×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





あの日の君に会いに行く





エンディング逮捕から数日が経ち。僕たちのエンデヴァー事務所でのインターンを続いていた。

「昨日のパトロールで黒鞭の制御はうまくいっていたほうだけど。それでもまだ完璧とは言えない、コントロールできる精度を上げないと…。其の場合として…えぇと」
昨日での活動を振り返り。黒鞭の制御率を上げる方法を画策しながら事務所の廊下を進む。No. 1ヒーローの側で得られる経験は学校で培ってきたものを高めるのに申し分のない場所だ。それをさらに伸ばせるかは己自身にかかっている。今より少しでも一歩前に進む為の方法をとあれでもないこうでもないと思考を巡らせながら歩いていたため。曲がり角から現れた人影に反応する事ができなくて、もろにぶつかってしてしまった。その人は、其の衝撃で後ろによろけた僕の腕を掴み前に引き戻してくれる。
「大丈夫ですか?」
「あっ!すっすみません!」
一眼でわかる上質な生地と金ボタンで仕立てられた詰め襟の上着とその旨に輝くのは何かの勲章が輝いているそれは、いわゆる軍隊の正装服というもので日本では観たことが無いものだった。その軍服を着た女性が目の前に立ち僕を見つめている。
「こちらも声が聞こえていたのに避けられなくて申し訳ない。お怪我は?」
「は、はいなんともないです!」
「それはよかった」
穏やかに微笑むその人からは、ただ立っているだけなのに優雅というか気品と言うものが伝わってくる。そして気のせいだろうか、その瞳が一瞬輝いたように感じた。まるで自分の全てを見透かしてくようで、僕は思わず半歩後ろに下がる。何か言いたげに口を開いたその人へ部下なのだろうか同様に軍服を着ている男性が背後から耳打ちをする。「総代……お時間が…」と聞こえてきたその言葉にギョッと縮み上がった。もしやぶつかってしまった人はとんでもなく偉い人なのではないかと冷や汗が流れ落ちていく。そんな僕を知ってか知らずか、男性と2、3言葉を交わしたその人は再びこちらに向き直る。
「私はこれで失礼するさせてもらう。ぶつかってしまい申し訳ない」
「いぃぃえ!こちらこそ本当にすいませんでした!」
優雅な一礼をするその人に直角に頭を下げて道を譲る。その人を先頭に数名が横切っていくのをチラと目線を上げて盗み見る。どの人も軍服を着ており一般人ではないということだけはわかった。そもそもなぜヒーロー事務所に軍服を着た人たちが来ているのだろうか。しかも日本のものではない。
「エンデヴァーは何もいっていなかったけど……何かあったのかな……。」
その遠くなっていく人影に僕は何か大きな出来事が起こるのではないかという一抹の不安を感じるのだった。



軍服の人たちを見送り集合場所のエントランスに向かうと。その道中にあった資料室のわずかに開いていた扉の隙間から見慣れた人物の姿が見えて思わず立ち止まり中を覗く。其処には何冊もの分厚いファイルを机に広げて読み耽っている轟くんがいた。僕の視線にも気がついていないくらいに集中しているのだろう、一心不乱に資料に目を通している。「轟くん」と声をかけると驚いた様に顔を上げた。
「そろそろ集合の時間だよ」
「悪いもうそんな時間か、全然気がつかなかった」
「もしかして朝からずっとここにいたの?」
まぁそうだと轟くんは少し歯切れが悪そうに答えて資料に目を落とす。
此処にあるあの日の資料を読み漁っている姿を見るのは今日が初めてではない。あの日、『俺は、置いてきた過去【凪】を拾いにいく』そう決心した日から轟くんは時間があればよくここに訪れている。もちろんインターン活動に支障が出ないように調整しながらも時間を見つけてはこの扉をくぐっていく姿は何度も見ていた。
「何か、その見つかった?」
「まだ何もただ」
「ただ?」
轟くんは考え込むように口を閉ざした。机に目をやると其処には広げられた幾つものファイルには10年前の事件について、報道でもTVでも知らされることがなかった凄惨な様子が克明に書き込まれていた。当時、家で見た様子が僕の脳裏に蘇ってくる。煙と炎そして瓦礫と化した街並みが映し出されるTV画面を母にしがみつきながら見ていた。

