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海が鳴る





暗い暗い海の底に音が響く。
唸りのような、祈りのような音が黒く濁った水中にじわりじわりと広がり。その音から逃げるように生き物は物陰に隠れ出した。

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音がなる。暗い海のそこで、大きな塊。
生き物と呼称できるものとは到底思えない物体がその巨体を這わせながら動いていた。


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その影を海上の施設が捕らえた。レーダーを見ていたものはその物体の形に息を飲むだろう。それはまるで、頭部のない獣のような姿をしていたのだった。

音がなる。
海が鳴くように深く深く響いていた。



「凪」
震えるその声に凪は何の反応を示さない。ただ目の前にいる焦凍を視界に入れているだけだった。その瞳には何の感情も見えない。本当に彼を見ているそれ『だけ』だった。
「凪」
焦凍は再び彼女の名を呼び、「一緒に帰ろう」と幼い日に手を繋いだ時の様に彼は迷う事なく自分の手を差し出した。普段の彼ならばこんなことはしない。それは焦凍自身も分かっていた。頭の中でもう一人の自分がまだわからないだろう、軽率だと注告してくる。その通りだ。
だけど本能が、魂の部分がこいつはそうだと言っていた。
自分が凪を妹を間違えるなんて事ありえないそう叫んでいるのだ。
「俺と帰ろう凪」
差し出された手に凪は視線を移す。数度瞬かせた目が微かに揺れた。ようやく見せた反応に焦凍は息を呑む。ちゃんと声は届いているとさらに言葉を続ける。
「凪大丈夫だから」
また凪の瞳が瞬く。
「俺がいるから、凪の事ちゃんと」
一歩、焦凍は歩みを寄せる。
「俺が守るから」
突如、凪が顔上げた。翡翠の瞳に中に、焦凍を移す。
何の感情も見えないそのガラス玉のに先程とは違い微かに色が見えた。
微かに凪が唇が開く。

「uそtウき」

その瞳に湧き出したそれは。
「怒り」だった。

焦凍の視界が白に染まる。

「死ねぇぇぇ!!」
BOOOOM!!!!!!!

「轟くん!!!」
突如、爆破と共に体が凄まじい勢いで横に引かれ、気がつけば元いた場所から数十メートルも離れた草むらに焦凍は転がされていた。
「緑…谷、爆豪?」
「大丈夫!?その腕…!」
焦凍の安否を確認する出久は彼の手に目が止まる。凪に差し伸べていた右手には凍傷とまでは行かないがびっしりと霜が降りており。勝己の爆破と出久の救出が遅ければ霜は焦凍の全てを覆うことになっていたのは安易に想像ができる。
躊躇もなくその行為をした人物は、まだそこにいた。
「彼女が……」
爆炎に反応することもなく凪はただ焦凍のいた場所を見つめており。まるで、出久達の存在を認識していないように彼らを見ることはない。
焦凍の様子から彼女がそうであることは間違いないと判断した勝己の手から火花が散る。何をしようとしているのか理解した焦凍が待ってくれと勝己の手を掴んだ。
「あア!?何言ってんだテメェは!」
「凪なんだ!あいつ凪なんだよ!」
だからと声を振るわせる焦凍の手を勝己は振り払った。

「【ガワ】はそうかもしれねぇけどなぁ!どう見ても【ナカ】は違ぇだろうが!」
「……っ!」
「テメェの妹は、兄貴を平気で殺しにくる奴なのか!?」
勝己の言葉が焦凍の心臓を掴む。
現実を見ろと、脳を叩いてくる。
凪は自分を殺しに来ていた。一瞬の躊躇いもなくだ。
それが何を意味しているのかは簡単にわかることで。
でも認めたくなかったのだ。
「デク、こいつ見てろ。」
「かっちゃん……」
「要は動けなくなるまで伸せばいい話だ」
焦凍の力なく下ろされた手は再び上がる様子を横目に勝己は凪の方へ飛ぶ。
火花を散らせた勝己の手はその勢いを加速させ、火花は大輪の花のように大きく爆ぜる。

「徹甲弾!!!」
BOOOOM!!!!

迷うことなく、爆破の弾丸は凪を捉えた。

「凪!」

チリチリチリと勝己の爆撃の熱があたりを埋める。
だが、次の瞬間に襲うのは息を吸うの憚られるほどの寒波だった。

ーーーっ!!!

「かっちゃん!」
「何ともねぇわ!」

寸前のところで回避した勝己が出久達のそばにまで飛びのいてくる。あたり一面を覆う霜は自分たちのところまで伸びており、近くに咲いていた花が氷の塵となって崩れてしまう。
「ノーモーションで…」
吸い込む空気が出久の体内を冷やしていく。
事務所での話で強力な個性だとは聞いていた。だがこれは桁が違いすぎる。
焦凍よりも強い。
空気中の水分を凍らせるなんてものじゃない。それよりももっと低い温度。
窒素を凍らせほどの力。
「これが、彼女の個性……。」
何もかも白い世界の中、凪は目を瞬かせ、漸くその身を動かした。
「テメェら構えろ」

その様子に次に来る攻撃に備え、出久と勝己が臨戦態勢に入るが、凪はそのまま背後にある海の方へと歩いていく。
ふらふらとおぼつかない、夢見心地のような足取りで、柵のギリギリまで進む。
そしてその両手をゆっくりと天へのばす。

「てけつみ かうど を したわ
うもたい願 にらちこ にらちこ
よら子 へらちこ かうど
を声のこ へまたきき へまたきき」

それは声ではなかった。
歌でもなかった。
祈りの言葉でも、呪いの呪文でもない。
名状しがたきその音は、この世のものとは思えぬ調べで。
言い知れぬ不快感が出久達の腹の底に落ちていく。

凪の歌が空を這い。
海に落ちた時だ、海が鳴いた。

ーーーーーーっ!

ゴオオンと響くように。
その音に共鳴するかのように。

低く唸る獣のような音が海の底から返ってくる。

「一体、何が?」
漏れ出た出久の問いに誰も答えることができない。
3人はただ白い世界で知らぬ唄を紡ぐ凪を見ていることしかできない。
本能がただひたすらに、動くなと命令を下してくる。
そんな中、背後から出久の問いへの答えが返ってきた。

「何がって?あの子は神になろうとしているのよ」

焦凍でも勝己でもない、背後にある森林の中からの声。
「「「っ!?」」」
一斉にそちらを見る。其処にいた顔に全員が見覚えがある。
事務所で会話をしていた彼女。
ソアレだった。
否、違う。
あれはソアレではない。
「お前は……っ!」
記憶の中で見たその顔が焦凍の目の前にいた。

「嗚呼、思い出してしまったの?」
彼の様子にソレはなんて事のないよう方をすくめた。口の周りは赤黒く汚れはてており手に持っていたものをポイっと地面に投げ捨てる。
ドサッと転がった【物】に出久と勝己を目を見開いた。
「お前その人に何をした!」
「何ってちょっと食事をね、あまり腹の足しにはならなかったけど」
ソレは、ついさっき入り口で話していた人。
出久達に泣いて縋り付いてきた老婆だった。血の気のなく呼吸をしている様子はない。
もう息をしていないことが見てとれた。
「あの軍人の言ってた通りみてぇだな……」
「うん…」
「ふふふ、どうやらそちらの子達も私の事知っているみたいね。改めて自己紹介をするわね」

仰々しいまでにわざとらしく。舞台の役者のように頭を垂れる。

「ご機嫌よう。
我は太古から生きる者、血を啜る者。
そして神を喰らうもの。
どうかよろしく人間諸君。
そして安らかに」

死んで頂戴な