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ずっとずっと見ているよ






ーー九州地方ーー
ーー焼き鳥店【ヨリトミミドリ】ーー

香ばしい鶏肉の香りが鼻をくすぐる。食欲を誘う料理の数々を挟み2人のヒーローが会食をしている。方や飄々と掴み所の無いホークス、方やその逆を行くエンデヴァー。会話が盛り上がる瞬間は無い。
「そういえば、10年前の事件に巻き込まれた娘さんてどんな子だったんですか?」
少し呼吸がし辛いと言える雰囲気の中に落とされた新たな話題。バキッと黒い漆が施された箸が木片となってテーブルの上に落ちていく。音源はホークスの向かい側、エンデヴァーから聞こえた。
あぁ、高そうな箸なのにと串に刺さった肉を口に運ぶ。
「ダメじゃ無いですか、お店のもの壊しちゃ」
「…それを聞いてお前に何の得がある。」
咀嚼していた肉を飲み込んで煎茶が入った湯飲みを掴む。少し緩くなったそれが口の中の油分を洗い流していく。湯飲み越しに見えるのは、こちらの本心を探るように見る現No.1。
「単なる興味です。だって気になるでしょう、昨日のエンデヴァーさんのあの顔を見たら」
ホークスの言うあの顔とは、昨日のヒーロービルボードチャート後。エンデヴァーの控室で起きた一幕の事だ。



「そう言えばエンデヴァーさん。数日前AFOに面会に行ったらしいですね」
しかも、そこで大騒ぎになったとか。飄々と世間話をするようにそう続ける男は此処に波乱を呼んだことを謝罪しにきた筈なのだが、事もあろうか更なる波を生み出そうとした。
「どこで知った」
「俺ちょっと見聞が広いんです。それに少し気になって」
AFOとの面会をする為には幾つもの面倒な手続きが必要なのである。それをしてまで会いに行く用事とは何だったのか。彼が言いたいことはそう言う事だ。
「AFOと何を話したんですか?…多分エンデヴァーさんにとって重要な話があったんですよね?」
確信はしているのに敢えて遠回りするような話し方、それはエンデヴァーの米神を刺激するのには十分で。すでに眉間に深い谷を作っているそれをさらに深める彼の様子が見えながらもホークスは言葉を止めなかった。
「例えば…貴方が再調査を始めた10年前の事件が関係ッ…」
そこでようやくホークスは言葉は止まる。自発的なものではなくエンデヴァーに再び胸ぐらを掴まれ事によって。先程よりも締め上げてくる力は強く、男の様子はとてもじゃないが他の人には見せられるものではないなとホークスは思った。
「俺をおちょくって楽しいか」
腹の底から出たであろう声は彼の個性と同じくらいの激情を孕んでいる。
「落ち着いてください。そんなつもりはないです。」
じゃあどういうつもりだと、下手な事言えばただでは済ませない。自分を睨む視線はそう語っている。返答は間違えてはいけない。
「チームアップのお願いです。脳無って覚えています?」
敵連合が飼っている人造兵器。あいつらの構造は人体を使ったと考えられると言われている。それが雄英、保須、神野で数十体も出現した。つまりその分の材料になったと人間がいる計算だ。だが、此処最近で大掛かりな行方不明事件など起きてはいない。あったのは10年前の事件だけ。
「エンデヴァーさんはAFOがあの事件の黒幕だと思っていた。だけど面会で聞いたのは望む真実でも答えもなかった。」
「……。」
「知りたかった事は、あの事件で行方不明扱いになっている人たちの所在について、再捜査を始めたのは脳無の中身がわかってからでしたよね?」
「貴様はヒーローよりも探偵の方をしたほうが良さそうだな」
「ご冗談を」
掴まれていた胸ぐらが解放される。エンデヴァーの言葉から自分の予想が大方当たっていると見て間違いないようだ。
「あれが黒幕出ないにしろ、一枚噛んでいるのは確かだ。ホークス、詳しく聞かせろ」
「そう急かさないで。その前に一つ聞いても?」
「何だ、さっさとしろ」
「どうして、お一人で捜査しているのですか?」
一つだけ疑問があった。エンデヴァーがAFOに面会に向かった理由は10年前の事件の再捜査の一環。あの事件で消えた多くの人々の所在の究明だ。
だがこれは、警察が行うべき仕事に近い。何故、彼が単独でしているのか、それだけがどうにも不思議でならなかった。
欲しいと思ったら我慢できない性分のホークスは、遠慮というものを知らない。だから、聞いた。その答えが欲しかったから。
「娘がいた。」
「そうなんですね」
どこになんて聞かなくてもわかる。どうして単独なのかもわかった。彼はヒーローエンデヴァーとしてでなく、恐らくだが1人の父親、轟炎司として探しているのだろう。
それだけ解れば十分だった。
「エンデヴァーさん。俺の地元、九州に来てくれませんか?」



