「退屈?」


何度目かの問いに、彼女は健気にも、真剣な顔で首を振った。しかしその数秒後には、退屈そうに口がややとがる。ふふふ体は正直じゃねーか。
子供の好奇心は持続不可能だ。花から花へ飛び回る蝶々のように、面白いことを探している。最初は昨日のように私の仕事を傍らで見せとけばいいや、と気楽に考えていたのだが、昨日の目の輝きが彼女にない……? と気づき始めて私は焦った。とりあえず片手間はやめよう、ということで、つきっきりで裏紙にお絵かきなど始めて2時間ほど。どうしよう、これにも飽き始められているような。


「あかりちゃんのおうちは、何階建て?」

「……にかい」

「壁は何色? お屋根は?」

「かべはしろ。やねは、赤ちゃ」

「そっかー……何家?」

「なにけ?」

「えっと、名字。私は岸本愛だから、岸本家だよ」

「みょうじ……?」


ううむ。やっぱりダメか。

一応私も何の考えもなくお絵かきを選んだわけではなくてね、ほら、このくらいの子が描く絵のモチーフって家か家族じゃないかと思ったわけなんですよ。いい狙いだと思うじゃん? 果たして紙に出来上がったあかりちゃんちは、白い壁に赤い屋根をのせて、家の前には男の人と女の人と女の子が手を繋いでいて、たくさんチューリップが咲いたものだった。

こんな核家族、こんな建売、住宅街にごまんとある! 所詮私の考えなど浅はかだった。


「飽きちゃうよねぇ、そりゃあ……」


私の持っていた3色ボールペンの細い線で、ぐりぐりと屋根の広い面積を塗りつぶす彼女に言う。その都度顔をこちらに向けて否定してくれるのだが、もうその顔がね、目はとろっとしてるし口角上がってないし、昨日と違うのだよ。
昨晩、子供にしては睡眠時間とれてないと思うし、いっそ数時間お昼寝してくれたら正直助かるんだけれども、彼女はそれを失礼だと思うのか、寝る? と何度水を向けても固辞する。


「うーん……あ、お外いく?」


とりあえずこれは昨日やってない展開だぞ? どうだ? 絵から上げた彼女の顔をうかがうように覗き込む。しばしの思案のあと、あかりちゃんは立ち上がってスカートのお尻をはたいた。乗り気らしい。やったぜ。外で遊べば疲れて寝てくれるかもしれないし。


「あかりちゃんとお外で遊びたいのですが、よいでしょうかー」


1階に降り、佐伯さんのデスクの前で了承を得る。外ですか、と彼は書類から顔を上げてやや渋い顔をした。どうせ外で遊ぶことで怪我のリスクがーとか、すぐに連絡がとれなくなるーとか、他の子供とのトラブルがーとか思っているのだ。彼は本当に心配性で過保護。


「大丈夫ですよ、あの公園に行くだけです、あの求人貼ってた公園。何かあればワンコールで帰ってきます、10分ですよ?」


もちろん目は離しませんし、危ない遊具には乗せませんし、と佐伯さんの懸念を解消せんとする。箱入り娘が厳しいお父様に外出許可をとるかのようだ。この場合私はお手伝いさんかな。とにかくもうお嬢様を退屈させないのに必死なんですよぉぉと眼力に込めて主張し、なんとかあかりお嬢様の外出許可を勝ち取った。ちょうどお昼時だし、コンビニのサンドイッチでピクニックでもしよう。


「まぶし……」


支部を一歩出て、繋いだのと反対の手で思わず目にひさしを作る。今日も暑くなりそうである。昨日から後回しにされ続けているパンジーがやや元気を失っているのが、視界の端に見えた。






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