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許さなくてもいい
それでも
僕は君を傷付けます





ぐちゃりと肉が潰れ、手の隙間から滴り落ちる粘液のある水の感触と焼けた肉の匂いが不快感をより際立たせた。
目の前にいたワラキアの物体が焦凍の目の前から消えた瞬間。

ーーーAAaAAAGYAAaaaGaaaaaaaaaaa……!!

今までとは違う叫びと共に大きく地鳴りのような振動が起き始めた。
【なッ…!?】
体制を立て直しながらあたりを伺うとそれに共鳴するかのように周りの肉塊達の声が変わっていく。

ーいたい痛い、やめていたいよ酷い。痛い痛いよ、怖いよ痛いよ

苦痛に訴える人の形の目から赤黒い涙が流れ出ている。痛い痛いと叫ぶ声と共にそれは灰色の肉の上をつたいおちた。
「痛い、痛い…て凪が泣いてるわよ、酷いことをするお兄ちゃんね」
蛇が這うような声が背後から聞こえた。振り返るとぼこぼこと肉が盛り上がり形を変えて先ほど潰した女がそこにいた。
「あの子がこれが私を食ったんだ、あの子は私、私はあの子。痛覚が共有されないわけがないじゃない」

ー痛いよー

「私、こいつらを殺すほどに凪が傷つくけど……君、それができるの?」

ーやめてよー

「ねぇ、お兄ちゃん?」

ー酷いよー

【愚かな質問だ】
焦凍が答えるよりも前に赤い炎が女を包み込む。赤く燃え上がる灼熱が肉の塊を焼いていく。
【焦凍や俺達を惑わせるつもりだったのだろうが見誤ったな、ワラキアと名乗る異形の者よ】
俺たちはその覚悟で此処に来てる。



それはここにくる前の事。
全ての準備を終えた焦凍達にソアレはまだ憶測なのですがと前置きをして言葉を続けた。
「彼女とあの肉塊達の痛覚は共有されている可能性があります」
「それはつまり」
「あの肉をブッ潰せば潰す度に」
「痛みは彼女も感じるという事です。」

ブレイン、マザーそう呼称される部位となっている凪に四肢となるチルドレン達の痛覚が伝達されないとも言い切れない。あれは何千の命の成れの果てでもあり。一つの生命体とも言える物体でもあるのだと言う。

「無傷で妹さんを救えるのは不可能です。多少……いえ。多くの深い傷を負わせることになる。皆さんそれができますか?」
その先の言葉はなかったが彼女の言いたい事は自ずと理解できた。
我々兵士と違い、人を救う貴方達が人を傷つける事ができますか?そう言いたいのだろう。
「やります。」
最初に答えたのは焦凍だった。
「それでも凪が救えるなら、やります」
「大事な人を傷つける事はとても辛い事です。」
「はい」
「途中で投げ出すことはできないです」
「はい」
「立ち止まりかけても、無理にでも走り出さないといけません」
「はい」
「それでもやるのですね」
「はい」
「君は本当に……」
本当に強い人ですね。頼りきりでごめんなさい。君達を、貴方の妹を巻き込んでごめんなさい。
深く深く頭を下げたソアレに焦凍はただ一言「行ってきます」と告げた。

「焦凍、お前は凪を探すことだけを考えろ。周りの者は俺やデク達がやる」
「あの体から剥離させれば妹さんへの負担は少ないはずだから、轟君は頭部に向かってそこまでの道は」
「俺たちが作ってやる。秒で探せ。ちょっとでも止まろうとすんじゃねェぞ」
「あぁ。絶対に見つけ出す」



【クソがッ!!止まってんじゃェぞ!半分野朗!】
【轟くん走って!】
【悪いッ!】

ーBOOOOM!!
ーSMASH!!