どんな子だったんですか?
自分をこの地に呼んだ男の問いを頭の中で反芻する。
凪は賢い子だった。
其れゆえに自分の立場を理解していた。
双子の兄とは違い自分は期待されていないという事を正しく理解していた。
『こんなのヒーローのする事じゃない!』
凪は間違った事が嫌いだった。
何度出来損ないと言われようと、立ち向かってくるような子だった。
ひどい言葉を吐いた。
傷つくような態度をした。
それなのに一度だって。
『お父さん何て嫌い』
そう言われた事はなかった。
決して他人を傷つける事はしない子だった。
『お父さん、TV見たよかっこよかった』
そう興奮したように語る娘に目もくれず、通り過ぎたことをよく覚えてる。
『お父さん、お父さん』
背後に聞こえる小さな足音が耳障りに思っていた。振り返ったことなどなかった。
己に伸ばされた小さな手を握ってやった事はあっただろうか。
「娘は俺に似てなかった」
娘を語れるほどの思い出がない自分が言えるのはそれだけだった。

「俺、10年前の行方不明者が今も無事の可能性って、低いと思っています。」
茶を啜り食べ終えた串揺らしてホークスは、言葉を選びながらそう告げる。もうこの世にはいないそう考えるの普通だ。AFOが関与しているならば最悪、脳無の材料にされている。それはもちろんエンデヴァーの頭にもあるようで、だろうなと頷いた。
「それなのに捜査するんですか?」
「俺は、あの時AFOから確定的な言葉を聞いたのは奴が黒幕ではないということだけだ」
それ以外については何も聞いていない。行方不明者の生死も何も。だから捜査を止めるつもりはない。確固たる物を見るまでは、聞くまでは。
「俺は諦めるつもりはない。」
そう告げるNo. 1の目に迷いはない。
迷って止まっている姿など見せてられない。
息子が見ている。
人々が見ている。
『お父さん』
もしかしたら、娘が見ているかも知れないのだから。

ーー同日、数分後の九州地方、某所ーー
ーー高層ビルの屋上にてーー

凪は空を見ていた。
空を見ているしかなかった。
彼女の自由に出来る事は限られているからだ。
脳に余計な情報を入れないため。
脳に余計な刺激を与えないため。
その為に幾つもの縛りを課せられている。
だから、今日も空を見ていた。

「何だろうあれ」

その視線の先には陽が登っている。凪は何気なくそれに向かって腕を伸ばしてみるが当然の如く掴めるはずもない。
けれども、凪は腕を下ろすことはなく遠くに輝くそれの輪郭をなぞるように指を遊ばせた。何度も何度も輪郭をなぞる。
その温度を感じる為に。彼女は手を陽に伸ばした。
手の影が顔に落ちる。
血潮の存在が見えた。
そして掌に感じるのは微かな熱だった。
「暖かい」
常に体温の低い彼女にとってその熱は心地よかった。
その時、凪の背後で扉の開く音がする。振り返るとそこに居たのはワラキア。彼女の浮かべている表情はどこか様子がおかしかった。
「凪、何を見ているの」
探るようにそう尋ねるワラキアに凪は答える。
「先生もこっちに来て、とても綺麗なの」
彼女の見ていた黄昏時の空には目が眩むほど輝く陽が上空へ登っていた。
「太陽みたい」

