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賽は投げられた





本当に、人という生き物はしぶとい。
死を間近にした奴らは特にそうだ。命汚さには敬服にも値すると思えるほどで蜚以上の生命力と言っていいだろう。そうでなければこの世を人間が支配できるはずもない。生き汚く、数で他の種族を喰らい繁栄を繰り返してきた生き物に軽蔑した。そしてそれ以上に私は彼らに希望を見出していた。
この生き物なら私の願いを叶えてくれる。
この生き物ならきっとあれを落としてくれる。
そう、こんなに命に執着する【人間】の進化に私はずっと夢見ているのだろう。



治療台に眠る死柄木の治療を終えたワラキアは医療道具を置いてゴム手袋を外す。その様子にドクターが無事に終わったなと口を開いた。
「流石の腕だ、AFOがいうだけはある」
「そう言ってもらえるなんて光栄です。役に立ててよかった」
「本当かね?」
「えぇもちろん」
ならそう言う事にしておこうと髭を撫でているドクターに食えない爺だと思いつつワラキアは微笑みを浮かべていた。
「それにしても彼、危ない状態でしたね。一つ間違えていたら命はなかった。」
「その分得たものは多い。」
マキアとリデストロとの戦いを経た死柄木弔は今までのものとは違う。興奮したように此れからの研究に胸を高鳴らせたように高揚しているドクターを尻目にワラキアは内心舌打ちを打っていた。凪の実験が終幕に近づいている今、もう連合と繋がっている必要はなく。ワラキアはここで彼らと手を切りたかった。だがそう簡単に切れるものではないと最初から分かりきっていたことで。AFOが消えた今だと踏んでいたがこの結果は予想外だった。
ヴィラン連合と異能解放軍の対立は後者に軍配が上がるはずであった。頭の実力も指揮力も明らかに死柄木が劣っている。
死柄木が落ちそして連合の活動低迷を目論んでいた彼女の計画とは裏腹に結果は連合と死柄木に痛手を負わせたものの解放軍は連合の傘下に入り。それに加え個性の強化が一部に見受けられており連合の勢力拡大で幕を降ろす形となった。リデストロは儀欄を売った事を話すかもしれない。今の彼は死柄木に堕ちている。遅かれ早かれ連合がこちらに牙を向くのは時間の問題であろう。
となれば起こす行動は一つ、死柄木が目覚める前に彼らの前から消える事だ。
「この後予定がありますのでお暇いたしますね」
ワラキアは手早く帰り支度を整えるとドクターの返答も聞かずに外へ通じる扉に向かう。死柄木が目覚めるのは早くても丸一日はかかるはずだ。それだけの時間があればこの国から出るのは容易いとワラキアが廊下に出ると先の景色が揺れている。青い炎が彼女に向かってゆっくりと近づいてきていた。陽炎と揺らしながら近づいてくる様子に彼女は言いようのない不気味さを覚える。
「見送りにきたわけでは無さそうね……死柄木弔に何か用事?未だ彼は起きないわよ」
止まる気配もないそれに言葉をかけるが返答はない。脳があれからから逃げるように警報を鳴らし出し、無意識に後退した時にそれと目があった。
「何をした……」
「は?何を言っ……グッ!」
その瞬間首を荼毘に掴まれたワラキアは壁に叩きつけられてしまう。
「お前、凪に何をした!?」
「ッ、何のことかしら?」
尋常ではない彼の殺気に額に汗が伝い落ちる。気道を締め付ける手は緩むことはなくそこからチリチリとした痛みとタンパク質が焦げる匂いがし始めた。
「凪から連絡が来た」
「連絡?ッ…今、あの子はラボにいる。出来るはずが」
「ないってか?あぁ?」
その様子からワラキアは荼毘が嘘を言っているようには思えなかった。ならば本当に凪からの連絡が来たのだろう。ならば何故自分に知らせがこないのだと疑問を浮かぶ。凪には監視役をつけている万が一目覚めるようなことがあれば直ぐに自分の端末に着信があったはずだ。そもそもワラキアの研究施設には外へ連絡できる手段はない。
それらを集めて予想できるのは。
「凪を診ていた研究員があの子を……外に逃したのかもしれない…」
「で?」
「理由はわからないッ、でも。それしか考えつかない。それなら早く探さないと…ッ」
大変な事になる。凪の脳の活動は今最高の活動基準にきており周り全てのものからの情報処理を無条件で行ってしまう。だからこそ隔絶された場所で補完をしていたのだ。外の刺激を受けているとするならば脳がどんな作用を及ぼすの事になるかは明白だ。脳の処理速度と衝撃に体がもたずにそのままショック死するのが目に見えている。
「つまり、お前は今凪はどこにいるのかわからないんだな?」
「そうよ、だから早くこの手を離してくれない?」
「そうか……そうか……ハハハハ好都合だッ!」
「ッ…ギ!あ”ぁ”ッ!」
ワラキアを捉えていた手が青く燃え上がる。それは舐めるようワラキアを包み込み彼女を覆い尽くすとその勢いを増して炎は青く深く勢いを増す。荼毘の手が離れたそれは床に転がり長い絶叫を響き渡らせた。
「最初に言ったよなぁ?凪が死ぬようなことがあればお前を殺すってよ。これは明らかな契約違反だ。だから殺されても仕方ねぇよなぁ?」
青い火だるまを足で転がすが返答は無い。黒い消し炭となったそれは物言わぬただの木偶の棒だ。
「荼毘何してんだっておい!何じゃそりゃ。凍死してるな!」
「荼毘くん殺しちゃったんですか?」
「先に破ったのはこいつだ。……外に出る。死柄木の目が覚めたら伝えろ」
踵を返し外に向かう荼毘にトガも後ろについていこうとする。
「私も凪ちゃん探します」
「いらねぇ」
「凪ちゃんは大事なお友達です」
「今はホークスも居る。」
未だ信用できない奴が連合内にいる。そんな時に下手な行動は避けたいと続け代わりに死体の処理をしておけと背後で転がっているワラキアを見ると何かがおかしい。先程と明らかに腕の位置が違う。動いた?いやそんなはずはない。原型もわからないほどに消し炭にしたのだ。だから生きているはずはないと思った刹那それはムクリと起き上がった。
「なんだぁ!?」
「ヒェ!」
焼死体が起き上がったと言う非現実的な出来事にトガとトゥワイスは身を震わせ。荼毘も目の前の光景に言葉を失う。3人を他所にそれは立ち上がると焦げた顔を炭になった手が撫でる。
「はぁ…いきなり燃やすなんて失礼でなくて?」
撫でられた箇所は瞬く間に再生していく、そこからじわじわと延焼していくように元の姿に戻っていく光景は異様だった。
「それがテメェの個性か」
「まさか、個性なんて、人間の単調な能力と一緒にしないで欲しいわ。」
ただ死んでいなかったのか、それとも死んでいたのが生き返ったのか荼毘にとってはどうでもいいことだ。ワラキアの乱れた呼吸から消耗しているのは目に見えており。
「もう一度、火達磨にすればいいだけだッ!」
それならば二度目はないだろうと荼毘から向けられた蒼炎は真っ直ぐにワラキアに伸びていく。彼女も避ける様子はなく自分に向かってくる炎を見つめている。そして再び炎がワラキアを飲み込もうと口を開き襲いかかった。しかし、炎は彼女を通り抜けてしまう。いや違う、ワラキアが黒いチリの様に霧散したのだ。
『本当は相手にしてあげたいけれど今はそんな時間も惜しいからこのままお暇するわ』
「えっ?」
「はぁ?」
ただその場に彼女の声が響く。姿を消したワラキアを探す様にあたりを見るが姿形もない。彼らの様子が滑稽なのかワラキアの嘲笑が至る所から聞こえてくる。

