よろしくお願いします。

言い切って頭を下げながら、ん? と思った。話の内容が身近になり打ち解けた空気になってしまったせいで忘れていたが、今、面接。選ぶの向こう。若干面食らった表情(やっぱり幼い)の佐伯さんに慌ててへこへこ重ねて頭を下げる。


「す、すみません忘れてください。どうぞ面接を続けてください」


打ち解けた空気、だって。
面接恐怖症なのにな。私。なんかこう予想だにしない話によるショック療法というか。佐伯さんの「美青年」「電波」の属性が強すぎて、「面接官」の属性を忘れかけていたというか。次元の違う緊張はあるけれども、もう冷や汗も出ていないし、胃もあるべき位置で静かにしている、自分の体を不思議に思う。


「面接? ああ、そうですね、いや、こちらはもともと面接というより……この話をしても勤めたいとおっしゃる方は選ぶほどいませんし」

「え? じゃ、じゃあ、お世話になっても」

「え、いや、でも……え? いいんですか? もう少しお考えになった方が良くないですか?」


レジの前のおばちゃん並みにえ? え? を連発しているうちにおかしくなってきた。それも収まればやや腹が立ってきた。 
なんなの? こんだけ戸惑わせる話しといて結局ダメなの? しかも「もっといいところがあるから貴方のために」的な体面を貫くの?「急募」のくせにえり好みするの? すごい大学を出た人が使いにくそうとか思われるならわかるけど、私なんか有名バカ高卒だ。それでもったいないってじゃあどんなのなら喜んで雇うの? 私のことをダメだと思うならそう言えばいい、言うべきだと思う。


「ふうーん」


不満を隠せない鼻白んだ声を漏らすと、佐伯さんがちょっと怯えたように身を引いた。量の多い睫毛が震える。
そんなにものすごく欲しかったものでなくても、引かれると迫りたくなるのは人の習性である。いわんや面接落ちまくり崖っぷち就活生をや。
……それにそういう性癖はないつもりだけど、佐伯さんはなんだか困らせてやりたくなるような、そんな欲望を誘う雰囲気もあると思う。丁寧で完璧で余裕な人って焦らせたくならない? なるよね?


「あまり女性に向かない職だとも思います。ハードというか」

「女性不可とは書いてませんでした。ああそうか書けないんですよね、今は」

「いや不可というわけではなく……あくまで向かないと……」


もう目的はここに勤めることというよりも、いや、を連発する彼を頷かせることになっていた。目先のことしか見えなくなるのは私の特性の1つと言っていい。
もはや言いがかりクレーマーみたいな口調になってきてるなーとか、こんな脅すようなことして入社しても入社後の人間関係崩壊するなーとか、思っちゃいたけど止まらなかった。私がここでいったん頭をクールダウンさせられる人物なら、こんなに面接に落ちたりしないのだ。


「向かないだけで不可ではないんですね? なら問題はないように思われるんですが……あの、私が不適格で落としたいならはっきりそうおっしゃるべきだと思うんです。それが落とす方の義務っていうか。これだけお話しして希望を抱かせておいて、さもしょうがない事情で雇えないように言うのは卑怯だと思うんです」


あはは、何言ってるんだろう私。落とす方の義務とか意味がわからん。自分の名誉のために言っておくと、かつて落とされたどんな企業にもこんなことを言ってはいない。思いついたこともない。今だ。今の勢いの産物だ。


「岸本さんが不適格だとかそういうお話をしているのではありません、むしろ貴方が、この職場に問題がないと思うのは早計だと言いたいんです」


彼も私の失礼な口調に関しては特に気にしていないようだった。もともとそういうところに寛容なのかもしれないし、気にする余裕を私が奪っているのかもしれない。
何にせよあと一押しだという気がした。「説得の鍵は人格・筋道・勢い」だと何かで読んだ記憶があるが、最後の1つだけで押し切れる場合もある。多分ある。


「でも考えようにも材料が足りないじゃないですか。このままうちに帰ってうんうん考えて答え出ると思います? ならもう勤めた方がいいに決まってるじゃないですか。試用期間とか仮採用だっていいんです、使えない奴とわかったら切ってくださっていいんです、大体そんなこと言うならそっちだって私に問題ないとか、私がこの職場にはもったいないとか思うのは早いじゃないですか。筆記試験も自己PRも何もしてないのに、一体私の何がわかったんですか」


言いながらおかしくなってきた。私の何がわかったの!? なんて彼氏にも言ったことのない台詞をなぜここで、初対面の人相手に言っているのか。もうほとんどやぶれかぶれで、言葉を続ける。頬がカッカして熱い。頭の芯も熱い。オーバーヒート。


「後悔するかもしれないのはそちらだって同じです! 私だって平凡で何もない、というか実のところ平凡以下だと、最近になってわかったような人間ですよ! よ、世の中の、多くの人ができてる就職ができないんですよ、面接だけで29社落ちたんですよ、引くでしょう? だからお互い様なんですよ、私をもったいながる仕事なんてないはずなんです、どんな仕事だって、キツくたって理不尽だって薄給だって後から責任とれなんて言わないから、今頷いてくれたらそれでいいんです!」


