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悲しみよサヨウナラ





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呼んでいる。
■■■■■が呼んでいる。早く速く速く疾く起きなくちゃ。


でもここはすごく寒いなぁ……。

 
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吐息がまだ白む冬の朝。森林公園のはずれのある一角で炊き出しに並ぶ人々が互いに体を寄せ合い列作っている。
「今日はやけに冷えるな」
「明日から一段と冷え込むらしい」
「そりゃ、今日のうちにテントに防寒用の段ボールを被せとかねぇと…あれ?」
其処で他愛もない雑談をしていた男の一人が列に並ぶ人々の顔ぶれを見る。
「どうかしたか?」
「今日もあのバァさん来てねぇのか」
ここに集まる者達の顔ぶれは変わることはそうそう無い。ほとんど顔見知りの関係といっても過言ではないだろう。
男が言っているバァさんもその中の一人で。年齢はわからないが恐らくは還暦は超えてるであろう小柄な老人だった。それが三日ほど前からその姿を見ていない。
件の老人のテントに人の気配があるためどこかに居住まいを変えたわけではなさそうだが季節は真冬だ。家の無い彼らにとっては真夏と同等に厳しいこの季節は互いの顔を見てその安否を確認し合っている。
「二つ隣のテントのやつが昨日見にいった時には顔を出したみたいだが、いなくなった子供が見つかったんだとか何とか言ってたらしい」
「そりゃおかしいだろ」
「あぁ、あのバァさん。旦那も子供も10年前に死んでるって自分で言ってたんだ」
「前々からボケが入ってきてはいると思ったがついにか……」
「歳はとりたくねぇよな……」
並んでいた列が前に進み出し男達は一度老人の住処がある方へと憐れむように一瞥すると会話は他の話題へと移した。
彼らの視線の先の奥。ほかのテントよりも二回りほど小さなその中に老人はいた。乱雑に積み重なったガラクタの山の中。人一人分のスペースが何とか確保されたその空間で老人は子守唄を口ずさんでいる。

ーねんねんころりよ おころりよ
ーぼうやはよい子だ ねんねしな

洗面器の水に浸した使い古されたタオルを固く絞り。老婆はテントの奥へと進む。

ーぼうやのお守りは どこへ行った
ーあの山こえて 里へ行った

奥にはほつれ薄汚れた布団に草臥れた毛布が何枚も積み重なっておりその一角に横たわるのはもう一つの人の姿。病院着のような服を身にまとい血の気がなく青白い肌をした子供。
凪が其処で眠っていた。
老婆は手に持つタオルで彼女の顔を丁寧に拭っていく。其処が終わると細い腕を掬い上げ愛おしそうに凪の手に頬を寄せた。
「良い子いい子。お父さんまだ帰ってこないからお母さんと一緒にいようねぇ。良い子いい子。可愛い子」
荒々しく吹く寒風がテントを揺らす。ガラクタの海の中凪は老婆の歌の中眠り続けていた。

ー里のみやげに 何もろうた
ーでんでん太鼓に 笙の笛

「ずっとずっと…一緒にいようねぇ。今度こそ絶対にお母さんがお前の事守ってあげるからね。」
私の可愛い大事な子と凪を抱きしめる老婆の目は虚無に包まれており。彼女の口ずさむのは勿論凪の名ではない。遠き昔に亡くした実の子供の物。あの災害の日に消えた彼女の宝だった名前。もう何も覚えいない老婆にとっては凪だけが愛しい子供に見えていた。骨張った2本の腕に抱かれた凪の瞼は開くことはなく。ただその身を預けるのみだった。

