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貴方との大事な思い出






「これ嫌、可愛くないです。」
トガは支給されたマスクデザインに不評をこぼす。同じ作戦に参加する者に嗜められるが、あまり意味がないようだ。そして荼毘の横で星を見上げていた凪の方を見て。
「凪ちゃんもごっついマスクでかわいそうです」
せっかくのカァイイお顔が見えないです。とフルフェイスのガスマスクをつけている凪の頭をよしよしとなでた。
「早く終わらせてマスク取りましょうね。」
「黙ってろイカレ野郎共まだだ…結構は…」
11人全員揃ってからだ。
荼毘はそう呟き自分達が見下ろした先にある一つの灯の方を見つめ、そして凪の方に眼を移す。
その視線に気が付いたのか彼女も荼毘の方を向く、お兄ちゃんどうしたのと問うてくる凪の頬にマスク越しで触れる。
「あの女にも言われてるだろうが、今回お前は何もしなくて良い。」
ただの散歩だ。凪は意識の安定が落ち着いてきたため、今回の作戦に同行することとなった。
何時までも籠の中に居るのでは意味がないと、外部からの刺激に徐々に慣れさせるように、
外から得られる情報の量は装置データから脳に送るものよりも上質なものであると考えたワラキアからの提案である。
「うん」
「誰か見つけたらすぐに逃げろ」
「うん」
「どんな奴にあってもだ」
わかったかと何度も念押しする荼毘にわかったと返事をする。凪は自分の兄が何に不安を抱いているのかわからなかった。
「大丈夫」
ちゃんとお兄ちゃんの所に戻ってくる。そう頬に触れる彼の手に自分の物を重ねた。
これはただの夜の散歩だ。


*

常に頭において置け。
原点を。

滴ってくる汗をぬぐい、凍結と火炎を交互に発動を繰り返す。
恐ろしく単純で、笑える光景だがこれが最善なのならば、ただ黙々と一心不乱に続ける。
周りではクラスメイトの阿鼻叫喚が聞こえてきて、皆も頑張ってるなと思った。
担任の相澤先生の言葉がよみがえる。
【原点】
自分の原点は何だっただろうか?

―なりたい自分になっていいんだよ―

母が言ってくれた言葉だ、なりたかった、ヒーローに。
どんな?
オールマイトのようなヒーローに
どうして?
そうしたら、あいつを守ってやれる。
それは誰?
たった一人の片割れ【妹】を

だってあいつ【凪】は一人でずっと泣いていたから。病気で苦しいはずなのに、怖かったはずなのに、母や自分を困らせないように全部飲み込んでた。
だからなりたかった。
凪がもう泣かなくていいように。
もう我慢しなくていいと言ってやれるような強いヒーロー【お兄ちゃん】に。

それはもう叶わなくなってしまったけれど、これが自分の原点だ。
あいつに胸が張れるような、恥じないヒーローに
「ならなくちゃいけない。絶対に。」

そして、三日目の日が暮れはじめた。

*

「そういえば、さっきの蝶が好きだった家族て妹さん?」
僕の言葉に轟君がピタッと動きを止める。その様子にしまった!と思ったがもう遅い。
今さっき洸汰君についての話をして、彼からデリケートな話にズケズケ首突っ込むのはどうかと言われたばかりだったのに。
「ごごごめんね!さっきその話してた様子がすごいなんて言うか」
嬉しそうな顔してたから気になってと本当に申し訳ございませんでしたと土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。

蝶と言うのは今日の夕食を作り始める際にその場にひらひらと一匹の蝶がどこからともなく迷い込んできたのだ。
麗日さんたちが荒んだ心が癒されると喜んでいた。
「綺麗な蝶〜何て名前かな」
「アゲハ蝶のようですが、水色は見たことがありませんわ」
その蝶を囲んで見ている女子の後ろから一目見て
「アサギマダラ」と轟君がそう答えた。
そいつ海を渡るくらい長距離飛ぶ蝶だ、とさらに続ける。
「え、何々?轟って虫とか詳しいの意外!」
「博識だね〜」
そう褒める女子の後ろで、峰田くんがイケメンがさらにポイント獲得すんな―!と暴れていたのが目に入った。
「蝶だけだ、あとの虫は良く知らねぇ」
「なんで蝶だけ?」
家族で、好きだった奴がいたら。そう答えた轟君は懐かしむようにアサギマダラを見ていて。きっと大事な思い出があるんだなと思った。

「いや、気にしてねぇから謝んな、それに、あいつの事を話すのは嫌じゃない。」
蝶が好きだったのは凪だ。ひらひら自由に飛んでるのが綺麗で好きなんだと良く図鑑とか写真とか一緒に見てた。調子がいいときは一緒に取りに行ったし、何匹も育てた。
俺の方が取れたりすると拗ねるんだ。だから籠は一つにして二人の成果にした。
あと星も好きだったな、
夏の星とか冬の星とか良く見上げてた。
そう妹さんの事を話す轟君はすごく懐かしそうに嬉しそうで。
僕が何も言わないで聞いていると、我に返ったのかしゃべりすぎたとちょっと恥ずかしそうで面白かった。
「轟君、妹さんの事大好きなんだね」
「たった一人の妹だったから、こんなにあいつの事話したのは久しぶりだ。」
家だとあいつの事を話題にするのは駄目だったから。どうしてと聞くと、エンデヴァーつまり轟君のお父さんが禁止したらしい。
あの事件は前代未聞のテロで多くの犠牲者を出した事件であり首謀者と言われる人物も捕まってはいない敗戦。
あれに関わった一人でもある彼にとってそれは耐え難い汚点の一つなんだと教えてくれた。エンデヴァーにとって妹さんの事は消し去りたい物なんだろうと。
「あいつにとって、消したい記憶でも俺にとって凪との思い出は全部大事な記憶だ。」
だから、だれかに聞いてもらえるのは、すごくうれしい。
「緑谷、ありがとな」
「今度また、妹さんの話聞かせて」
ひらひらと蝶がそのあいだを抜けてどこかに飛んで行った。



*

ひらひら
ひらひら、ひらひらと蝶は森を抜けて飛んでいく。
そしてある所で少し羽を休める為に止まる。

「綺麗」

自分の指に止まった蝶を見て凪そうつぶやいた。

ひらひらと蝶はまた羽ばたいた。