×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





あなたは彼女を
→*■す
→*■う





周りと多くの人が行き交う。
飛び交う言葉にあるのは焦り、困惑そして何よりも……。
恐怖が潜んでいた。
「轟くん……」
慌ただしく走り去る者たちを横目に出久はベンチに腰を下ろし俯く焦凍を呼ぶ。しかし、彼はいつもの様に返事を返してくれることない。
自分たちがいる通路の壁にある古いアナログ時計が秒針を刻む。
カチカチと時を前へ前へと慈悲なく進める針の音が耳を掠めた。
「轟くん」
出久はもう一度、焦凍を呼ぶ。
焦凍の顔は上がらない。
秒針が一周して来たのだろう、先ほどよりも前の位置にいる。
カチカチ、カチカチカチ
止まることを知らないそれが時を刻む。
「ねぇ、時間来ちゃうよ」
焦凍の肩が揺れる。
出久は言葉を続ける。

「轟くん、君の中ではもう答えは出てるでしょ?」

カチンーーー長身の針が一つ時を告げた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

風も波の音も消え、ソレのけたたましい笑声だけが灰色の空にまう。
『アハハハハハハ、早ク早ク叶エヨウ!』
『ママ喜ブカナ?ー喜ブヨ!嬉シイ!沢山沢山ホメテモラオウ!』
『ソウシヨウ!』
身体中に湧き出した口が言葉を漏らす。体が再び形を変えだす。
ゴキュ、メキと骨格からその身を変形させる。
『コイツ一杯モッテタ!』
内側から空気を入れられたようにそソレの体積が膨らみ出した。
1から2に、2から4、4から8とその体積がみるみる肥大し始めていく。
そのおぞましい成長過程を見て要るしかできない。
脳が動けと命じ、動くなとも指令を落とす。
自分はどうするのが正しいのか?何が間違いなのかがわからなくなる。
キーンと耳鳴りが起こり始めた。
『オッキクナッタ、オッキクナッタ』
幼児が成長したことを喜ぶようソレは両手を上げて体を震わす。

『モット、モットオッキクナルヨ!』
「ーーーーッ!」
あれをこれ以上成長させてはいけないと出久の足が動き出す。
少しでもいい、何でもいい、その肉を削ることができたらと拳を握る。
その気配に気がついたのかソレの目玉がギョロンと出久を捉えた。

『何カ跳ンデキタ』
『蟲カナ?』
『蟲ダヨ』
ー潰シチャオウ
先ほどよりも数倍の速さで【出久を叩き潰す為だけの腕】が背中に形成される。
これはまずい、選択を間違えたと出久の脳が答えを算出するよりも前にソレが出久の頭部に向かって振り下ろされた。

ーーごちゅりッ

「デクッ!」
「大丈夫です!」
地面に転がるのは潰された彼ではなく、ソレの腕だった。
腕の生えていた場所は引きちぎれたように本体にわずかに肉片がぶら下がっており。アレアレナンデ?と漏らす口とソレに答えるように別の口が開く。
『そう易々と食われてたまるか、餓鬼』
漏れ出た音に聞き覚えがあった。
先ほど飲まれて消えた者、ワラキアの声だ。
彼女の声を発する口から徐々に這い出るようにワラキアの顔が上半身が灰色の肉塊から生えてくる。
『マダ生キテル?』
『意識ダケ!シブトイ!キライ!』
『奥ニシマッチャエ!』
ソレは拒むようにワラキアの首を締め上げた。キライキライ!と己から生えるワラキアの首を灰色の腕が容赦する事なく潰している。
『オマエモウイラナイノ!』
『馬ァ鹿、陽が落ちるの怯えてまってろ』
『ウルサイ!』

ーーバキョッ

鈍い音を立ててワラキア擬きの首が折れる。
見開いたままのその瞳が焦凍を見ていた。
フゥフゥと荒い息しているように巨体を震わせたソレが天を見上げる。
『コンナコトしてるヒマナイ』
『ハヤクイコウ』
そう呟くと同時に海に走り出しそのまま海面へと見を落とした。
高い水飛沫を上げ海の底に消えたソレ。
だが次の瞬間に海面から飛び出したのは消えたソレよりも数倍も巨体な物体。

「何だよあれ」
勝己が見上げた先にあったのは、大きな大きな、人のなり損ない。
頭部と両腕がない人のような物体。
至るところにある裂け目には大小様々な口と目玉が混在している。
その冒涜的とも呼べる人の像が出久たちの前に姿を現した。
『ーーーーーーッaaa……』
「ーーー退避してください!」
裂け目の口が声を漏らし始めるのを目にしたソアレが全員に下がるように命じた次の瞬間。