ーさようなら、もう会う事のない人達。
ーあなた方のこれまでの成果の対価としてご教授いたしましょう。
ー次はちゃんと真名を知り得てから心臓を狙うことね。

チリが跡形もなく消え失せ、その場に残されたのは3人だけだ。静まり返ったはずのそこは今もなおワラキアの笑い声が響いている様に感じる。
「クソがッ」
壁を殴りつける荼毘の鼓膜には最後のワラキアの言葉がこびりついておりそれが何時迄もいつまでも鳴り響いている。

『さようなら、贋作さん。いえ轟燈矢さん』



男をつかみ上げていた手を離した。重力に逆らわずび堕ちた男は受け身も何もせずにそのまま床に転がる。口から泡を吹いている男の目は光はない。伽藍堂となったそれを一瞥しながらワラキアは口を拭った。今しがた奪った生気を余すことのないように指を舐め飲み込む。
炎に焼かれた体へのダメージは大きいようで思うように体が動かない。人一人の生気だけでは足りなかったようだ。
一刻も早く凪を自分の作品を探したいが夜明けも近い。
「チルドレンに探してもらうしかないか」
転がる男を掴み引きずるように向かうのは処理施設。実験で要らなくなった者を処分する場所へと歩を進める。
このラボにはもうワラキアしか残っていない。最終段階に入った時にこの男を残してワラキアに生気を吸われた後に全員廃棄処理となっていた。
階段を降りてたどり着いたそこにあったのは大きな生物。
生物と呼ぶのも躊躇われる肉塊がそこに鎮座されておりそれに向かって男を投げ入れる。するとそれは男を飲み込み自分の一部としたのだ。
「さぁチルドレン、初仕事だ。」
肉塊はワラキアの声に呼応するように震える。これこそが廃棄処理となった者たちの末路でありワラキアの言うチルドレンの正体だ。
何十何百と数えきれない人の体が集約されたそれは一つの塊となり今も活動をしている。その中にあるのは集約された人数と同じ数の個性。言うなれば巨大な脳無に近い。
脳無と違うのは、チルドレンだけでは活動に限界がある。
それを制御し全てを支えるのに必要なのが。

「凪を【マザー】を探せ。一度脳波を浴びせたからわかるだろ?」


マザーブレインとして作られた轟凪だった。




公衆電話を無理やりつなげていた凪は沸騰しそうに煮え立つ脳を抱えながらふらふらとその場を後にする。どこか眠れる場所が欲しかった。静かで落ち着く暖かな場所に行きたかった。
「あ…」
彼女の霞む視界に張り込んできたのは小さな羽ばたき。街灯に照らされて輝く青い羽根は凪を誘うように舞い続けている。
「ちょUチョ…」
彼女はそれに誘われるようにその後を追う。ゆっくりと静かに白い兎を追う子供のように見知らぬ倉庫街を歩き続け、水平線の向こう側に朝日が登り始めた頃に大きな森林公園にたどりついたのだった。ついに限界が来たようで凪はその場で倒れ込みそのまま気を失ってしまう。朝靄が立ち込める森の中。
そこには数匹の蝶が凪を見守るように静かに羽ばたいていた。

誰が最初に彼女にたどり着く?