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研磨したそれは
美しい物である





★本誌(290話)ネタバレの香りがします★
★彼がかなり重い愛情をもってます★



楽しくないです。

渡我は頬を膨らませる。
ここのところ楽しくないし、つまらない。
少し悲しいことがあった。
とっても悲しいこともあった。

今日はさらに悲しいことが起きてしまった。

『はじめまして』
会いたかった友達に今日やっと再会できた。
だけどその友達は
凪は渡我の事を何一つ覚えていなかった。嬉しそうに己の手をにぎってきた彼女を少し見つめると『あなたのお名前は?』そう小首をかしげた。
渡我に対してだけではない。
凪は荼毘とワラキアを除くその場にいた全員の記憶が消えていたのである。
悲しい、とってもとっても悲しい。
凪ちゃんどうして?何があったの?あの人に何をされたの?
なんで?なんで……

「そんなにずたずた何ですか?」
ベットスチールに腰をおろす荼毘に迫る。本当ならば凪を処置したワラキアに聞きたいところだが彼女はアジトにはいない。
凪をここに連れ来る時を除いてワラキアがここに居座ることはなく普段はドクターと同じく自分の研究施設で実験を送る日々を過ごしている。連合のトップである死柄木は凪をワラキアが連れている実験体としか認識しておらず。渡我と同じ、もしくはそれ以下の情報しか持っていない。
今この場で渡我の問いに答えらえるのは荼毘だけだった。

「静かにしろ。凪が起きる。」
「いやいやいや!そりゃねぇだろ荼毘!」
渡我への返答でも何でもない言葉にトゥワイスが横やりを入れる。彼も入れたくて入れたわけではない。
だがこの重苦しい空気にさらに負荷をかけようとしているのは見過ごせない。トゥワイスの視界の端には痺れを切らしそうになっている渡我が今にも手にナイフを握ろうとしているのが見える。
間近にいる荼毘が気が付かないはずはないのだが、彼はそれを歯牙にもかけない様子で硬いベットに眠る凪の髪をすいている。
「トガちゃんは凪ちゃんの様子が心配なんだから答えれやれよ!答えなくていいさ!」
「……答えられない」
「はぁ?な…」
「やめろ」
何でだと続くはずだった言葉は今まで静観していた死柄木によって遮られた。全員の眼差しが彼へ向く。
死柄木は少し思案を巡らせた後に口を開ける。

「お前はあの女がそいつにした事は知っているのか?」
「……あぁ」
「だが答えられないと言うのがトガへの答えなんだな?」
「あぁ」
「……お前が話すもしくは俺たちがその事を詮索するとどうなる?」
「連合にとって不利益にしかならない。」

*
「私、変に詮索されるのは嫌いなの。貴方のお友達にも言っといてくれるかしら?特にあの女子高生の可愛い子にね」
凪の外出が許された日にワラキアは荼毘にそう忠告をした。
ワラキアは死柄木がやろうとしている事などには微塵の興味もない。彼女が名目上其処に居るのは荼毘が凪に必要だったからだ。
彼の交渉条件としてあったから居るだけで、正直今は何時抜けてもいいのだとワラキアは続ける。
何故なら、凪はもう荼毘がいなくても一定の時間意識を保っている事が出来るようになっていた。凪の身体活動は彼女の脳内の機械と脳と同調率が上がったことにより。機械操作だけで賄える段階まできていた。
幸か不幸かあの日の邂逅が与えたものは凪の中身を想像以上に進展させていたのである。
「貴方はもう必要ないのだけど私の実験に大いに貢献してくれていたからあの子の傍にいさせてあげているの」
これは私からの恩情なのよ。赤く塗られた爪だ荼毘の肩を滑る。
気持ち悪いと思ったが振り払う事が出来ない。
「実はねドクターへの意見や助力もしてるし、今度腕を消されたお友達のための義手も用意することになっているの……私の言いたい事わかるかしら?」
「わかってる。」
連合に貸しはあっても借りは無いと言いたいのだろう。こちらの持っているカードとワラキアの持っているカードでは明らかに差があるのが現状だ。
「私の事に口を出さないでくれるなら私は何もしないしするつもりもない。だけど少しでも何か変な詮索をするようなら静かに集中できる所に行くだけの事」
隠れたり逃げたするのは慣れているの何十年もやってきてるからねと微笑むと凪を荼毘に引き渡す。
「私は少しドクターの所に行くからお兄ちゃんの所に居てね」
「はい、先生」
「何かあったらすぐお兄ちゃんに言うのよ」
「わかりました先生」
荼毘の手を握る凪の手は以前と変わらない、姿形にも何も変化は見られない。
だが明らかに声や眼差しは異なる。
以前のふわふわと不安定なものではなく、意識がハッキリしているのが見て取れる。これがワラキアの言う同調率の向上の成果なのだろう。
荼毘の背中をうすら寒い何かが走る。
「凪」
「何?」
「行くぞ」
「うん、帰ろう」
やっと一緒に帰れるね。荼毘に手を引かれる凪の声は弾んだように軽やかだ。繋がれた手から伝わる温度はあの時から変わらない。
自分に向ける表情もあの時から変わらない。
けれど凪の中身は似ても似つかないほど変わり果ててしまっていた。
壊して、崩して、削って、溶かして。
ぐずぐずになってしまったそれをこねて固めてできたのが今の彼女で。その首に繋がれた手綱はワラキアがまだ握っている。