肩で息をしながら、しばらくの間睨みあった。もっとも睨む、というほどぎらぎらした目をしていたのは私だけで、佐伯さんは多少戸惑った揺らぎはあるものの、静かな目をしていた。やがてその湖面のような瞳にすっと白い瞼が下りる。


「わかりました」


と、彼は言った。落ち着いた声に力が抜けて、立ち上がりかけていた腰が、すとんとソファに落ちた。わかりました、ってつまりどういうことだ、採用? ぼんやりする頭で佐伯さんが目を開けるのを見た。


「でも、ご自身のことを平凡以下なんて言わない方がいいですよ」


面接恐怖の私が、今恐くないのは、この人が。
超能力だとかトンデモな話をしていても、彼はずっと真剣だったからだ。真摯だったからだ。高圧的に、足元見るみたいに、バカにするみたいに質問してくる面接官を何人も見た後で、それがどれだけ嬉しかったか。面接で怖くなかったのなんて初めてだった、それがどれだけ奇跡的だったか。


「それは私がこれから見て決めることです。明日からよろしくお願いします」


その言葉がじわりと染みるように、耳から脳に広がる。熱を持っていた頭を鎮め、虚ろだった心に満ちる。自分を否定され続けた数ヶ月間欲しかった言葉に、気が緩んだように涙が出そうで、慌てて鼻を押さえた。佐伯さんも自分で言ってなんだか照れたのか、わざとらしく、さて、と言いながら腰を上げようとする。彼に思わず声をかけていた。


「超能力団体でも、全員超能力者ではないって言ってましたけど、」


とっさに声をかけた割に、ひどく落ち着きはらった声が出たことに自分でも驚いた。立ち上がった彼を、ソファに座ったまま見上げる。座ってるときはわからなかったけれど、この人すごくスタイルがいい。下から見上げていくと予想した位置よりずっと上に腰があってびっくりさせられる。ええ、と先を促すように佐伯さんが頷く。


「佐伯さんは」


ふっと彼が微笑んだ。次に私が言うことを、もうわかっているような笑みだった。



「超能力者なんですね」



この言葉はすっと出てきた。


『信じられないですよね』


と言われたときから、あの目を見たときから、不思議にはっきりと確信していたことだ。すごく変な話だけど、超能力の存在はまだ信じられないくせに、彼が超能力者であることは信じていた。彼の話よりも彼の目を信じていた。
佐伯さんも、うろたえたり、どうしてわかったのかと訊いたりは一切しなかった。ただ軽く笑って、ええ、そうです、と答えた。


「ええ。超能力者なんです」

「見せてもらえませんか」

「あまり視覚的にわかりやすい能力ではないんですよ。見えるように派手に使ったら、ここら一体が更地になります」

「さ、更地……? スプーン曲げみたいに簡単にはいかないんですか」

「いかないですね。私はあまりコントロールも上手くないので」


ここに来なければ、一生超能力なんて知らなかっただろう。ここに勤めなければ、一生超能力と関わらずに生きていかれるのだろう。一般人に超能力の存在を知られないようにするのが仕事だと、佐伯さん自身が言っていた。

しかしそうやって、超能力に関与するしないを選べる人がいれば、否応なしに関わらないといけない人も、きっといるのだ。超能力ってどんなものかまったく知らないけど、生まれつき超能力を持っていて、そのせいで傷ついたり傷つけたり、自分の力を呪ったりしてきた人もいるんだろう。世界のどこかに。もしかしたら目の前に。

そんな人をカワイソウとか思えるほどお偉くはないし、そんなのって不公平だと憤ったわけでもない。佐伯さんのように、信じるか信じないかは自分で見て決めようだとか立派なことを考えたわけでもない。
ただ、選べるなら、信じる側に立ってみたっていいんじゃないかと思っただけだ。疑うのも見なかったことにするのも、1回信じてみてからでいいんじゃないか。

低学歴無資格ノースキルOKに惹かれたのも、意外と超能力に触れなくてよさそうだというのに安堵したのも嘘じゃない。佐伯さんが低姿勢で誠実でいてくれたことも大きい。
でも私は結局、

『信じられないですか』

『信じられないですよね』

私はこの人に、もうこんな顔させたくなかっただけなのかもしれない。私が、超能力とかアタマおかしいんじゃないの、と言ってしまったら、なんだかこの人を置き去りにするような気がしたのだ。超能力のある世界に彼を一人置いて、私一人だけ超能力のない世界で安穏に暮らすような錯覚が。
変な話だとわかってる。謎の上から目線だとも思う。佐伯さんにだって同僚や上司や部下や、この特殊な体質及び職業を明かせる家族や友人なんていくらでもいるだろう。でもなんでだろう、私が今ここで彼を拒んだなら、私は彼をひどい世界に置き去りにしたような気持ちになったと思うのだ。

私は超能力のある世界にいる。いよう。まぁ、とりあえず、今しばらくは。





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