ー姿なきヴィランによる都市の主要施設および官邸同時襲撃事件ー

連日ニュースで報道されていたこの事件は改めて見ると不可解なことが多い。
官邸などもその襲撃対象となっており狙いはこの国のトップかとも思われたが誰も拉致などはされておらず、機密情報が抜かれたなんて事もなかった。
『ただそこを壊しただけ』そう言い表すが適切と言えるだろう。ただ街を蹂躙したかった愉快犯の仕業、承認欲求を拗らせた反抗とも推測はされていたが、官邸と其処に関連する場所と発電所や病院といったライフラインに必要とされる場所だけを的確に狙っている。愉快犯の犯行にしては、計画的なところが見られて結局のところその目的も犯人の目星もわからないまま事件は捜査打ち切りとなってしまった。あれから10年たった今、ヒーローと警察がヴィランにまごう事なき黒星をつけられた事件とされている。
「何で凪の病院が襲われたのか納得がいかない」
「どういうこと?」
「あいつの居た所、大学病院とかそういう凄いところじゃなかった。」
ヒーロー専門というわけでも、最先端の医療がある場所でも名のある名医がいたわけでもない。よくある一般病院に彼の妹さんは入院していたらしい。病院であるから狙われたと言えば何もおかしい所はなくのではと言うが轟くんは首を振り、何かを引っ張り出して僕に広げれ見せる。それは襲撃された場所が書き込まれた地図だった。
「ここが凪のいた所」と彼が指し示したのは地図のある一点、被害中心部とされている場所から少し離れた場所。うんと頷いた僕を見て轟くんは其処から指先を少し横へとずらす。「そしてここが襲撃にあってない建物」トントンと叩かれたのは妹さんがいたとされる場所から数センチ「内側に」ずれた場所。実際の距離にして数百m圏内といったところだろう。その場所には「●●大学病院」と記されていた。
「俺がもし敵だったらこっちを狙う。」
先端医療や高度医療体系が備わっている大学病院の方を落す方が痛手になる。それは誰がみても明らかな事それなのに其処は襲撃されておらず。轟くんの妹さんがいる一般病院が襲撃された。何か意図があったのだろうか、そう例えば。
「何かがあったとか、何か理由がその病院にあったのか……」
「理由……。」
何か、今まで気が付かれるようなことが無かった何かの端を掴みかけている。そんなどかしさを感じた。二人で考え込んでいると誰かの足音が近づいて来ていて、次の瞬間扉が突如として
蹴り開けられる。
「テメェら何時だと思ってんだ!!」
「か、かっちゃん!?嘘、集合時間過ぎてた!?」
「過ぎてたじゃねぇわクソナード、五分前行動が常識だろうが!」
舐めてんじゃねぇぞクソデクと爆破してきそうなかっちゃんに轟くんが「迎えにきてくれたのか」と言う。お願いだから火に油を全力投球しないで。案の定チゲーわ半分野郎と怒りのボルテージが上がっている。
「ごめんかっちゃん、ちょっと調べ物してて」
「あ゛ぁ?それが言い訳になると思ってんのか?」
「う゛……おっしゃる通りです」
見かけに反しての常識的な考えのかっちゃんに何も言うことができない。言葉につまる僕に「クソナードが」と吐き捨てたかっちゃんは机に広げられたままのそれらを一瞥した。僕たちが何を調べていたのか察したのだろう。
「テメーらが何調べようが俺の知ったこっちゃねぇが……インターン活動に穴開けるようなクソ舐めたまねしよう物ならぶっ殺すぞ」
「そんな事はしないよ。ただちょっとこの事件変でさ……」
僕の言葉を耳に入れているかわからないがかっちゃんはパラパラと近くにあったファイルを捲っていく。いいのか集合時間と思うが口にはしない。言ったら最後、多分資料室ごと爆破されてしまうだろう。しばらく資料を眺めたかっちゃんは「クソデクの言う通りだな」と踵を返して部屋を出ていった。言った通りとはどう言う事だと考える僕の横を轟くんが慌ただしげに通り過ぎて、「爆豪!」とかっちゃんを追いかけて言ってしまった。
「……え、ちょっと、轟くん!?」
慌てて資料をかき集め、あったであろう場所にそれらを仕舞い込む。間違ってたらごめんなさい、後で直します。誰に言うでもない謝罪をのべてから二人の後を追った。

