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凪と焦凍





【思い出してください、貴方の大切な人の事を】

あいつは、凪は
何時も俺の前を少しだけ先に歩いていた。
明るくて、優しくて、どんな時も笑顔で
俺は凪の事が大好きだった。
ずっと一緒にいた。

ー焦凍、こっちこっちー
ーまってよ凪ー

アイツの目は何時もキラキラしてて。笑った時、一段と綺麗に輝いているようで、神様がこっそり宝石で作ったんだって本気で思ってた。

だけど、
ー凪?どうしたの?ー
ーうぅん、ちょっと寒いのー
アイツに個性が出たあの日から、凪は少しだけ笑わなくなった。
あの日も俺は隣にいた。
一緒に庭で遊んでいたら、凪が急に寒いって言い出して。でもその日は青い紫陽花が沢山咲いている、夏がすぐそこまできているそんな季節だったから。体を震わせながら寒いって言うあいつの姿は異様で。どんどん顔色が悪くなって言って、どうしたらいいのかわからなくて。お母さんを呼びに家に戻ろうとしたんだ。
そしたら、後ろで何かが倒れる音がして。

ーうっ、あぁぁっ!ー

振り返った時にはもう、あたりは一面氷漬けになってて、あいつは硬い氷に覆われていた。

ーひっ!……っ凪!お母さん!凪が凪がっ!ー
ー焦凍っ!凪!ー
ーうぇぇっ、わぁああぁんっ!ー

紫陽花が咲いてる、蒸し暑い日だった。
まだ個性が出てない俺はどうすることもできなくて。駆けつけたお母さんに抱きしめれられながらただ氷の壁の向こうから聞こえる凪の泣き声を聞いてる事しかできなかった。

ー凪っ!ー

【その後はどうなりました?】

その後。
氷漬けになった凪を助けてくれたのは燈矢兄で、すぐに医者が呼ばれた。家中の暖房器具をかき集めても凪の顔は青白いままで。このまま死んでしまうんじゃないかって思った。

ーお母さん、凪どうなっちゃったの?ー
ー凪個性が出たばかりで少し具合が悪いの。ごめんね、焦凍ー
ー……僕、また凪に会える?ー
ーえぇ、もちろん。だからお母さんと一緒に待って居ましょうねー

お母さんは俺に嘘をついていた。
あの日の夜に親父とお母さんの会話を俺は聞いてしまっていたから、凪が本当は今どう言う状況なのか知っていた。

ー凪に個性が出た?で、どうだった。ー
ー……私の方だけです。お医者様は……あの子の体は自分の個性に耐えられないかもとー
ーそれでー
ー早急に治療をしなければ、凪の心臓は成人まで持たないかもしれないそうですー
ー……そうかー

親父はそれだけ言うと俺たちを凪のいる部屋には近づかせないようにとお母さんに告げてすぐ家を出て行ってしまった。
それから当分、俺は凪に会う事ができなかった。
凪の居るの部屋に続く廊下は四六時中冷え切っていて。そこから流れてくる冷気が凪の存在を教えてくれる唯一のものだった。
その部屋に行けるのは親父と医者そして燈矢兄だけで俺はただ暗い廊下を見続けていた。

ー凪に会いたいー

そう言ってあの廊下の先から凪来るのを待ていた。
ずっとずっと待ていた。
そこから凪が現れたのは、蝉の声が輪唱する真夏の頃。

ー焦凍!ー
ー凪!ー

会いたかったと俺の手を握るアイツの手には、暑い手袋がされていて。
大好きな凪笑顔は前よりも少しだけ弱くなっていた。

ー焦凍、焦凍!一緒にお外で遊ぼ!ー
ーうん!ー
ー凪、外はダメよー
ーお胸キューってするから?ー
ーえぇ、だから。お部屋の中で遊びましょうねー
ーはぁいー

凪にとって個性はただの足枷でしかなかった。ろくに外にも出れなくて。よく寝込むようになった。一週間ずっと元気だった事なんかなかったかもしれない。

ー私、個性いらない。前みたいに焦凍と外で遊びたい。ー

ある時、布団に横になりながら凪はそう言って泣いていた。
だから俺は約束をしたんだ。

ー凪の個性が冷たいから僕の個性はきっと暖かい個性だよ。個性が出たら凪の事温めてあげるねー
ーどうして暖かいってわかるの?ー
ーだって僕たち双子だもんー
ーそれだけ?ー
ーうん、それだけー

