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行き場をわすれた船を漕ぐ





「あの子の。凪の夢が何だったのか私わからないのあの子のお母さんだったのに」

秋晴れの空が窓から見える。
以前よりもずっと顔色も表情もよくなった母がそうぽつりとこぼした。
信じられなかった、母は凪の話をすることも聞くことも避けていたから。
妹の葬儀を終えた日から母は妹が己を呪う夢を見ると言っていたのを覚えてる。
なんでどうして?どうして助けてくれなかったの?なんで見てくれなかったの?そう黒い涙を流して問い詰める夢を見るのだと。

壊れてしまった母は凪の思い出に蓋をした。
私も夏もその事を責めるなんてできなかった。母が悪いのではない。
きっと止めれば今度は母が消えてしまう。
そんなの耐えられない。だから私達も妹【凪】の事を極力話さない様にそれぞれがあの子を遠ざけた。正しい事ではない。
でもその時の私達にはこれ以上家族が崩壊するのが嫌でどうしたらいいかわからなくて。
ただ一緒に蓋をした。
それしか方法がわからなかった。

凪が消えてしまったのは私たち全員に責任がある。
「凪は大丈夫だよ」
そう笑う妹の言葉が嘘なんてわかっていた。
わかっていたのにわからないふりをしていた。

だって、発作なんていつもの事。寝ていればすぐに治る。
だって、母のほうが心配だ
だって、焦凍のほうがかわいそう
だって、父が引き離す
だって、だって、だって。
そう言い訳をして凪の事を後に回していた。
その結果、凪の心臓にガタが来ていた事に誰も気がつかなかった。

今でも覚えてる。
庭で倒れるこむ凪の姿。
病院のベットと夥しい数の管。
心臓の音を示す電子音。
土埃と半壊した病院の光景。
そしてあの雨の日【妹が返ってきた日】の事を
脳裏に焼き付いて決して消えないそんな記憶が。

*

「……凪の事はお母さんだけのせいじゃないよ。俺も姉ちゃんも皆さ凪の大丈夫に甘えてたんだ。」
大丈夫なはずなんてなかったのにさ。病室に夏の言葉が静かに落ちる。
俺達の中でただ一人、焦凍だけが凪を見続けていたよ。ずっとずっと向き合って凪と約束した言葉を胸に夢を追いかけて歩き続けている。本当にあいつすげーよ。顔を上げた夏の顔は少し泣きそうだった。

「焦凍とお話するようになって自然と凪の話をするようになったの。最初はすごく怖かった。ずっと遠ざけてた私があの子の話をする資格なんてないと許されないと思ってたから」
「お母さん……。」
「話すうちにどんどん凪の事思い出してきて、どんなお歌が好きだったとか。お家にいるよりも外で駆け回るのがすきだったりした事とかお気に入りの絵本を何度も何度も読み返す姿とか溢れるくらい思い出したの」
記憶がよみがえる。
幼い凪が茶の間のテレビにかじりついており。目が悪くなるから離れなきゃだめよその体を抱えてあげるそんな何時かの日常の一コマだった。
抱きかかえていた妹が不意に自分を見上げる。
『ねぇね。テレビにお父さん出てるよかっこいいね』
目を輝かせ満面の笑みでそう話す凪。そうだあの子は私の事をねぇねて呼んでいた。私の事をねぇね、あの人の事をにぃにと呼ぶけれど夏と焦凍の事は決して兄と呼ばないそんな子だった。
「凪はヒーローで一番お父さんが好きだったよね」
ポロリとこぼれた言葉を夏が拾う。
「あぁ、なんであんな奴が一番好きだったんだろう。」
自分の片割れや母を苦しめてたそんな父親を凪は心の底から嫌ってはいなかった。一度反抗して頬を叩かれても。出来損ないと言われても。
妹が父を憎むなんてことはなく。
自分は恐ろしいと感じていたあの背中をまっすぐ見つめていた。
「凪は賢い子だったから。きっと」
きっとあの人が私達とは違う風に見えていたのかもしれない。
窓枠にあった花がゆれる。昨日からあるそれは少し撓んできて頭を垂れ始めている。
外の太陽が少しだけ地上に近くなっているのが見える。
「……違うってどんな風に」
「それはわからないけど…。」
焦凍がオールマイトをみて夢を持ったように。凪もあの人を見て何か夢を持っていたのを思い出したの。でもそれがどんな夢だったのか私は知らなかった。凪だけがあの人に面と向かって立ち向かってたのを思い出した。私はあの子のお母さんだったのに…。ちゃんと守ってあげられなかった。
「ごめんなさい凪」
もう自分を呪う貴方を夢にみないけれど。
『お母さん』と駆け寄るあの子が語る夢の話を自分はもう知る事はできないのだ。
頭を下げている花から花弁が一枚離れて落ちる。窓枠にゆっくりと収まるそれを夏が拾い上げた。
薄いそれは体温の高い彼の手で少し萎れたそれは屑箱の中へと吸い込まれていく。