*

ビルの外では烏たちが飛び立つ。
はらり、はらりと抜け落ちた羽が数枚風に踊るのが窓から見える。

「下手すりゃ俺ら全員の首に縄がかかる」
「解った。全員この事は一切詮索はするな」
これは命令だ。連合の首がかかっている。
否応なく告げられたそれに渡我もトゥワイスも何も言う事は出来ない。
「荼毘、あの女の件はお前に任せる」
「あぁ」
「このまま野放しにして何かあれば」
「心配するなすぐ殺す」
「それがあの女側に居てもか?」
死柄木がそれと顎で指すのは凪の事でその問いに一瞬の間が空いてしまう。
それを見過ごすほど死柄木は愚かではない。
「出来なきゃ俺がやるだけだ。それまでに手綱を握れるようにしておけよ」
「……言われなくても」
死柄木の言う通り、手綱を自分が奪えばいい話なのだ。
(だから焦るな)
自分と凪以外居なくなったアジトで荼毘は自分に言い聞かせる。
大丈夫だ。
まだ、まだ時間はある。
だからあせるな。
モゾりと凪が寝返りをうつ。
安定した寝息が聞こえる。
可愛い妹。
大事で大切な自分の兄妹。
幼いころみたチューブに繋がれベットに苦しそうに横たえる姿が脳裏をかすめる。
あの時のような苦しみはもうないはずだ。
呼吸も儘ならない苦痛が凪を襲う事は無い。
梳いていた手がこそばゆかったのか凪はようやくその瞼を上げる。
「おはようお兄ちゃん」
「あぁ、おはよう」
「何だか難しい顔してるね」
「少し考え事していただけだ。……なぁ凪」
俺は例えお前がどんなに姿が変わろうと。
どんだけ中身を変えられようと。
凪は俺の大事な妹だから。
どんなものからだって必ず守ってやるから。
望むならどこにだって連れて行くから。

「だから俺を兄と呼び続けてくれ」


凪は自分に縋りついてくる【兄】の様子に困惑を隠せない。どうしたのだろう。自分の寝ている間に何かあったのか。
また■■■■に何か言われてしまったのかと思うが。その■■■■とは誰だと霞がかかったようにわからなくなる。
大丈夫だよと背中に手を回してよしよしと背中をさする。
■■は何時も泣いては■■■■に泣きついてた背中を撫でられていた。
だからあの時の■■■■のようにと黒いコートをゆっくりとさする。
「お兄ちゃんは昔もこれからもお兄ちゃんでしょう?変わったりなんかしないよ。変わりようがないよ」
「…あぁ」
「ずっと私のお兄ちゃんだよ、私もずっとお兄ちゃんの妹だよ」
変わる事なんてないよ。大丈夫だよ。だからお願い、泣かないで。
凪は何度も何度もそう繰り返し荼毘の背中をなでる。
大きいなと彼女は思う。
昔は自分よりも小さくて、己が彼の手を引いていた気がする。
荼毘の背中ごしにある窓の外では小さな蝶が飛んでいた。
「ちょうちょ」
遠い遠い昔の記憶。
何時か昔の記憶。
二人で手をつないでどこかの花畑を蝶を追って駆け抜けていた。
そんな気がした。

「お兄ちゃん、今度一緒にちょうちょ見に行こう」
「あぁ」
昔見た青い蝶をまた見よう。そう話す凪を荼毘は腕に閉じ込める。
嗚呼、大事な俺の妹
そんな昔の事を覚えていたのか。
でも悲しいな。
その記憶は自分の物ではない。
あの時自分もその場にいて走る二人の背中を見送っていた。
凪は振り返る事も無くあいつと駆け抜けたのを覚えてる。
だが凪が自分との物だと誤認しているならばそれでいい。
その記憶も俺がもらう。
可愛い可愛い俺の凪

お願いだから

『お前のお兄ちゃん』の役割は自分だけの物でいさせてくれ