「爆豪!さっきのどういう意味だ!?」
「はぁ?何だよ!?」
「だから!さっき部屋を出るときにお前が緑谷に言った言葉の事だ!」
「腕掴むな!離せ!」

僕が二人に追い付いたのはエントランス。そこで轟くんがかっちゃんの腕を掴み詰め寄っていた。かっちゃんが鬱陶しそうに腕から轟くんの手を離そうと揺らしているが離れる気配はなく。離せやと吠えるかっちゃんの目がどんどんつり上がっていくのが見えた。これはまずい。このままでは、No. 1ヒーロー事務所エントランスが消えてしまう。

「かっちゃん落ち着いて!」
「俺はすこぶる落ち着いてるわ!!クソデク!平静じゃねぇのは半分野郎の方だろうが!」
「轟くんも!一先ずかっちゃんの腕を離して!」
「……っ悪い」

轟くんはようやく手を離した。チッと舌打ちをするかっちゃんと切羽詰まったような轟くんの間に入り距離をとらせる。エンデヴァーはまだきて居ないようだ。

「それで、かっちゃん」
「あ?」
「さっきの僕の言う通りだってどう言う意味なの?」
「そんなの言葉の通りに決まってんだろ」
「それがわからないから聞いてるの……かっちゃんも何か変て思ったんでしょ?何を見てそう思ったの?」

多分それ僕たちが思った点と違う所の事だと思うとかっちゃんに言葉を促す。かっちゃんが見ていたファイルは、轟くんと僕が見ていたファイルと違うものだった。あれは当時の頃から今までの襲撃事件を取り上げていた記事をファイリングしていたもの。それを見てかっちゃんは僕らとは違う何かを変だと感じたに違いない。再びチッと舌を打ったかっちゃんは「神野に比べておかしいんだよ」と言葉を漏らす。

「え、何が?」
「だから死傷したモブ共の事だ!消えたモブの数と比べておかしいって言ってんだよクソデク」
「死傷者と行方不明者の数?」
「襲撃された範囲を考えりゃ、死傷者も行方不明者も当たり前にクソほど多くなる。だがあの事件……被害範囲は神野と同じくらい。それなのに『あの神野の事件』と比べて死者がクソほどに少ない。だが行方不明になってる奴らの数は」
「『やけに』多い?」
「そう言うことだ。特に個性が出るか出ないかのガキ共の数がダントツだ」
かっちゃんの言葉に持っているスマホで事件の被害者数を検索する。今現在でわかっている死傷者数そして行方不明者数の数は明らかに、おかしい。数が歪だ。あのOFAが起こした悪夢を体験した僕らだからこそを理解できるこの違和感。
「エンデヴァーはこの事知ってるのかな?」
「わかんねぇ、でも親父に言う価値はあるはずだ」
「ツーかまだきてねぇってのはどう言うことだ!!」
スマホが表示する時間は集合時間から二分過ぎていた。いつもなら僕たちよりも先にいるはずの姿は振り返っても見える気配はない。そこへ、サイドキックの一人が僕たちを見つけて駆け寄るとエンデヴァーが少し遅れるということを伝言してくれた。その言葉にかっちゃんの目尻は角度を上げる。
「理由を言え!理由を!」
「ちょっとかっちゃん!」
「こっちは、ただでさえ少ねぇ時間が無駄になってるんだぞ!」
「でも何か訳があるんだよ」
「だ、か、ら!その理由を聞いてるんだろうがクソナード!」
ぶっ飛ばすぞと言われるが、でも目の前のサイドキックの人に詰め寄っても意味はないだろう。この人も詳しいことは知らないはずだ。若干涙目になっているその人に轟くんが何かあったのかと尋ねる。
「来客があったみたいなんだ。そのなんか海外の軍関係の人達みたいで…」