凪はただその陽を見ている。



『俺を見ていてくれ』
昨日のヒーロービルボードチャートでそう父は言った。
見ていてくれ、一度も私たち家族を見ようとしていなかった父がそう言ったのだ。
だから私は見ていようと決めた。まだ恐怖で見れない母に代わって。
『ねぇね、お父さんが出てるよ』
もう見る事ができない末妹の代わりに変わろうとし始めた父の姿をこの目に焼き付けようと思ったのだ。
「あ」
膝に置いた画面には映るのは左目を抉られる姿。
炎を纏っていた体が血に落ちていく。立ち上がるも黒い敵によって建物に叩きつけられる。
父は、No.2だった男だ。
決して弱くない。オールマイトの次に強いだからずっとNo.2だったのだ。
その父が敵わない。
「何してんだあいつ…!敵わねぇなら退いて増援待てよ…!」
あの人が一番わかっているはずなんだ、オールマイトのようにはなれない事に。だから早々にその願いを叶えるため狂ったのだと。
「いらねぇ子供を放ったらかして、お母さん病むまで追い詰めて、娘の式にも出ないくらいおかしくなったんだろ」
諦めて逃げろよ。
隣にいる弟の絞り出すような言葉が車内に響く。
画面越しにいる父は血反吐を吐きながらも立ち上がろうとしていた。その目は決して諦めてはいない。
「夏、理解は出来ても納得できないって事あるでしょ?」
小さな凪が更に小さくなって帰ってきた時、泣いていないのは父だけだった。そして、喪に服さずに勤務を続けていた。
「諦めたんじゃないんだよ」
自分はその理由を知っていた。
「凪のお葬式出なかったのはきっと」
来る日も来る日も時間があれば凪の居た病院の跡地に訪れていた事を瓦礫を避けて何かを探している事を10年経った現在あの事件を父が再び調べ始めているのを。
全部自分は見ていた。
「お父さんはあの子が生きてる可能性を捨ててないからなんだよ」
「何言ってんだよ…。それこそイカれてる。」
「夏、あの人は誰よりも諦めの悪い人なんだよ」
聞こえてくるのは、人々の悲鳴と、象徴の不在を伝える中継の声。
絶望が、聞こえてくる。
悲鳴が、伝わってくる。
次に聞こえてきたのは
『てきとうな事言うなや!!』
そう叫ぶ、まだ父が勝つと信じている誰かの声だった。

ーーーーーーーーー

「おっオ前も再生さイせいも持ちなノか?」
体を黒い触手が貫く。痛みで落ちそうな意識が叩き起こされる。
炎を燃やせ、火力を上げろ。
絶対に倒れてなるものか。
もっともっと火力を上げろ。

追いつけ、超えろこいつの反応速度を。
炭にするまで決して倒れてなるものか。

羽が背中を押す。
速度が、上がる。
拳を、握れ。
炎を燃やせ。

ー誰より強くなりたかったー

『お父さんの、手あったかいね』

ー誰よりも強くならねばならなかったー

『轟凪さんの物と思われる一部が…』
そうでなければ求める真実にたどり着くことが出来ない。

「うぉぉおおお!!」
拳が、脳無の頭部を捕らえた。




陽の光がさらに輝きを増す。
あれは、まずい。

「凪こっちにいらっしゃい」
日陰にいる自分の元へ来るようにワラキアは手招く。
「…?どうして?」
「危ないからよ」
さぁ、と出される手を凪は見つめる。
しかしそれ取ろうとはしない。
「どうしたの凪?早く」
空で陽が輝く。
「危なくないよ、先生。」
凪がそう首を横に振る。
だからもう少しだけ。
「何、を、言っているの」
彼女がワラキアの指示を拒絶した。
今までそんなことなど一度もなかった現象が起きている。
何故?
脳波に異常はなかった。
そんなプログラムなどしていない。
どんなに自我が確立しても、マスターである立場の自分に逆らうことなどないようにしていた。
「暖かくて綺麗だよ。」
それなのに何故?


ーエンデヴァーが戦っていますー
「いいえ、あれは…!とても悪いものよ」

昔から


ー身を捩り、足掻きながらー
「そんな事ないよ」


この校訓が


ー親父…っー
「だから、もう少しだけ」


大嫌いだったよ!!


ー見てるぞ!!!ー
「見ていたいの」


PLUS ULTRA!!
プロミネンスバーン!!!

陽が爆ぜる。
星が落ちるように空が輝く。


「見てはダメ」
凪の瞳が塞がれる。
だが数秒遅かった。
凪はその陽を見た。
見てしまった。
脳裏にその火が焦げ付く。

「綺麗」

とっても暖かい