自分達に苦痛を与えているのが焦凍達ということがワラキアを通して伝わったのか周りの肉塊が波となり襲い掛かる。勝己と出久が切り開く空間を焦凍は走り抜ける。
クンっと再び足をつかまれる感覚。見ると小さな子供のような形が赤い涙を流して焦凍を見上げていた。

ー痛いよ、なんでこんなことするのやめてよ

【ごめん!】
先程とは違い焦凍はブレなかった。
【俺は行かないと。あいつのところに行かないといけないから!だからーー】
ごめんな。
そう言って小さな手を振り切り。
ただひたすらに焦凍は凪の声がする場所を目指し、肉でできた道を走り続けた。



声の嵐は未だ吹き荒れている。
苦痛も呪詛も、怒りも、悲しみも、喜び等の幸福な感情の全てを除いたものがそこに含まれていた。
その嵐の中を焦凍は走った。寒い、命の温かみなど感じない人の成れの果ての道を走った。

ー痛いよ。
そうだな
ー怖いよ
そうだよな
ー痛いのもうやだ
ごめん、ごめんな凪。

今から沢山、沢山お前に酷い事をする。
痛い思いを沢山させちまう。
本当にごめんな。
嫌だよな、辛いよな。
だけど、それでお前の事救えるなら。
それがたった一つの方法なら。
俺は、

「凪……。お前の事を傷つける。ごめん」

【赫灼熱拳】
ーーBWAM!!

ーAAAaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaa!!!!!!

迫り来る肉の塊が焼け落ちていく。それに比例するように痛いと泣く妹の声は強くなった。
もう一度ごめんと胸の中で謝罪をした。

「酷い兄ちゃんでごめん凪」

ー痛イヨ、
ー怖いよ、モウ嫌ダ。此処ニ痛クナイ。
ー暗くて、寒クテ怖い場所には痛くナイ。
ー嫌な場所には痛くない
ーこんな場所にママは置イテオケナイ

ー暖カイ場所へママを安全な場所に。
ーお空に行きたい。
ー埋もれる記憶の中に何かがよぎる。アレはなんだっけ。
ーママを暖カイ、オ空ヘ



巨体が大きく波を打つ。
メキョ、バキっと音がした。
見ると目の前の道が音をたて、亀裂が入っていく。

【みなさん聞こえますか!?】

雑音混じりに聞こえてきたのは今まで遮断されていたソアレからの通信だった。
【こちらから頭部部分が胴体から分離しようとしているのが確認できます!皆さんどこにいらっしゃいますか!?】
【別れるだと?どういう事だ】
【チルドレンがマザーを安全な場所に逃がそうとしているでもどうやって……アレは】

突然言葉が切れたソアレにエンデヴァーがどうしたと応答を求める。次に聞こえてきた彼女の言葉は「蝶の羽」だった。
【頭部近くに羽のような部位が形成されています。アレは蝶の羽?ーー飛ぼうとしてます!】

前方の遥先に灰色の羽が見えた。
ー見てしょうと!ちょうちょ!

【凪!!!!】

【焦凍今どこにいる!?】
【わからねぇ!だけどまだ頭部の方じゃねぇ!】
間に合わない、自分があそこにたどり着く前に妹は此処から飛び立とうとしている。
また目の前から消えようとしている。
そんな事もうあってあたまるか。

【轟君!】
【クソがッ!テメェまだこんな場所にいやがったのか!】
自分の後ろにいた2人が追いついたようだ。出久に背後からと肩を腕をつかまれる。
その2人の背中を勝己が掴む。
【轟君僕に捕まって!かっちゃん!】
【一々言わんでも解っとるわクソナード!】

2人が何をしようとしている事を焦凍が理解するよりも早くそれは行われる。

【死ねェッッッ!!!】

BOOOOOOOOOOOOM!!!
爆風と一緒に出久と焦凍の体が浮き前へ前へと投げ出された。
先ほどよりも早い速度だがそれでもまだ距離は遠い。

【轟君、僕の足に乗って!】
【足て……緑谷まさか】
【僕の腕じゃかっちゃんほどの投擲力はないーーだから君を蹴り出す!】

ワン・フォー・オール
フルカウル
シュートスタイル!!

【轟君絶対に助けてあげてねーー君にしか出来ないから】
【2人ともーーありがとな】

SMAAAAAASH!!!!


【凪!!!】


1人じゃ届かなかった。その場所に。
焦凍はようやく辿り着いた。