僕はさっきすれ違った人達のことが頭をよぎった。



「来られるのは夜と聞いていましたが?」
「申し訳ないですが時は一刻を争うところまで来ているのです。」
ご理解していただきたいと頭を下げる女性に後ろに控える者が戸惑いを見せる。目の前にいる人物はそれ程までに位が高いのであろうことが推測された。この様子から話を聞くほかに選択肢はないようだ。一先ずソファーへ座るように促して対面の席に座り、手短に話をして貰いたいことを告げる。こちらも暇ではない。フォークスからもらった暗号からできる限りの戦力を増やさなければならない。時間は限られている。こちらの態度が気に障ったのか後ろに控えている部下が険しい顔で睨みつけてくる。どうやら向かいに座る者は優れた指導者らしい、青筋を浮かべているその者は女性が手を挙げたとたんに姿勢を正す。
「こちらの事情に協力をしてもらうのです。お静かに」
「失礼しました。」
「Mr.エンデヴァー、部下が大変失礼な真似を」
「いや、こちらも無礼が過ぎたようだ申し訳ない。……それで、貴殿ら俺に何を求めているのです?」
「我々の調査に助力してもらいたい」
その瞬間、ピンと部屋の空気が張り詰める。「調査とは」と話の続きを促す。
「我々は長年に渡りある『ケモノ』を追っております」
「ケモノ?」
「えぇ、アレはこの世で最も貪欲であり、傲慢で、そして何よりも罪深い……」

ー太古の化け物なのですー

膝で拳を作っている彼女の手には皮の手袋が嵌められておりそれがギチギチとこちらに聞こえる程に音を立てている。よほど相手が憎いのかそれとも他に理由があるのか定かではないが冷静でいる為に己の感情を其処に逃しているようだ。
「それがここ日本にいると……」
「はい、潜伏調査をしていた部下の一人からの信号で突き止めましたが……どこにいるかまでは」
「もう一度その者への連絡は?」
静かに首を振り「もう不可能です」と答える様子から、すでにこの世にいないと言う事だろう。
「ではどうやってその対象を探すおつもりで?」
「それには私の個性を使用します。」
「個性を?」
「私には人の『縁』が見えるのです」

ー私の個性は手繰り寄せることです。それも記憶や縁といった目には見えない物と限定されております。ー

人は生まれながらにして何かと縁がつながっています。両親それよりも前の家族や横に広がっている血縁者と。そして生きていく過程で新たに縁が結ばれていく生き物です。人と会う事でその縁の糸は生まれます。私にはそれが糸となって視認でき。その者と縁が強いほど糸ははっきりと見え、それをたどりつながる相手を追うことができます。ですがその糸もその者との間に挟む人が多いほど糸は細く霧散してしまいます。
例えるならあなたの家族、お子さんとあなたを繋ぐ縁は糸となりよく見えておりますが、そのお子さんのご友人のご両親とあなたとの縁は髪の毛ほどの細さとなってしまうということです。
「さらにそのまた友人となれば糸の形状に保って入れられないと?」
「その通りです。この個性があれを追う唯一の方法なのですが。それでも取られ得ることは困難に近い」
「理由を聞いても?」
「私とアレには僅かですが縁が繋がっておりました。ですがそれが時を経つにつれて徐々に細くなり今では霧のように霧散してしまっているのです。とてもではないですが追うことができません。」
だから貴方に協力をお願いしたいのです。この日本で事件解決数史上最多の実績をもつエンデヴァーあなたに。そう自分を見つめるその者の目には信念いや執念というのだろうか強い意思が宿っていた。
「俺に個性を使いたいということか」
「はい、私の個性は記憶の中にある縁も手繰り寄せることができます。思い出している光景で見える糸を掴めば現実時間でも対象との縁の糸は形成されるのです。」
アレは陽の下で生活するなんて事はできません。この国で隠れるならば何かしらの犯罪に関与しているのは確かです。これまでもずっとそうやって逃げ続けていたのですからと続けるた彼女にようやく納得がいく。公安でも、警察でもなく自分にコンタクトを取ってきた理由は其処にあったのかと。誰よりも現場でヴィランを捉えてきた自分にはその物たちと不服ではあるがその縁の糸というのが繋がっているのだろう。
「俺が解決してきた事件にそれが関わっているかもしれないと」
「私はそう睨んでおります。エンデヴァー無礼を承知の上でのお願いです。ーーどうか私どもに協力をしてはいただけないでしょうか」
椅子から立ち上がり己へ深々と頭を下げる姿を見て断ることはできない。遠い異国まで敵を追い続けるこの者に自分は尊敬の念をだいた。
「断る理由はない……。だが一つ聞かせて欲しい、貴殿の追うケモノーー太古の化け物とはいったい何なのか。それについて詳しく教えてもらいたい」
「それは……」
そう彼女が口を開き言葉を続けようとした時だ。何やら外が騒がしい。罵声のような、乱闘のような騒音が聞こえたかと思えば。
「離せやクソデク!こっちとら待たされてイライラしてんだ!」
「大人しく待機て言われてたじゃないか!」
「10ッ分になぁ!その時間もとうに過ぎてるから来たんだろうがクソナード!」
「お願い外交問題とかになったら洒落にならないから!」
「上等だ!こんなんで問題になる国となんかこっちから願い下げだわ!」
今現在自分が面倒を見ているヒーローたちの声が鮮明に近づいてきてついに。