理由はただそれだけだった。
俺と凪は双子だから。
そんな単純な理由。

ーえへへへ、変なの。でも、うん。約束ねー
ー約束だよー
ーゆーびきーりげーんまんー

【それから?】

それから随分たって俺にも個性が発現した。
俺の右側は手袋なしで凪と手を繋ぐことができ、左側は凪との約束を守れるものを持っていた。
でも、アイツとの約束はあまり守ることはできなかった。

ー焦凍、来いー
ーぼ、僕、凪と一緒にいたいー
ー何をふざけた事を言っている。そんな時間があると思っているのかー

ある日、親父が鍛錬場へと俺を連れ出そうとした時、凪が空いている方の手を掴んだ。

ーだめー
ー凪?ー
ー焦凍を連れてかないでー

ギュッと弱く握る手は手袋越しでも冷たくて、アイツは今にも泣きそうな顔をしていた。

ーお前は寝てろ、また倒れるー
ーやだー
ーそうやって冷に面倒をかける気かー
ー……っー
ーもう一度言う、お前はただ寝ていろー

ゆっくりと凪は俯いて手を離した。
そうして再び引き摺るようにして進む親父に連れられながら俺は凪の方を振り返る。ポツンと、忘れられた人形のように凪はまだそこにいた。

ー置いてかないでー

そう言われてような気がした。


【そして?】


そして、凪の心臓の治療が本格的に決まったから。
アイツは入院することになった。

ー見て焦凍、私のお部屋一人だけだよー
ー本当だ、お布団じゃなくてベットだー

入院初日。お母さんと俺と一緒に凪は病院に来ていた。お母さんは凪の担当の先生とこれからの話をするために部屋を出て行って。俺たちだけ残された。

ーあ、中庭がある。お花いっぱいー
ーねぇ凪ー
ーなに?ー
ー怖くない?ー

心臓の手術をする事が決まってから聞きたかった事。凪はずっと大丈夫、頑張るとしか言っていなかったけど自分の胸を切るなんてそんなの怖いに決まっている。

ー皆に内緒にしてくれる?ー
ーうん、誰にも言わないー

二人しかいないのに凪は俺の耳にそっと手を当てる。

ー本当はちょっと怖いのー
ーうんー
ーでも、これ持ってきたから大丈夫ー

そう言ってカバンから出したのは親父を象ったぬいぐるみ。恥ずかしそうに、困ったようにそう告げて凪はちょっと笑った。そんな笑い方するなよ。俺どうしたらいいかわかないだろう。そう言いたかった。

ー凪はやく帰ってきてねー
ー焦凍、寂しい?ー
ーうん、寂しい、ひとりぼっちでお部屋で寝るのは寂しいよー
ー私も一緒、だから頑張るねー

俺たちは互いの背に手を回してそうつぶやいた。
凪の顔は見えなかったけれど、鼻を啜る音は聞こえた。

ー焦凍の泣き虫ー
ー凪の泣き虫ー
ーだって双子だもんー
ーじゃあ仕方ないねー

お母さんたちが戻ってくるまで、俺たちはずっとそのままでいた。帰り際、俺から凪へ早くよくなるようにと御呪いをして。凪からは俺へ泣き虫が治る御呪いと作ったとそれをしてくれた。


【続けて】

凪の見舞いには何度も行った。何度も何度も。

ー焦凍ー

アイツはいつも笑いながら俺に手を振っていた。
それで。
その後、
〈ノイズ〉
あの日が来た。

【待って、記憶を戻して】

えっ。

【君はそこでアイツに会っている思い出して】

病院で。
俺はずっと凪と二人でいた。
いつも二人きりだった
〈ノイズ〉
違う。
ー焦凍ー!こっちだよ!ー
凪そう言って、一人でいた。
〈ノイズ〉
違う。
俺は誰かに会った。
先生〈ノイズ〉違う。看護士さん〈ノイズ〉違う。同じ入院患者〈ノイズ〉違う。違う。そうじゃない。
アイツは、凪は一人じゃなかった。
〈ノイズ〉

