ばん!! とすごい音をたててドアが開いたので、思わずびくっと身を縮めた。怒られる、ととっさに思った。光を背にしているのでよく見えないけど、入ってきたのは大人の男の人ふたりで、よりいっそう肩が縮こまる。息を乱して肩を上下させている、彼らのまとっている空気は、明らかに険しいものだった。


「なに……?」


と言う声は私が発したものだろうか、他の仲間が言ったのだろうか、よくわからない、声が一緒だから。私は、かたわらのあかりちゃんを、ぎゅっと抱き寄せた。なんでこんな恐い顔をするんだろう、私たちは自分のうちで遊んでただけだけなのに。電話をムシしたから? そもそもこの人たちは、


「だれ………?」


といういくつかの声がさざめく。それを聞いて、背の高いほうの人は顔をゆがめた気がした。なんだろう、知っている気もする、会ったことが、話したことがあるような気も、するんだけど。思い出そうとすると頭のなかがぼんやりとあつい。ぬくい泥に腕を入れて、なにか、沈んでいくなにかを探してるみたいだ。

彼らはひくめた声で何かささやき交わした。内容は聞こえなかったけれど、ざわりといやな感じがした。大人が内緒話をするのはいつだって悪いことだ。最後に背の高いほう、髪が真っ白い男の人かあきらめたように頷いた。腰の後ろに手をまわした。にぶく光る何か、なにか、銃――……? をこちらに向けて。

撃った。

パシュ、というような軽い音がした。両肩を強く握っていたあかりちゃんが、見えない何かになぐられたように突然ぐっと首をのけぞらせた。驚いて覗き込んだ顔には、その二つの目、眉の間、真ん中に、黒い穴が開いていた。


「……え?」


間抜けな声が出た。これは確かに私の声だった、私の声? これは? じゃあさっきまで誰の声だったっていうんだ――……? 

そう思った瞬間、ぐらっと私の体も傾ぐ。急に、皮膚の周りにあった薄膜が剥がされたように世界が近く、鮮やかになる。また頭の中が熱く、ぐるぐるかき回されているような、でもかき回されながらも、排水溝の渦に吸われるみたいにに靄が消えていくような、感覚を覚える。開けたままのドアから風が吹き込むのを妙に鮮明に感じる。また突然床が斜めになったようで、ふらりと膝を折った。五感が冴え渡ったり遠くなったりして気持ちが悪い。平衡感覚も、関節のひとつひとつも、自分のものじゃないみたいだ。比喩ではなく体が伸び縮みしてるみたい。動く床や流砂に立っているようにゆらゆらして、ついにがくっとエントランスのタイルに膝をついたのを見て、彼らは少し慌てたように私に駆け寄る。

彼ら。そうだ。あれは佐伯さんと神崎さんだ。2週間前からの、私の上司と先輩。

なんでわからなかったんだろう。なんで私はここにいるんだろう。ここ? ってどこだ? このナントカ記念館みたいな建物はなんだ? どうやって来たの? 朝家を出たことは覚えているのに(今朝の記憶という確信は持てないけど)直近1時間ほどのことが思い出せない。私はどうしてこんなとこに、誰に連れられて、


「……あかりちゃん……」


口から勝手に、というようにひとつ名前が零れた。何度も読んだ、唇が呼び慣れた名前な気がした。逆光の影の、背の高い方、佐伯さんが驚いたように、怯えたように? 足を止めるのが見えた。
熱かった頭が冷えていく。遠かった感覚がゆっくり自分に戻ってくる。ぐちゃぐちゃだった記憶が、そのワードをヒントにピースをはめるように、少しずつだけど整理されていく。あかりちゃん。あかりちゃんというのは。


「あかりちゃんっ」


もう一度呼んだ。今度はちゃんと彼女のことを、あの笑顔を思い出して、振り向いた。
背後に広がっていた、一種異様な光景に呼吸が止まる。折り重なるように倒れている、6、7人の、老若男女を問わない、服を引き裂きながら大きくなっているように見える、大人。その傍らに、探していた少女はいた。

額に、黒い穴を穿たれて。
もう2度と息をしないと、直感的にわかってしまう姿で。

ひくっと喉の奥でしゃっくりみたいなのが出た。それだけだった。朝一緒にいた女の子が、今目の前で、死んで? いる。その2つの間が全く理解できない、情報が上手く処理されていない。朝から今までの光景が、どう並べていいか自分もわかっていないように、神経衰弱のように目まぐるしく脳裏をよぎる。