「い、つ、ま、で、待たせる気だぁ!!!!」

バンッーとこじ開けられた扉の先に立つのは、控えていた部下数名に抑えられた爆豪と。「かっちゃんっっっ!!!」と青ざめた様子で爆豪を下がらせようとしてるデクと焦凍の姿が視認できた。思いのほか時間が経っていたらしい。
「カッチャン!」ともはやそんな鳴き声なのかと疑いたくなるほどに連呼するデクに抑えられながらもこちらを睨む爆豪の形相はヒーローというにはいかがな物かと思う。自分も人のことは言えないが。
突然の乱入者に呆気に取られていた彼女だったがすぐに爆豪を抑えていた部下に下がるように命じる。そのおかげかだけ彼の怒りも収まったようだ。
「私の部下が失礼をしたようで、怪我は?」
「ねぇーよ!つーかてめえは誰だ?こっちはインターンの時間が削られて迷惑してるんだわ」
その爆豪の態度に後ろにいる部下は泡を吹きそうになくらいに顔色を変えているが。彼女はそれに気がついていないのか、もしくはあえて無視をしているのか。そちらを見ることなく微笑み爆豪に一礼をする。
「大変失礼した。私はソアレ・イヴァン。東欧の国のある師団の総長を務めている。我が国の任務のため日本のNo. 1ヒーローエンデヴァーの協力を求めて今日馳せ参じた次第なのだが……。未来ある、勇ましい少年、君の貴重な時間を奪ってしまい申し訳ない。どうか許してくれないだろうか」
決して子供扱いをしている訳でない彼女、ソアレの様子に毒気を抜かれたのか爆豪は一つ舌打ちをするだけで先ほどまでの勢いはない。彼女は顔をあげて彼らが何者かを訪ね、今インターンで面倒を見ているヒーロー達と爆豪、デク、焦凍を紹介する。
「……ッ!君……」
一瞬、ソアレは息を呑むと信じられないといった様子で3人に、いや焦凍にゆっくりと向かっていく。
突然の彼女の行動に俺はもちろん全員が目を丸くする中。「糸…」とソアレは何かを摘もうとするように焦凍の顔に真横に手を伸ばす。先ほどの話から彼女の個性によって何かの糸が見えたのだろうか。
「あの…何か?」
焦凍の困惑した声にようやく我に返ったらしく。「申し訳ない」と距離を取ってはいるが視線はまだ焦凍から外れてはいない。
「ーーエンデヴァー……先程の件なのだが、彼にも協力を依頼することは可能だろうか?」
「総代……。もしかして」
その言葉に彼女はただ頷くだけだったが意味は理解されたのだろう。部下全員が焦凍へ視線をうつした。そして俺もその様子から何故そのような申し出をしてきたか察する事ができてしまう。この場で事態を飲み込めていない焦凍たちは困惑した様子に俺に説明を求めている。
「焦凍…くんだったかな」
「はい」
「君には私達が日本行きた目的である対象、ヴィランというべきかな…それとの縁があるようなんだ」
「どういうことですか?」
「詳しい説明はする。それより先に聞きたいことがある……。」

君は今、何を考えていた?




