×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





要らないものは消しましょう。





太陽は嫌いだった。
神の話で全能とされるその存在を嫌悪していた。
陽は絶対的な悪だった。
命を脅かす唯一の存在。
天から見下ろすそれ。
それに己はただ逃げる事しかできない。
嫌いだ、嫌いだ。アレが嫌いだ。身を焼くアレが嫌いだ。憎らしい、呪わしい。
忌まわしい。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いきらいっきrらいきら愛嫌い嫌い嫌い嫌い
そうだ、消してしまおう。
あれを私は

殺したい。


物事の始まりはそんな単純な理由だった。



水滴が落ちる。
白い床に着地したそれは、鮮やかな赤色。
クレヨンで描いた太陽に似ていると凪は思った。
ぽたりぽたりと床に小さな太陽は増えていく。
「あっ…」
それは自分の鼻から落ちていた。両手で抑えるが止まる様子はなく。指の隙間から溢れていってしまう。
ぽたぽたぽたと落ちてくるそれに床に落ちている太陽は次第に形を変えて行く。寄せ集まったそれは一つの歪んだ円となり凪の足元で成長していく。
ぽたぽたぽたぽた。
それはもはや円ではない。
ぽたぽたぽたぽた
広がり、歪んで。名称のない形となった赤いそれに凪は目を逸らすことができない。彼女はそれを何処かで見たような気がした。一度だけではなく何度もそれに似た何かを自分は見ていた。
その瞬間、体に恐怖が駆け巡る。膝が震える。
「あぁえ、ぅぅ」
言葉にならない音が漏れた。その部屋には彼女以外誰もいない。赤い水溜りがあるだけ、それだけである。それは意思を持ち動き出したわけでもない。唯の血溜まりだ。
凪にとってそれは化け物に見えた。
後ずさり離れようとする彼女の鼻からは未だ流れ落ちており。ぽたぽたぽたと白い床にそれが姿を表す。点々と落ちてくるそれは自分を追って来るようで。必死に足を引きずって後ろに下がっていた凪の背中は硬い壁に終点を告げられてしまう。
「えぇぇ…あ、嫌だ」
遂に怖いよと凪はしゃがみ込んでしまう。それから身を守るように体を小さくさせて震える彼女の足元では太陽が落ちていた。
「おに…おにちゃ、ドコ?」
助けてと泣く凪の背後の壁だった場所が開く。そこにいたのは1人の人物。床に座り込む凪を見て目を丸くした。
「あらあら?どうしたの凪?」
己を覗き込んで来るのは望んでいた人ではなかった。部屋に広がる赤にあら大変とこぼしているワラキアに凪は縋りついた。
「せ、先生…あ、あれ、が追ってきて」
赤で汚れた凪の手がワラキアの着ている白衣を汚す。怯えた視線の先には汚れた床しかなく。ワラキアには凪の姿の方が奇怪でしかない。
「大丈夫よ、ただの床の汚れ。何にも怖くないわ」
「で、でも。大きくなって」
「凪、鼻血が止まってないわ。それが落ちてただけ」
ワラキアは涙と血でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭い。彼女を立ち上がらせるとその部屋を後にする。閉まる扉の隙間から見える赤いそれは炭化によりその色を変え始めていた。


施設の通路をワラキアは進む。
その腕に抱えられた凪は足を縺れさせながらもその速さについて行こうとしている。
「先生、最近鼻血がよく出るの」
「そうね」
「頭もすごく痛いし。全然眠れないの」
「そう見たいね」
「だからね、先生」
私、今やってる治療やりたくない。だってそれをし始めてからずっとこの調子で嫌なのだ。痛くて辛い。だからやめて欲しい。そう凪はワラキアに懇願する。
その言葉にワラキアは歩む足を止めた。
照明が少ない通路では彼女の表情が見えないが優しい先生のことだ。きっと止めてくれる。少し困ったように眉を下げながら違う方法を試してみましょうと自分の願いを聞いてくれる。そう凪は思っていた。しかし、こんな事を言うのは初めてで、気まずいのか凪俯いて自分の足元に視線を落とす。
暗い沈黙の中ワラキアが凪と名前を呼んだ。
その声に反応して見上げたその先にあったのは、知らない顔。能面のように無表情でこちらを見下ろす女の顔があった。
女の手が凪の両肩を掴む。爪が華奢な肩にめり込み鈍い痛みが走った。痛みに顔を曇らせる凪にワラキアは鼻がつくまで顔を近づけた。