「もしかしたら燈矢兄なら知ってたのかも……。」
燈矢兄は凪の事可愛がってたから。もう会えない人を思う夏の言葉も一緒にその中へと消えていくようだった。

*

夢を見た。
自分がまだ綺麗だった頃のそんな夢だ。
「にぃにご本読んで」
「今日も?本当に凪はその本が好きだな」
差し出された本を受け取とり妹を膝の上に載せてやる。めくられたページに描かれているのはありふれた何処にでもある物語。
もう見なくても語れるほど記憶してしまった言葉の並びを読み上げると妹は初めてそれを聞くかのようにコロコロと楽しそうに聞いていた。変わることの無い展開に変化することの無い結末までたどり着き。
決まり文句ともに本を閉じる。
「にぃにご本読むのじょうず!」
「本当に?嬉しいな」
「しょうとは私よりもよめないし、なつくんはどんどんお話かえちゃうし、ねぇねはなんかはくりょくがあってこわいの」
だからにぃにが一番じょうずと言う妹に何気なくお母さんはと尋ねるとその顔がどんどん萎れしまう。最近読んでもらってないと俯く姿に何を聞いているんだ自分はと己を責めた。
数日前から訓練を付けられ始めた弟に付きっきりの母と過ごす時間なんて妹にあるわけがないのは少し考えればわかる事なのに。
ごめんと小さな頭をなでる。
「なんでにぃにがあやまるの?へんなのー」
「……。凪は強い子だね」
さぁもう寝ようかと抱え上げて今を出る。少し冷えた廊下をゆっくりと歩いているとまだ眠くないと妹は少しむくれてしまう。
「昨日発作起きたんだろ?それにさっきも何回か咳してたし安静にしてような」
「……。凪はいつこんこんしなくなる?」
「良い子に先生の言う事を聞いてたらきっと良くなるよ」
「おかあさんも言ってた。だからね【良い子】がんばってるの」
知ってるよ。治療が苦しくてもつらくても耐えているのを。どんなに苦い薬でも我慢して飲んでるのを。
本当は心細くて仕方ないのに一人で大丈夫と言って片割れに母を譲ってる事も。全部見てきたから。
「だけどね…。あのね…。」
「うん」
「ちょっとだけね【良い子】頑張るのつかれちゃったの……。」
首に回っていた妹の腕に少しだけ力が入る。
「そう思っちゃった凪は悪い子?もうこんこん、なおらない?」
それは大丈夫と言い続けた妹の小さな小さな弱音であった。自分と二人だけの居る仄暗い廊下にそれは消えていく。
「そんなこと無い」
自分の声が廊下を反響する。
「凪は良い子だよ。僕の自慢の妹だ。」
つらいなら自分の前では【良い子】にならなくてもいいよと囁く。妹は少し黙った後に大丈夫と首を横に振る。
「しょうと頑張ってるから、凪もがんばる」
焦凍。
焦凍。
焦凍。
妹の片割れ。
望まれたものを持って生まれた弟。
妹が何よりも大事にしている兄妹。
嗚呼、うらやましいな。
嗚呼、恨めしいな。
「にぃに…?」
「ごめん何でもないよ」
何も言わなくなった己を不思議そうに見上げてくる妹に何でもないと当たり障りのない言葉で切り抜ける。
双子の部屋にたどり着く。普段と変わらぬ段取りで布団を用意し、部屋に常備されている就寝前の薬を飲ませてやる。
布団に潜り込んだ妹が自分の手を遠慮がちに触る。
「まだ居てくれる?」
「凪が眠るまで此処に居るよ」
その手を柔く握り返しゆっくりと頭を撫でてやると。
薬の効果もあってかとろとろと瞼がおりてくるのが見みえた。うつらうつらとしながら妹が己を呼ぶ。
「にぃにの夢は何?」
突拍子もないそれに言葉が詰まる。

しょうとはオールマイトみたいなヒーローになりたいんだって。わたしねおとうさんをちゃんとしかれる人になりたいの。
お父さん皆に酷いことしてるし、おはなしもきいてくれないよねよくないよ。すごくよくない。だからだめだよ。みんなの事ちゃんと見てっていえるようになりたい。
そうじゃないと
「おとうさん、一番カッコいいヒーローになれないもん」
皆におとうさんの良い所たくさん知って欲しいの。

ねぇ、にぃには?
にぃにの夢は何?


そんなのわすれちゃったよ凪