「襲撃事件の事を考えていました。」

一瞬の静寂のあとに轟くんはそう答えた。
待機するように言われた時間を超えてしまい痺れを切らしたかっちゃんを追ってたどり着いたエンデヴァーの部屋の中には想像していた通り。先ほど廊下であった女の人がいた。自国の任務のために日本に訪れたというソアレ・イヴァンと名乗ったその人は轟くんが自分の探しているヴィランの手がかりを持っているのだと告げる。
「襲撃事件とは?」
「10年前に起きた事件のことです。さっきまでその事を調べていて気がついたことがあったので」
それを親父に言おうと考えていました。
「オヤジ…」
「父親のことです」
「うんそれはわかっているよ。そうか君エンデヴァーの息子さんなのか…」
ならなぜとつぶやいたソアレさんはその襲撃事件はエンデヴァーも関わってたかと尋ね、エンデヴァーももちろんだと返答を返していた。
「何か気になることが?」
「先ほど話したように縁というのは一度あえば必ず生まれます。エンデヴァー、あなた今その事件の事を思い返しましたね?」
「あぁ」
「その襲撃事件にアレが関わっているとすれば、あなたからもその糸が見えるはずなのに…」
「それが見えないと?」
はいと頷いたソアレさんは再び轟くんの方へ目を移す。その目は気のせいではない微かに光っていた。恐らく彼女の個性が関係しているのだろう。
「焦凍くん、君はその事件に関連して何か思い出していたと思う。その中に私が探している対象の手がかりがあるはずなんだ。協力して欲しい…頼む。」
「説明してくれませんか?全部、それが条件です。」
譲るつもりはないという姿勢の轟くんに彼女は勿論と頷く。そして「とても長い話になるだろうから」座って話そうと僕たちをソファーへと促した。轟くんは僕とかっちゃんの方を見てごめんと謝ってきた。
「二人の時間少しもらってもいいか」
「勿論。」
「おい、あんた手短に話せよ」
「かっちゃん!」
「努力はする。それなりの長さになってしまうことは許して欲しい。」
さぁ、座ってと僕らを見る彼女は先ほどの穏やかさを少しだけ隠して目の前の椅子に腰を下ろした。エンデヴァーも近くに控えている。全員が聞く準備ができた事を確認してからソアレさんは一つ息を吸った。

「これは個性が生まれる時代よりもずっと前から始まったことだ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

はっきりとした年代はわかっていない。
誰が生み出したのかも、なぜ生まれたのかも不明だった。
だが気がついたらそれはそこにいたという。
獣とも人とも分類されず。
ただそこにいるだけのそれはいつしか人の命を喰らうようになる。太陽の下に出ることが叶わない身体を地下に身を隠して、数多もの人の命を喰らい続けた。
何十の命を喰らい
それは形を手に入れた
何百の命を喰らい
それは知恵を手に入れた
そして数えることも出来なくなるほどの命を食らったある時ついに。

ーああぁあああぁああー
それは自我を手に入れた。

ーあぁ、こんなにも甘美なものがあるのね
そこから命を喰らうたびに大罪を身につけていった。
ーこんなにも心躍るものがあるのね
蹂躙していくごとに力を手にいてれていく。
それはもう、獣とも人とも言えぬ存在になった。
それにない力はないとされた。
それは全て持っていると言われた。

ただ一つを除いて

ーあぁあああ、なんて憎たらしいー
ーなんて忌々しい
ーどうしてお前はいつもいつまでも私を見下ろしている
ーどうして私はお前に近づけない
ー呪わしい!
ーお前が嫌いだ!

ただ一つを除いてそれは完璧であった、全能であった。

ーなぜ私はお前を超えられない!