AAAaaaaaaaaaAAAAAAAAーーーーーーーーーーーーーー

轟音とも、讃美歌とも取れる音波が彼らを襲った。
鼓膜を超えて脳を揺らすその衝撃に眩暈を覚える。
立っていることもままならずに膝を崩し地面にうずくまる。

「次が来る前に早くここから退避をッ」
「だがあれ此の儘にして置けるか!」
「部下たちの個性でこのあたり一体を遮断させます!ーーーあなた方が死ぬのが一番最悪の事態なのです!」

さぁ早くと何処に待機していたのだろうか、ソアレと同じ軍服をきた兵たちが出久たちの肩をを支えてその場を離れていく。
「君、大丈夫かい?!」
引きずられるようにして歩いていると背後から聞こえた声に出久は後ろを振り返る。

「ーーーー……凪」
膝をつき、海上に聳え立つ人の像を見上げている焦凍がそこにいた。




ー緊急連絡……湾岸地域一体…
ー封鎖……公安にも連絡
ー現在…死者……負傷者……

部屋の外と打って変わり、部屋の中は驚くほどに静かだった。
誰も口を開くことはない、否、開くことができないというのが正しいのだろうか。
先刻に見たあの光景は現実だったのだろうかと疑いたくなるが、出久の頬に走る微かな痛みが嘘ではないとことを告げている。

PPPPPPP

ソアレの手の中にある端末が音を鳴らした。彼女はソレに耳をあて数度の返答を述べたのちにそれをしまうと出久を呼ぶ。

「頬の傷は大丈夫ですか?」
「あッ、はい少し掠めただけなので」
「消毒はしておりますが、毒を持っていないとも言い切れませんので何かあれがすぐに報告をしてください。」
わかりましたと出久が頷くのを見た後にソアレは少し微笑むがすぐに眉を下げる。
一度瞼を下ろし再び開かれた瞳には先ほどの揺れがない。

「ドボル【撃ち落とす者】の発射許可がおりました」
「「「「ッ!」」」」
「後は照準を合わせてトリガーを引くだけです」
そこで言葉を切った彼女は出久たちを見つめた。
「それでアレを完膚なきまでにぶっ殺せンのか」
「はい」
勝己の問いに迷うことなく返事をしたソアレの目には迷いはなかった。
今の彼女は軍人の顔をしている。きっと彼女は迷うことなくその対兵器の引き金を引くのが見て取れた。
「ーーーあの中にいる人々はどうなる」
「もう人ではないです。人だった者達です」
「でも轟君の妹さんも中に!」

先ほどまで凪は居た。
生きてあの場所に立っていた。
だからもしかしたらと可能性を提示するがソアレは静かに首を振る。
その様子にどうしてとこぼす出久の目と彼女の目があった。

「私は、私達は軍人……兵士だからです。」

ーあなた達、英雄【ヒーロー】とは違うのです。
ー全ての人を救うという希望【美しい物】を持ってはいません
ー我々は一よりも十を救う事に尽力を尽くします
ーだから

「私は引き金を引きます。皆さんがなんと言おうと辞めるつもりはありません。これは多くの人の命に関わる事なのです。」

その目を見て出久は思った。この人を止めることはできないと。
「私どもの考えをお伝えした所でお聞きします。」

皆さんはこれから行う殲滅作戦に参加しますか?
ブリーフィングは今から三十分後に行います。
場所は、此処を貸していただけたらと。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「答えを出した方のみこの部屋にお越しください」

そう一礼をしたソアレに見送れられた出久達は廊下に佇んでいた。
エンデヴァーは何も語ることはないが、その場から動こうとはしなかった。
それが彼の出した答えなのだろう。
あそこから戻ってきてから口を開かない焦凍をベンチに座らせると出久は壁に背中を預ける。
向かい側で地べたに腰を下ろしている勝己が徐に口を開いた。
「で、どーすんだ?」
「ど、どうするって……」
言い淀む出久に舌打ちを一つすると勝己は立ち上がる。

「俺は決めたぜ、あの部屋に戻る」
「かっちゃん……」
「クソナード、テメェ、も決めてんだろ何こいつに気ぃ使ってんだ?」
「それは……」
「オイ轟、テメェは一体なんだ?何だその腑抜けたツラァよ!?今のテメェは、舐めプ野郎でもヒーローでもねぇ……」


兄貴でもねぇよ。
ただの泣きべそかいてるただのガキだ

カチンーーー長身の針が一つ時を告げる。

救うというのはどういう事だろう