腕の中にはぱっちり開いて見つめ返す瞳がある。オレンジの豆電球が大きい瞳に映りこんでいる。はぁ。0時過ぎちゃったぞ。私に慣れてくれたのか、私の家に来てからあかりちゃんは終始楽しそうだった。達者なフォーク使いでグラタンとハンバーグを食べたり、お風呂で一緒に10秒数え、あつい、やだ、と逃げ回る彼女を捕まえて髪を乾かしたりした。なんだこの微笑ましさ。
裸にしたとき再度探したが、佐伯さんの言う迷子札的なものはなかった。ちょっぴり危惧していた、アザや火傷も、なかった。後者に関してはもちろんなくてよかったのだけど、じゃあどうしてこの子はここにいるんだろう。本当に。で。明日以降のことが不安なのか、興奮しすぎた余韻なのか、あかりちゃんの目はいまだとろんともしない。寝ようねぇ、と囁いて髪を撫でても、それさえ面白いようにくすくす笑う。「あかりのおうちはね」
これはもう私の創作物語なんぞを語ってあげねばならんのか? 子守唄か? と記憶の底をほじくっていると、彼女が微かな声を漏らした。私のうちに来てから、本当によくしゃべってくれるようになった。支部の雰囲気、歓迎されていない雰囲気に萎縮していたのもあるんだろうなぁ、と不憫に思いつつ、うん、と優しく先を促す。「すごく、広いの」ハハ。すみませんわね6畳一間で寝起きさせちゃって。とっさに思ったが、こんな幼い子がイヤミを言うはずがない。むしろ今、彼女の口から初めて家に関するヒントが出てきているのだ、聞き逃してはならない。うん、と何気なく相槌を打ちつつ、布団の中で拳を握る。
「だから、みんなどこにいるかよくわからないの」「……うん?」「おとうさんもおかあさんも、どこにいるのかわからない……」どういうこと?黙りこんでしまった。彼女のうちはなんだ、豪邸だとか、そういうストレートな意味なの? それとも何かの比喩なの? 子供の言うことはよくわからない、でも大切なのはあかりちゃんが日々寂しい思いをしているらしい、という事実だ。もしかしたらそれが発端なのかもしれない。心配させてやろうと思って家を飛び出したとか。これは詳しく聞き出す必要が、「だから、こんなに近くにおねえちゃんいて嬉しい」……もう。両親どこにいるかわからない発言について追求しようとした矢先に、へにゃ、と笑ってこんなに可愛いことを言うんだもんなー。近く、至近距離にいることを確かめるように、パジャマの胸にぐりぐり顔を擦り付けてくる。お母さんとはこんなふうに寝ないの、と訊こうとして、傷つけるかもしれない、と思うと何も言えなくなってしまう。


「みんなあかりみたいな子供になっちゃって、ずっと一緒に遊んでくれたらいいのにな……」


呟く声はうにゃうにゃと不明瞭に、言っている内容も子供そのものになってきた。閉じるのを促すように、ぽってりしたまぶたに触れた。風邪を引かせてはエライことだと徹底的に乾かしたのに、子供の肌や髪、いっそ周りの空気そのものがしっとりと湿った感じがあった。必死で保湿している私の肌とも比べ物にならず。生きると乾いていくのだ。


「起きても、ちゃんと私はここにいるよ。もう寝よう?」

「ホント? ずっといる?」

「……うん。ずっといる」


嘘だった。そりゃ今日は一緒にいるし、もしかしたら明日もいるのかもしれない。でもあさって、しあさっては、そうはいかないと思う。彼女の家族が見つかるかもしれないし、たとえ見つからなくても、こんな一般人がいつまでも預かるのはきっと許されない。

言った言葉が結果的に嘘になってしまったことはいくらでもある。でも、こんなに自覚的に嘘を吐くのは初めてかもなぁ、となんとなく思った。これも大人になったってことなのかなぁ、と思うと少し寂しかった。彼女に引きずられて子供じみた気持ちになっているのかもしれない。

腕の中からは、密やかな、規則正しい寝息がいつからか聴こえだした。呼吸のリズムを合わせたりしてみているうちに、私の意識も遠くなってゆく。やっぱり全力で遊んだことが体には堪えているのか、関節が熱を持つような、心地よい気怠さのなかでまどろみに入る。

ずっとだよ。

寝言なのか、舌足らずな声で、あかりちゃんがそう言った気がした。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -