「ちょうのうりょく、ですか」

「略さずに言えば超自然的潜在能力、といいます」

「で、超能力」

「超能力ですね」


えへへへ、と笑ってみた。彼は声を出さず微笑を返した。私の乾いた笑いだけがこだまする。ええー。どうしよう。


「あの、ほ、本気ですか」


失礼極まりないものの言い方だが、「正気ですか」と言わなかった自分をほめたいくらいだ。本気で言っているなら最悪だし、場を和ますジョークにしてもあまりにも突飛である。面接官にそんな茶目っ気は求めていない。
佐伯さんはあっさり本気ですと答えた。最悪の方だった。


「霊視とか前世を見るとか動物の言葉を代弁するとか、テレビでやってますよね。ああいう類と思ってもらっていいです」

「ああいうの、本物なんですか」

「テレビに出てるのは、九分九厘偽物ですね」


それだけ目立つことをすればすぐにどこかしらの超能力団体に接触されるだとか、多くの超能力団体は一般メディアへの露出をタブー視しているとか、誰が考えたんだかわからない設定を佐伯さんはどこまでも淡々と語る。超能力団体て。そんなものがたくさんある設定なのか。目眩がする。

私も心霊現象だの超能力だの宇宙人だのの番組は喜んで観る方だけど、だからそれを信じてるか、と言われたら、まぁ、あったらいいよね、と生温く笑うだろう。そんなものないと思ってるからこそ、うさんくせー! でもあったらやべー! などと楽しめるのだ。
まぁ佐伯さんが超能力を信じてようが信じてまいがそれはどっちでもいい、信じてないからって信じてる人とコミュニケーションをとれないわけじゃない。そう、彼1人が信じるなら、どれだけ熱烈に信じようと好きにしたらいい。でも組織ぐるみで信じ、お金の絡む仕事として扱い、それに今自分が加わるかどうかの面接をしている、となれば、それはちょっと次元の違う問題デスヨネ。



「偽物というのもおかしいか。だから彼らが超能力者ではないということではなく」

「どういうことですか……?」

「世の中は超能力者とそうでない人、ではなく、能力を覚醒させた人とまださせていない人に分けられるということです。全員に備わってはいる」

「はぁ…………」

「ここで働くようなことになれば、詳しくお話ししますよ」


だからあなたも能力を目覚めさせましょう、と壺や水を買わされそうな語り口に一瞬警戒した。壺はともかく、佐伯さんのよくわからん言い回しを私なりに整理したら、「今超能力が使えない人もこれから超能力者になるかもしれない」という感じだろうか。つまりもちろん私も。私も? 


「すみません、今のは業務には直接関係ないことですね……求人は久しぶりでして。緊張してるのかもしれません。ご容赦下さい」


困ったように微笑む彼は、緊張している、という自己申告の割には非常に落ち着きはらって見える。私の内面の方がよほど大波乱だと思う。

さて、どうしよう。どうしようか。こういう人ほど、逆上させたらヤバいことになるような気がする。あくまで彼を、佐伯さんの超能力への思想を否定せずに、超能力はあるかもしれないし興味深いけどちょっと都合が悪くて勤められないです、という雰囲気でこの席を辞するには。さっきとは違う意味で変な汗を出している私の顔は赤くなったり青くなったりしていそうだったが、なっていないのか、こういう状態に陥る人間を見慣れているのか、佐伯さんの落ち着きは崩れなかった。
膝小僧を両手で掴み、下を向く。目を合わせて話していると、引き込まれそうだった。熱に浮かされるでもない淡々とした話し方も、最初は眼福と思っていたきれいすぎる顔立ちも、正直ちょっと、不気味かもしれない、今となっては。人間じゃないみたい。



「信じられないですか」


エッイヤそんなことありませんよ!! と反射的に言いかけて、顔を上げたら言えなくなった。佐伯さんの視線も私にはなく、ローテーブルの縁のあたりに注がれていた。ふっと笑う。嬉しそうでも寂しそうでもなく、静かに。



「信じられないですよね」



独り言めいた、返事を求めていない言い方だった。感情が死に絶えたように凪いだ表情に、本当に胸に引き絞られるような痛みを感じた。実際にここに座ってそれを聞いた人にしか絶対わからないと思うけれど、

人間じゃないみたい、

私の考えたことが伝わったような、それで彼を傷つけたような気がした。


「え、えっと」


だからかもしれない。


「私は、今のところ超能力者ではないと……思うんですけど……入れる、ん、ですか?」


いきなり前向きなことを言ってしまったのは。

佐伯さんはちょっと目を瞠り、いくつか瞬きをする。当然だ。さっきまで自分の話にドン引きし、引いていることをまったく隠そうともしていなかった人間が、採用資格の心配をしている。どういう風の吹きまわしだと誰だって思うだろう。ていうか私もびっくりしてるからね。10秒前まで穏当に辞去する方法を考えてたのに、どうしてこんなこと言ってしまったんだろうね。

ちょっと目を見開いた佐伯さんの顔はそれだけでずいぶん幼く見えた。掛けて下さいと言ったときの穏やかな笑顔や話しているときの考え深げな顔はおそろしくきれいだったけど、私はこっちの方が好きだな、と思う。常に驚いていろというわけにもいかないけども。


「もちろん。超能力団体と言えど、構成員全てが超能力者なわけではないです」


もちろんなのか。喜んでいいのか悪いのかわからないし、超能力団体って何回聞いても耳慣れない。ホントに。


「ちょ、超能力対策機関、でしたっけ。ここは」


「ええ。Defense Association for Supernatural Capabilities……DASCとも略されます」


そんなこと気にしてる場合ではないが、リスニングCDのように発音が良かった。まったくカタカナ英語ではなかった。まぁ見た目的にむしろ自然なんだけど。ちなみに単語の意味は一切わからない、赤点ギリギリマンをナメてはいけない。


「で、超能力対策機関……とは……具体的に何をするところ、なんでしょう……」


面接なのに私の方がガンガン質問しちゃってるけどいいんだろうか、と一瞬思ったがもう好きにやらせてもらうことにした。佐伯さんの設定に付き合っていては永遠に私が知りたい情報に辿り着かない気がする。


「超能力の存在を一般人に悟らせず、超能力の影響を一般人に及ぼさせない、というのが活動理念です。しかし具体的に、というと何とも申し上げにくいですね。人の数だけ超能力がある、などと言われるほどで、当然対策もマニュアル化はできないものです」

「……はあ」



あの翳った微笑みは何だったのだろうと思うほど、頭を痛くするようなことを立て板に水で。尋ね方がよくなかったのかもしれないね。きっとね。


「えー、ではもしここに勤めたとしたら、私はどんなことをすればいいですか」


青い瞳がぐるりとオフィス内――黄ばんだ壁紙、埃の固まったサッシ、蜘蛛の巣の貼った天井角――を眺め渡し、眇められる。


「とりあえず掃除ですかね」


マーベラス。ブラヴォー。エクセレント掃除。ここに来て初めて超能力と関わりない単語が出た。かつてここまで神々しい気持ちで「掃除」という言葉を受け入れたことはない。


「どうにも手が回りませんで。最初は一通り支部の清掃をして頂くことになるでしょう。その後はまぁ、簡単な事務仕事や備品補充や……外での仕事にも着いて来て頂きたい」

「外?」

「お恥ずかしい話ですが、超能力関連の仕事では経営が成り立たないので。普段は便利屋やら興信所やらに近い仕事もしています。猫探しも浮気調査も蔵の整理もします。正直そういう仕事の方が、数としては圧倒的に多いです」


もちろん随時ノウハウはお伝えします、誰かは同行しますし、というお言葉に、ふんふんふん、と必要以上に小刻みに頷いた。何が恥ずかしい話なものかね。つまり上手くいくと超能力云々のオシゴトにはノータッチでいられる可能性もある、のだろうか。だとしたら私には心やすい話以外のなにものでもないぞ。便利屋の仕事内容にだって詳しくはないけど、それでも超能力よりは確実に詳しいし、さらに詳しくもなれるだろう。最初からそう言ってくれたらいいのに。ていうかいっそ超能力対策機関という設定を伏せて便利屋として求人すればいいと思う。それでは佐伯さんの気持ちが収まらないのだろうか。

超能力設定にだけはどの程度まで付き合うべきか考えないとだけど、ブラックな気配もないし、新人に見合わない仕事を任されて胃を痛めることもなさそうだし、学歴資格スキル一切不要、私でいいと言ってくれる。考えようによってはいい話だ。

そう思った。だからとどめにもう一度頷いて顔を上げ、わかりました、と言う。


「わかりました。精一杯やらせて頂きます。よろしくお願いします」







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