佐伯さんがジャケットを脱ぎながら足早に近づく。思わず1歩下がった私を一瞬だけ見て、脱いだ上着をパサリとあかりちゃんに掛けた。あかりちゃんの、亡骸、に。額の穴も、穴みたいになってしまった目も、見えなくなる。彼から少し遅れてこちらに歩み寄った神崎さんに、肩越しに振り返って言う。ごく普通、に聞こえる声音で。


「警察呼びます。来るまでに支部に戻って下さい。面倒なことになる」

「ひとりで説明するの? かなり厄介そうだけど」

「何人で話しても厄介ですよ。なんとかします」

「そう。じゃあ、とりあえず帰ろう」


神崎さんがこちらに向かって言う。彼らがここに到着してから、私(とたくさんの大人たち)があかりちゃんになっていたことについても、佐伯さんが、あかりちゃんを……撃ったことについても、何一つ私に説明されないものだから、私は彼らに見えてでもいないようで。だから私に話しかけられたとも、すぐには反応できなかった。かえる? どこへ? 膝立ちで呆けている私を見て、神崎さんは軽く眉を寄せる。


「君の名前と年齢は?」

「え……? 岸本、愛……じゅうはっさい」

「君は今なんでここにいる?」

「えと、あかりちゃんを、遊びに、連れて出て……」

「そこまで戻ってればいい。しっかりして、帰るよ」


肩に手を置かれ、軽く揺すられてやっと我に返った。彼は確実に私に話しかけている。肩くらいの髪が、肩に置かれた神崎さんの手との間で、ぷつ、と1本抜ける。戻ってる。元の長さに、元の色に。

急き立てられてもぼうっと膝立ちのままでいる私に業を煮やしたように、神崎さんが私の手首を握って立ち上がらせる。玄関の方へ向かう。分厚いドアをくぐると光がまともに目を刺した。強すぎる光が白昼夢みたいだった。住宅街は至って平穏に静まり返っている。ドア1枚隔てたこの家では、今もまだ数人の大人と1人の子供とそれを殺した大人がいるのに。頭は他人事のようにそう思う。

手を引かれたまま(もうひとりで歩けるのに)、高級住宅街から支部へ至る道を歩くうち、微妙にずれた2つの靴音に誘われるように、呼吸も、鼓動も、落ち着いてくる。落ち着いて初めて、ずっと乱れていたことに気づく。意識がしんと落ち着いてくれば、頭の中も、記憶を逆回しにするように、ここへ来た経緯を、思い出してきた。

あかりちゃんは、昨日私が拾った、迷子だ。
今朝、支部で退屈そうにしていたから、公園に行こうとして。
公園を通り過ぎて、彼女の家と主張するあの家に行って。
たくさんのあかりちゃんと同じ顔をした子供に、会った。

何かターニングポイントになる記憶を思い出すたび、びくっと一瞬立ち止まりかける私を神崎さんが引っ張る。とりあえず支部まで普通に歩けという気配を感じ取って、足だけを無感情に動かす。無感情に。無感情に。そう努めても、普通の状態に戻った以上、記憶は自動的に出てくる。情報が自動的に整理されていく。

あの、同じ顔の子供たちは、あかりちゃんが、やった……こと、なんだろう。
家族とか、友達とか? どうしてかもどうやってかもわかんないけど、自分と同じにしてしまった。
彼らが、「超能力対策機関」が手を下したということは、超能力、なんだろうか。
そして。彼らは、被害者たちを助けるために、この異常事態を作り出したあかりちゃんを。

殺した?


さすがに立ち止まった。また強く腕を引かれて、つんのめるようにして、歩き始めた。右手に公園が見える。ああ、ここで遊んでいれば、と一瞬思い、打ち消した。あの家ではすでにたくさんの大人があかりちゃんにされていたし、私ももうしばらく一緒にいたらああなっていたんだろう。同じことだ。バカバカしいけど考えずにいられない、朝からの行動を、そのうちの何か変えていたらこうならなかったのでは、と考えることを。

ここを通ったのは、あかりちゃんの手を引いて通ったのは、ほんの数十分前のことなんだ。数十分後に命を奪われているとも知らずに、あの子は、自分の家に私を連れて行こうとあんなに手を引っ張っていたんだ。道中ずっと、そんな思いが、はしゃいだ声が、私を何度もほっとさせた笑顔が、頭から離れなくて吐きそうだった。






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