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■■■■■が探している。





寒風が離れた羽を空中に舞踊らせる。
(公安には無事に俺の暗号が届いている。問題は……)
脳裏に過るのは現No.1ヒーロー、エンデヴァー。暗号が潜んでいるものを彼にも渡したのだが堅物な彼が自分の真意にたどり着くかは五分五分の確率だと考えている。
(エンデヴァーさん鈍そうだしな……ちょっと周りくどすぎたかなァ……)
今自分が置かれている中で取れるもっとも最善の方法での暗号送信。ハードカバーで装丁された書物、『異能解放戦線』。その中に散りばめているメッセージには敵の数と奴らの行動開始までの期間を記している。
No. 1、どうか気づいて欲しい。そして備えて欲しい。自分が求める未来に、人々が安心して笑っていられる世界のために。
(でも、表情で察してとか我ながら…気持ち悪……。でも仕方ないよなぁ)
通信も筆談も無理だから。翼つけれらた異物の感触は未だ慣れる事なく不快感が拭えない。北颪に煽られながらも剛翼を羽ばたかせ見えてきたのは山間の中に聳え立つ建築物。ヴィラン連合軍が拠点が陰鬱にその姿を現した。
あの中に待ち構えている面々を相手に孤軍奮闘の任務だ。どんな情報も逃すわけにはいかない。大きく翼を羽ばたかせ速度を上げる。

(……やっぱりあの事はエンデヴァーさんには伝えるべきだっただろうか)
実の所、自分にはまだ公安にも誰にも伝えていない情報がある。否、伝えるべき物なのか判断しかねている情報があると言う方が正しいだろか。
あらゆる場所に忍ばせた最小羽が拾ってきた中に紛れていた情報の断片に目的としていた物とは違う別の何かが紛れていた。
【燃やした】
【消えた】
【蘇った】
【個性ではない何か】
【人でない】
【探す】

己が何よりも気になったのは
【兄】
【ワラキア】

そして荼毘と死柄木の会話

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『俺は何もしない』
『何だと?』
『あの女には、治療された借りがあるからな』
『このまま逃がせって言うのか』
『落ち着けよ荼毘、あれの事になると視野が極端に狭くなる。ただ【俺は】何もしないって言っただけだ。お前の行動を制限したわけじゃない』
『つまり俺がワラキアを探すのは止めないんだな』
『俺たちをリデストロに売った事を不問にするのと俺が手を出さない事であいつへの借りはチャラになるだろ、お前は好きにしろ』
『なるほどなぁ、それは随分と寛大な措置だな。ボス』
『ただし、これだけは言っておく。お前の行動で俺たちの事をヒーロー側に漏れるなんて事にはするなよ』
『そんなヘマはしねぇよ。』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーあいつは俺が必ず見つけるー

連合の中で何かアクシデントが発生したのは確かだ。死柄木はそれに関与しないと言っている時点で連合崩壊になる要素ではないのだろう。気がかりなのは荼毘の方だ。手に入れた情報から消えた人物は二人。その一人に奴は並々ならぬ執着を持っている。
(凪……ねぇ)
もはや狂気と言ってもいいほどの何かを抱えて男が口にした人物の名前を記憶の片隅に置き。地上へと降下を始めた。

寒風が再び羽を舞い上がらせ空高くへと運んでいった。



冬の夜空の下でクラクションの音が大きく鳴っていた。その音がけたたましく周りの喧騒も激しい。周りは氷と爆撃の跡だらけで正直、寒いのか暑いのかわからなかった。
この騒動を起こした犯人の確保、人質を無事に救出できた安堵と高揚感に包まれながも自分が次にしなければならない事はわかっていた。わかっていたはずなのに。僕は今、目の前の二人から目を逸らす事ができない。
「疎んでたわけじゃない?だったらなに?…俺はずっと燈矢兄から聞かされてきた」
「あぁ…」
「あいつが…凪がずっとずっと苦しんでたの見てた……。俺が許す時なんて来ないよ。」
俺は焦凍みたいに優しくないから。きっと夏雄さんの偽りのない言葉だ。
『夏だけが……振り上げた拳を下せないでいる』
今上げ続けていた拳をおろそうともがいてる。でも簡単にはおろせないだけのシコリが轟くんの家にはあるんだ。