見下ろす陽。
太陽だけはそれの手に渡ることはなく。ただ天に輝き続けていた。
陽がある限りそれは天に登ることはない。
陽が眠ってもその輝きに浮かび上がったものが代わりを務める。アレがある限りそれは天に登ることは出来ずただひたすらに地下に居ることしかできない。

ーどんな時間をかけようと私はお前を殺しにいく
ーそして私がそこに登り全てを手に入れる。

ーそう、私が神になる

それが全ての始まりだった。
始まりなんてそんな単純な理由。

時が経つにつれそれは少しずつ形を変え、姿を変え。
命を変えて名前を変えていった。

最初はバラウルと次にズメウ。
ショロマンツァの主。ドラクル。
竜の子。
数多の名をつけられたそれは今はこう呼ばれている


ードラキュラー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ドラキュラ、それが我々が追っているケダモノの名称です。」
恐らく、架空のモンスターとしては日本にはその名前は伝わっていますよね?と語り終えたソアレさんはそう続ける。
「本当に存在するんですかその……吸血鬼て」
「えぇ、ただ吸血鬼というのは語弊があります。あれは血を吸うというよりも命を喰らいニンニクは効きません。十字架も聖水も無理でしょう。」
「そうなんですか」
知れ渡っているのは架空のモンスターの退治の仕方ですがアレには全く通用しませんと彼女は形をすくめてため息をつく。
「結局そのクソモンスターの目的は?」
「神になる事」
それだけの為にあれは、数世紀にわたり我が国を蹂躙し民を嬲り続けて。そして個性が誕生した時にアレは今までの方法とは別の方法を思いついたのだとソアレさんは下唇を噛んだ。
「その方法とは?」
「個性を持った人間は今までの人間とは別の力を持っていると考え、アレは数多の人を材料に神を作ろうとしたのです。そしてでき上がった物を喰らうことで己を神にしようとした。」
それはまるで料理だ。材料は人間、そしてそれを調理してできた人間だったものを食べて自分の血肉とする。あまりに冒涜的なその内容にゾッと僕の背筋は凍りつく。
「十数年前アレは我が国でそれを実行しており…あと少しのところで私達は取り逃してしまった。数十万もの民のただ無惨に殺されてしまいました。」
「そのものが今度は日本で同じことを?」
「えぇ、そしてその計画は最終段階に近い」
「そんな!」
このまま行けば世界はアレに蹂躙されてしまう。だから一刻も早くあれを見つけなければならないのですと彼女は轟くんの方をまっすぐ見つめて「どうか我々に力を貸してほしい」そう深々と頭を下げた。そばにいる部下の人たちも同様に頭を下げて轟くんの言葉をただ待っている。彼は頭をあげてくださいと告げてソアレさんに「一つ聞いてもいいですか」と尋ねた。
「勿論」
「俺の妹が10年前の襲撃事件に巻き込まれています。帰ってきたのは指だけでした。親父はまだあの事件は終わってないと考えていて俺もそう思っています……それで……。」
「続けて」
「さっき事件の事を考えていたって言いましたけど少し違います。」
凪の事を思い出していました。だからもし、貴方の個性で俺からそいつとの縁が見えたという事は妹が、凪がそばにいたかもしれません。俺は聞きたいのは。

「妹が、そいつの計画の所為で死んでしまった可能性はあるのかと言う事かどうかです」

その問いは静かで、悲しくて。どうか違って欲しいという願いが込められているようにも思えるが。その反対にそれが探していた真実であって欲しいという風にも聞こえてた。ただ僕らはひたすら黙ってソアレさんの返答をまった。

「まだ貴方の記憶を見ていないので断言はできません。ですが可能性は……あります。」

ゆっくりと伝えられた言葉は果たして轟くんの求めていたものかはわからない。それを聞いた彼はグッと歯を食いしばり、一度目をぬぐう。一瞬だけだけどそこに光る何かの正体を僕はあえて見えなかった事にした。
「俺はどうしてたらいいですか」
「どちらかの手を私の手と重ねてください」
差し出されるソアレさんの手に轟くんの右手が重なる。
「君は少し思い出すだけでいい。記憶の詳細は私が手繰り寄せます。それと…私も君の記憶を見ることになってしまうのだが、許して欲しい。」
「大丈夫です」
「ありがとう……始めます。目を閉じて」
「はい」
二人の瞼がゆっくりと落ちて互いの手がしっかりと握られていく。
「一度深呼吸を……では、焦凍君、思い出してください」

ー貴方の大切な人の事をー

そして彼は、10年前の彼女に逢いに向かった