【故意的に記憶に齟齬が生じるようになっている、落ち着いて】

ーこっちこっち!ー

凪はいつも俺を、病室で、迎えて…〈ノイズ〉違う。
〈ノイズ〉〈ノイズ〉ロビーで、〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉
面会室で、〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉
〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉売店で、〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉
診察室で〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉廊下で〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉
アイツは凪は、凪〈ノイズ〉〈ノイズ〉は〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉凪は。〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉いつも〈ノイズ〉〈ノイズ〉いつ〈ノイズ〉も〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉〈ノイズ〉俺〈ノイズ〉いつもい〈ノイズ〉つも〈ノイズ〉俺〈ノイズ〉〈ノイズ〉を

【手繰り寄せて、正しい記憶を】

ー焦凍、見て。ちょうちょー

〈ノイズ〉

思い出した。
凪はいつも中庭にいた。
中庭で花を見ていて。
それで。

ー本当だ綺麗ー
ーかわいいねー
ーあら、凪ちゃん。その子は?ー

そこで俺はある人にあった。

ー焦凍だよ!いつもお話ししてるでしょ!ー
ーそう、あなたが凪ちゃんが言っていた焦凍くんねー

その人は、日陰から俺たちを見ていた。

ーご機嫌ようー
ーこ、こんにちわ…ー
ー焦凍、このお姉さんはねえっと、えーっと先生だよー
ー先生?ー
ーいろんなお話とかお勉強とか教えてくれるのだから先生ー
ー凪ちゃんは教えたこと全部覚えてくるから教えがいがあるわぁー

担当の先生でもない、看護士でもない。
ただ白衣を来たその人は凪と俺を、いや。
俺を見ていた。

俺を見て、そして

ーあぁダメね、貴方の右は素敵。だけど左は……ー
ーな、何?ー
ーこっちには『陽』があるから駄目ねー

左側の額から頬をその人の指がなぞる。
冷たくて、凪の手とは違う冷たさ。
まるで、生きていないような。
死人の手。

ーあっ…ー

そう言って笑うその人の顔を俺は、俺はおれはオレは俺はおれ俺おれおレは俺はおれはオレは俺はおれ俺おれおレは俺は俺は俺は…

ー焦凍くんさようならー


思い出した……。

【掴んだぞ】

脳が引かれる。意識が遠くなる。
中庭に凪を、妹を置いて。

俺はっ……!

「凪!」

俺はあの顔を見た事がある

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


自分が今どこにいるのか分からずに座っていた椅子から転げ落ちる。
「ウェッ…」
激しい目眩に頭痛と、込み上げる吐き気。耐えきれずに口から吐き出してしまう。
胃液と吐瀉物が混ざった不快な味が口一杯に広がる。
「轟くん!」
「焦凍!」
緑谷が俺を支えてくれてようやく起き上がることができた。渡されるタオルを受け取り口を拭うと目の前にいるその人をみた。
俺の過去を一緒に見た人、凪の事件を知る手がかりをもつ軍人。
ソアレ・イヴァン。
俺と同じくらいに疲弊した彼女に言いたいことが沢山ある。聞きたい事もありすぎるけど何より言いたいのは。

「なんで」
「無理、させすぎました…」
「総代!目が」
「大丈夫。ただ使いすぎただけです」

ぽたりぽたりとその人の右目から血が流れる。その目に見覚えがある。
目だけじゃないこの人顔を俺は今日初めて見たわけじゃない。

「なんで、同じなんですか」
「轟くん?」
「なんで、凪の隣にいたあれとあんたは」

同じ顔しているんですか?

「それは、あの化け物が自我を得たときに食べたのが……」


私の祖先だからです。