ーー数十分前轟家の居間ーー

インターン先のエンデヴァー宅、基轟くんの実家に招かれた僕たちは轟くんのお姉さんお兄さん達と一緒に夕食を囲んだ。轟くんのお姉さんの手料理は本当にどれも絶品で、あのかっちゃんもお気に召したようにおかわりしていた。
ただ、そうただ…その場の空気だけがものすごく不味かったのだ。
この家の、エンデヴァーと轟くんたちに何があったのかは少しだけ知っていた身としては多少のことは予想していたのだけれど。けれどもだ、あれは胃がいたい。
料理の味も変えかねない空気の中終えた夕食の後。居間で話をしていた轟くんとお姉さんの会話についにかっちゃんがキレた。食事の席でキレなかっただけ良しとしよう。
其処から僕とかっちゃんは知っていた話より少しだけ奥の話を聞かされた。夏雄さんとエンデヴァーの確執の原因となった話。轟くんのもう一人のお兄さんの話を。

「……お前のロック画面の兄妹は?」
「え?」
「ちょっえ、かっちゃん!?」
この瞬間隣に腰かける幼馴染を叩かなかった自分を褒め称えたい。したらしたで爆破されそうだけれども、ナイーブな話のさらに奥まで行こうとしなくてもいいだろう
「なんで俺のロック画面知ってるんだ?」
「仮免の時、お前が前歩いてて見えたんだよ。」
「そうか……緑谷には凪の命日の時に話したよな」
それに頷くと隣からの視線が刺さる。なんでお前は知ってるんだと言いたいのだろう。轟くんが取り出したのは自分の携帯電話。画面を叩くと今の日時とともに現れたのは一枚の写真。入園式と書かれた立て札の前に並ぶ両親と二人の子供が並ぶ家族写真だ。
「これ、凪と焦凍の入園式の奴」
「うん、一番元気だったのはこの時だから。凪は入園してしばらく経った頃に寝込むようになってそれからずっと入院してたんだ」
「こんなに小さい頃から……」
父親であるエンデヴァーの腰よりも小さい背丈の少女がカメラに向かって大きくピースをしていた。もう片方の手は隣にいる子供の、轟くんの手をしっかりと握りしめている。
「あいつは心臓が悪くて、自分の個性にも耐える事ができないって言われてた。だから普通の生活だけでも送れるように手術しようとしたんだ。それで…」
10年前のあの日、凪は居なくなった。一定の時間が過ぎたために携帯の画面が暗くなる。其処に映るのは轟くんだけだった。
「焦凍がその写真を設定してるなんて知らなかったな」
「俺の記憶の中だけでも凪は元気でいて欲しかったから。それに俺の原点は凪だから」
黒いそれを彼は懐かしむように指で撫でる。
「焦凍はちゃんと前に進んでるんだね……お母さんも乗り越えて前向きになってきたけど、夏だけが振り上げた拳を下せないでいる。」

ーお父さんが殺したって思ってるー

「俺を許さなくていい」
エンデヴァーの声は周りの喧騒の中で消えてしまいそうなほど静かなものだった。だけどその言葉は不思議とよく聞こえていた。
「許して欲しいんじゃない、償いたいんだ。」
過去に取り残されているのはきっとみんな同じだった。
「…体の良いこと言うなよ。姉ちゃんすごく嬉しそうでさぁ…!でもっ……!あんたの顔を見ると思い出しちまう。」
燈矢兄や凪のことが思い出しちまう。忘れる事はできない家族の事。忘れたい出来事その中できっと二人ももがいていたのだろう。
「償うって、もう居ない二人へ、俺たちへ…あんたに何ができるんだよ!」
「考えている事がある。それに凪について焦凍やお前たちに話さなければならない事がある……」

クラクションがなる。何かを告げる鐘のように。
小夜風が吹く。何かを拭うかのように。
僕たちの間を通り抜けていった。





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呼んでいる。
■■■■■が呼んでいる。


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■■■■■が探してる。
私を探してる。

早く速く疾く…

「愛ニikあナiと」


【チルドレン】が呼んでいる。


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「総司令官、到着しました」
「ここが日本、確かにあれの気配を感じます」
「まずこの国の公安の元へ向かいましょうか?」
「えぇ、それともう一つコンタクトを取りたい所があります。」
「かしこまりました。どちらに?」

この国No. 1ヒーロー事務所に