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笑って
ヒ|ロ|は笑わないと





ジジ……と繰り返し音を鳴らす通信機に勝己は苛立ちを隠さない。
背後の海ではあの巨大な肉塊はもう姿形はなく、今は引く位の静けさがそこにあった。
「駄目だ、僕のは完全に壊れてるのかうんともすんとも言わない……」
出久は自分の物をどうにか出来ないかと通信端末を見ていたがどうにも出来ないと首を振る。
その姿のちったぁマシなもん寄越せあの野朗と毒づく彼を出久は宥めた。
「即席で用意してくれたのだから海水でダメになるのは仕方ないよ……。」
「ハァ?GPSの機能が生きてても通信できねぇんじゃ意味ねェだろ。馬鹿か」
「それは、そうなんだけど!兎も角早く轟君を見つけないと!かっちゃんこっちであってるの?」
会わなきゃこっちに来てネェと質問に答えずに勝己は暗い公園を迷いなく進む。それに置いていかれまいと出久も後を追った。

あの熱光線を受けた瞬間、いた場所が下の方だったのか爆風に弾き飛ばされた先が彼と3人は別の場所に落ていた。3人ももれなく海水まみれの泥まみれになってはいたが意識を失う事はなかった。
「あのケダモノが本当にあれで消滅したのか確認をしてくる。2人は焦凍と凪を探してくれ」
さすがプロというのだろうか疲労の影を微塵も感じさせずにエンデヴァーは再び黒い海へと飛び立って行った。
ピキンと時折走る痛みに出久は息をつめる。下の方にいた自分達でこれほどの衝撃を受けているのだもっと間近にあれを受けたであろう2人の安否が危ぶまれた。
「轟君大丈夫かな」
「こんな時まで舐めプはしねぇだろ。」
「そうだよね……。でも」
その先を言わずに口を閉ざす。だが賢い自分の幼馴染は言いたいことがわかるのだろう。少しだけ間を置いた後に一言「発見は出来んだろ」とこぼした。
【発見】それは言葉の通りだ。
それは警察やヒーローの中で【生死を問わずに捜索者を見つけた】と言う意味を持つ。
その可能性が高いことは出久も考えていた。だが、彼の、焦凍の姿を見ていた。どんな思いを持っていたのかも知っていた。どうかそうであってくれるなと願わずにはいられない。

「オイ、この先だ。」
暗い森の中を暫く歩いた先で勝己が告げる。2人が森を抜けるとそこは広場だった。
季節が違えば美しい花が咲くであろう花壇に囲まれた場所で、探してる人物がいる。出久はそこにある光景を見て出久は何も言うことができなかった。
そこには男の子がいた。
ヒーローではなく。1人の少年がいた。
腕に抱えている物をこれ以上にないくらいに大事そうに抱きしめて泣いている。

「置いてかないでくれ…」

聞こえてきた言葉に惹き絞られそうになる。込み上げる気持ちを抑えるように唇を噛んだ。
そこで、勝己のデバイスが反応を示す。
【聞こえますか?もし聞こえていたら応答をお願いします】
「無事だ」
【よかった。エンデヴァーから2人の安否は聞いております。それで焦凍くんは……】
「嗚呼、目の前にいる。それと……被害者は『発見』した」
「かっちゃん」
「事実だろ。」
【……わかりました】

蝶がひらりと何処かへ飛び立つ。




ー保存されているデータはありませんーーー
ー保存されているデータはありませんーーーー
ー保存されているデータはありませんーーーーー
ー保存されているデータはありませんーーーーーー

ー保存されているデータはありませんーーーーーーーーーーーーーーーー



【凍結ファイルの解凍が終了しました】

保存データ数……件


ーー保存データを再生いたしますーーーーー


映像が流れてきた。
古い映像が流れてきた。

誰かが【私】の手を握っている。
見えるのは木目の天井と白熱灯。それと【彼】の姿。
起きているに気がついたのか【彼】は【私】を見て目尻を下げた。
「起きた?苦しくない?」
【私】は答える。「大丈夫」と。
けれど【彼】は首を振る。
「嘘だよ、こんなにお手てが冷たい」
握れる手をさらに強くに包み込まれた。
いつも思う【私】の嘘は【彼】に効かない。
「わかるよ、僕【■■■■■】だから」
そう言って【彼】は眉を下げる。【私】の手を温めるように何度も撫でた。
「ごめんね」そうこぼして【彼】は顔をくしゃくしゃにする。
どうして謝るのかと【私】は聞いた。
「僕何もしてあげられない。【■■■■■】なのに」
そう言って【彼】は泣いてた。

【私】はそれでよかった。【彼】の気持ちが嬉しかった。
それだけで十分だった。
少し笑って【私】は空いている手を伸ばす。
頬に流れた涙を拭った。

「ヒーローは笑わないと。ほら笑って。」

【彼】はきょとんとした顔をしていたが。すぐに笑顔になる。
「【凪】はすごいね。僕も頑張らないと」

ーー【保存データ再生】ーー

【彼】と互いに手を取って、駆け抜けた花畑。

ーー【保存データ再生】ーー

連れていかれる【彼】の手を握った。
暗い廊下。

ーー【保存データ再生】ーー

「【凪】は僕の妹だよ一緒に帰ろう」
【彼】が手を差し伸べる。それに【私】は手を重ねた。
2人で歩いた雨の公園。

ーー【保存データ再生】ーー

「【凪】!会いたかった!」
分厚い手袋越しに繋いだ手。
泣きそうだけど泣かずに耐えていた【彼】の表情。

ーー【保存データ再生】ーー

「【凪】の泣き虫」
「僕達双子だもんね」
「お互い泣き虫だ!あはは」
泣きながら笑いあった。消毒液のする部屋。

ーー【保存データ再生】ーー

「【凪】が元気になりますように」
【彼】が瞼に口づけをする。
【私】が頬に触れる
「ヒーローのように笑顔でいられますように」
【私】と【彼】とのお呪い。


これはデータでじゃない。
これは、【私】の記憶だ。
消したくなかった【宝物】だ。

だけど。

ーー【深刻なエラーが生じています】ーー
ーー【深刻なエラーが生じています】ーーー

【私】の脳は壊れている。

ーー【深刻なエラーが生じています】ーーーー
ーー【深刻なエラーが生じています】ーーーーー

記憶が漏れて行く。
【宝物】が零れ落ちて行く。


ー保存データ数……件中1件消失

ー保存データ数……件中15件消失

ー保存データ数……件中100件消失

残り保存データ数……件…

でも記憶は0にならなかった

ーー【深刻なエラーが生じています】ーーーーー
ーー【深刻なエラーが生じています】ーーーーーー

消えても消えても、思い出は0にならない。
それはどんどん溢れてくる。
大事で大切な宝物。
「凪、迎えに行くからね」
そう【私】は【彼】と約束した。
「一緒におうちに帰ろうね」

【私】は帰らないといけない。
【彼】と一緒に。

【彼】の名前。
名前は……。




雨が降っていた。
頬に落ちてくる水滴は不思議と暖かい。

「俺を置いて行かないで。」

そばで声が聞こえた。
ひどく弱々しいその声に重い瞼を上げる。
そこには【彼】がいた。
あの時みたいに、顔をくしゃくしゃにさせて、涙を流している。
昔と変わらないなと思い、その頬に手を伸ばす。

【私】に気がついたのか【彼】がこちらを見た。
するとどうだろう、涙を零し泣き出した。
こんなにも泣き虫だっただろうか。
嗚呼、もう仕方ない。


「焦凍ーーーーーー」

ソアレさん訂正します。被害者を無事【保護】しました。