ、無理もない。彼には…否、彼の眼には連中の持つ独特のオーラというかその赤い羽根が見えるのだ。この世界で普通の生き物として紛れ込んでいる連中が、見える。見た目的にも一般のモノでは判断できない連中を彼はその眼で目視することが出来るのだ。皆、驚かない訳が無い。第一に、連中がすぐ傍にいるという事実を聞かされ驚かない訳が無い。ざわつく周囲に依然として理解できていないレオナルドを見ていたザップがおもむろに口を開く。


「教えてやろうしょうもなき民よ」

「何そのザックリとした王様キャラ。三文ロープレか」

「お前が見たのは吸血鬼だ」

「………」


ザップの説明に一瞬レオナルドは時を止める。いつもの悪ノリに乗せてサラリと何かとんでもない事を言ったけれど、ザップの言葉はすんなりとレオナルドの耳には届かない。口を半開きにしたまま固まるレオナルドが意識を引き戻す。そして、


「一体何が起こってるんすか!?」

「あ、テメー」


ザップの言葉をまるでいつもの冗談のように聞き流し、その言葉を無かったことにするレオナルドはこの状況を理解する為に傍にいたスティーブンに助けを求める。そんなレオナルドの態度にザップは納得がいかないように声を零すがそんなのお構いなしだ。


『緋き羽纏いし高貴なる存在―…』

「へ?」

『とある有名な古文書の言葉だ』


スティーブンに助言を求めるレオナルドの傍らで呟くようにシュタインが言葉を並べる。なんですかそれ、と言わんばかりの表情で此方をみるレオナルドにシュタインは不敵な笑みを浮かべる。そうか、彼はまだ本来のライブラの姿を知らないのか。まぁ、話す機会も無かったから仕方ないかもしれないが。


「研究の結果実在する事はまず間違いないのに、ありとあらゆる光学機器やセンサーの類で"観測"されないままの"現象"だったんだ。どうやら君のその"眼"はそれを映し出した。人間と見分けのつかぬ高位不死者の姿を」


観測出来ない現象をレオナルドは視たのだ。その神々の義眼と呼ばれるその現実離れした代物によって、この世にあるありとあらゆる優れた機械をもってしても存在を証明できなかったそれが、今、彼には視える。これほどライブラに衝撃が走ったことがあっただろうか。
奴らを。人間たちに紛れて今も生き続けている奴らを見つける手立てが、常人離れしたその偉業の力を持つ存在を抑える手立てが我々の手中にあるのだ。冷静を装ってはいるが、内心いつになく興奮している。


『君が見たそれは―、吸血鬼だ』


にやりと笑いながら先ほどのザップが吐いたセリフをレオナルドに向けて吐くとレオナルドは先ほどと同じように一瞬だけ時を止める。が、


「何と…吸血鬼とはまた面妖な…」


先ほどのザップに対する対応とは打って変わり、驚いたような声を零すレオナルドに傍らでザップが「お前後でギッシギシに泣かすかんな」と声を上げているがそれすらもレオナルドの耳には入らない。
これで彼も気付いたことだろう。幾ら何が起こるかわからないこのヘルサレムズロッドとはいえ、今まで伝承でしかないと思われた存在がこの世界には本当に実在すること。更に世界の均衡を保つため暗躍する組織と世間では半ば都市伝説のように思われていた我々ライブラが、今までにどんな敵と渡り合ってきたのかを。


「ふうん。やっぱり長老級(エルダー)の棲み家かあ。外のゴミクズどもとは訳が違うわよね」

『でもこれでレオナルドから得られる質も量もこれから跳ね上がるだろうよ』

「スペシャリストの出番だ」


半ば疲れ切ったような納得したような声を零す女性…KKを横目に分厚いファイルを片手でペラリペラリと捲りながら、シュタインは今後のライブラの方向性が変わる事を示唆する。その傍らで真剣な面持ちのままのクラウスが吐いたその言葉にピタリとシュタインとKKの動きが止まる。スペシャリスト、と言われて思い浮かぶ人物といえば―、あの男しかいない。


「えええええ〜そうか…彼…呼ぶの?」

「当然じゃないか」


KKのあまり気の進まないというような声に対し、当たり前だろうと平然とした顔で答えるクラウス。嗚呼、この人はあの男の厄介さに気づいてないんだった。あの男の異様な存在感に周りがざわつく中、スティーブンのもう諦めきった表情と声が飛ぶ。


「つうか正直…呼ばなくてもいらっしゃると思うし。この事態にあの人抜きの方が考えられん」

『確かに』


この事態を聞きつければ否が応でも、あの人は世界の裏側からだって飛んでくるだろう。スティーブンの言う通り、寧ろあの人が居なければこの事案は進まない。ライブラのメンバーの中でも恐らく貴重な先鋭の1人だ。…本当に1つだけ、大きな問題を抱えているだけなのだ。


「…ザップさん、あの人って…?わあ?!!何なんすかその表情!一体どんな人が来るっていうんすか!」


異様な空気に包まれる会場に、レオナルドが今度はザップに問いかけるが振り返った先にいたザップの顔は何とも表現しがたい顔。言葉では言い表せないほどぐちゃぐちゃに歪んでいて話を聞けるような状態ではなさそうだ。
ざわつき、あちこちで既に動き出しているメンバーが目に入る。全く。今日は久々のパーティーだというのに、散々な形でのお開きとなってしまった。残り少ないグラスの中のジュースを飲み欲し、「さてと…」と声を零しながら重い腰を上げる。これから忙しくなりそうだ。





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