「お前は何時から、私に意見できるようになった?」

地を這うような声が彼女の赤い唇の隙間から這い出て着て凪に纏わりついて来る。
「せ、せん」
「良いか?お前は望みを叶える為に近い位置にいるからそばに置いている。言うなれば私の所有物だ。今まで兄に会いたいだの、そばに居たいだの我儘を叶えてやったのも…」
それが必要であると判断したからの事だ。だが、今のはなんだ?私の方法に意見したな?そんな権限がお前にあると思っているのか?もう一度聞こうか凪?お前はいつから私に意見できるようになった?言ってみろ。
呪詛のように紡がれ耳に流れ込んでくるその言葉達に身を凍らせ。射殺すかのように自分を見つめてくる黒い瞳から凪は目を逸せない。
カチカチと奥歯が互いにぶつかり音がなっていた。
吃りながらも必死に謝罪の言葉を述べると。ワラキアは凪の腕を掴み目的の場所まで彼女を引きずるように連れていく。
「あれを見てから前よりも思考がよくできる見たいね。だから頭は痛いし鼻血がよく出るのだって脳がエラーしてるんだもの」
「え… 」
脳内チップには随時強力な電気信号が送られており。脳の使用量を格段に上げている。現在それに対して無意識に危険と判断して制御をかけようとしている動きが生まれたため不調が起きているのだ。
今まで最低限の自己活動しかさせず、外部からの操作で制御していたそれに抗おうとしている。凪の本能が目覚め始めている兆候だった。
それが始まったのはあの陽を見た時から。アレは彼女の脳内に焼き跡をつけ、今そこからじわじわと延焼し始めているのだ。
「今やっているのはそれを消す為のもの。止めないわよだってそれは必要なものなんだから。それに最近思っていた事があるの……。 ちょっと自我が芽生えすぎてるから」
少し消しちゃおうかなって。だって邪魔なんですもの。
「せ、先生…… 」
凪が何か言う前に到着したそこの扉が開く。照明がついていない部屋は、虚無が広がるかのように真っ暗で。そこに向かってワラキアは凪を投げ入れるよう中に放り込んだ。
バランスを崩して床に転ぶ凪を部屋の照明が感知したのかパチリパチリと電気が灯る。そこには夥しいほどの機械の群れが彼女の前に広がっていた。彼女にはそれらがどんな物なのかわからない。だがきっと自分の大事なものを壊ししまう物だと言うことだけは理解できた。
逃げようとする凪の肩にワラキアの手が乗せられる。先ほどとは違いその輪郭を撫でるようにさすられる感触は凪の恐怖心を煽るだけだった。
「さぁ、凪。治療【実験】の時間よ」
背後の扉が閉められ、そこには凪とワラキアしかいない。それ以外には誰もいない。
陽の光も何も届かない部屋。
「あ…お兄…ちゃん」
その言葉はそこから外には出ることはなく棺桶のように閉じられた部屋に反響するだけで、彼女の望む人物の元へは届かない。
「あ、彼ね今遠いところにいるから……。此処には来ないわよ【助けに来ないわよ】」
残念ね。大丈夫、怖がらないで。『お兄ちゃん』は消さないから。そこまで消したら振り出しに戻ってしまうもの。
だけどそうねと女は何か考える。そして何か思いつき凪に微笑みかけた。

「少しぼやけさせてみようかしらね。『お兄ちゃん』の輪郭が消えるギリギリまでに」

私より彼の言うこと聞くようになって来てるんだもの。その思考はいらない物だから消してしまいましょう。