「えっと……」

こくり。

「えっとね……?」

こくり。

言葉を発する度律儀に上下に動く、真っ黒い瞳に、狼狽える私が映っている。意気揚々とお姉ちゃんと遊ぼう宣言をした5分後、早くも私の子守り、つまづく。
あの、何させたらいいかわからないんです。私が3〜5歳の頃何して遊んでたか考えてみたんだけど、えーと例えば人形の着せ替え、塗り絵や切り絵、ビーズつなぎ。道具がない。ボール投げ、縄跳び、鬼ごっこ。屋内では無理です。ほらこんな調子!

あかりちゃんがアレしたいコレしたい、とワガママこねてくれる子だったらいっそよかったものの、彼女はただ私を見つめるだけである。心なしか出会った頃よりきらきらした、期待に満ちたような目で、私がスバラシクオモシロイ遊びを思いつくのを待って……これはキツい! なんだかキツいぞ!


「り、りっちゃん」


私が思わず彼女に助けを求めてしまったのは、妥当だと思う。だって純粋に考えて女児の遊びに詳しい本命だし(対抗は妹がいたという佐伯さん)、普段から私にとって最も心安い支部員でもあるし。何より彼女には母性というか、いっそ肝っ玉母さん的な、謎の貫禄があるのだ。佐伯・神崎・鴻上の男性陣についても「しょうがないわね男の子って」みたいなテンションだったりさえする。


「ごめん仕事のジャマはしないからさ、一瞬だけ何か……」


遊びを考えてくれないかな? と前代未聞の提案をしながらデスクスペースを振り返り、私はすぐに自分の浅はかさを悔いた。

思い返したらおかしな話ではあったのだ。彼女は日本支部において常識人な方だと思うし、フレンドリーな方だとも思う。面接に来た私を歓待してくれたのだって、律だけだった。そんなりっちゃん、不安の只中にいるであろう迷子の幼女になんて、率先して何くれと世話を焼いてもよさそうなものなのに。私がこの子を連れてきてから、この子に構ったり心配する素振りを見せたりしたのは佐伯さんだけだ。


「……ごめんなさい、愛、私ね、」


彼女は迷うように言葉を切ったけれど、続きは言われなくてもなんとなくわかった。

そりゃあ世の中子供好きの人ばかりじゃないとは思うけど、

私は確かにそう思った、でも本当に、この職場で机を並べてる同僚が子供嫌いだなんて、私はちゃんと想像しなかったのかもしれない。彼女は憔悴を隠そうとするように髪をかき上げる、その横顔がちょっと青白いようにさえ見える。子供がうるさいとか鬱陶しいとかそういう次元じゃないように。
どうしよう、や、やっぱり駐在所に預けるべき? でも職場に子供嫌いの人がいるから預かれません、なんてそれこそ犬猫扱いだ、いやでも律の様子尋常じゃない、どうすればいいの? と軽くパニクって口を開けたり閉めたりしてしまう。


「ずいぶん勝手に話を進めてくれたけど」


この世には子供が嫌いな人間も存在するんだよね、皮肉っぽく、冷ややかに言われて私の頭もややクールダウンする。うん、この人はわかりやすく子供が嫌いそうだ、確かに。なんでもっと早く思い至らなかったんだろう。神崎さんは明らかに迷惑そうな半眼でこちらを見る。すみません、と言いながら、反射的にあかりちゃんを私の後ろに隠した。そんな目で見られるべきは私であってこの子ではない。

よしてよ怜依、という律の声と、何が? 君のために言ってるわけじゃない、と言う神崎さんの声と、あのとかえっととか言う私の声だけが交錯する。もうすぐ佐伯さんも電話を終えて降りてきてしまう。すみません、もう一度大きい声で言った。


「すみません、今日は2階以上で遊びます! ここには連れて降りないようにします!」


だから今日はここに置かせてください! 一息に言って頭を下げた。床を見たまま、迷った末言葉を続ける。


「なのでそんな目で彼女を見ないでください……子供嫌いとか、この子には、聞かせないでほしい……のですが……」


逆に説教かますとはどういう了見だ、というのは自分でも思う、でも責められるべきは私の判断であって、彼女の存在ではない、というのがずっともやもやと心にある。世の中には子供が嫌いな人もいる。それは私はわきまえるべき事実だが、彼女はまだわきまえなくていいと思う。知らないでいてほしい。初めて会う人に、駆け寄っていいか、抱きついていいか、迷うのは悲しい。もっと先でいい。一度そうなったら戻れないのだし。


「君の考えはわかった」


彼が短く言った。ここの人全体に言えることだが、声からはあまり感情が読み取れない。いつもどおりの少年じみた高い硬質の声で、一理ある、と言いながら自分のデスクの引き出しを開ける。


「悪かったね」


ついと差し出された手にはチョコ菓子の小袋が握られていた。彼はOLさんのようにデスクの引き出しにお菓子を備蓄している。


「僕たちは小さい子を見るのが嫌なだけで、君のことが特別嫌いなわけではないよ」


真面目に言うので心の中でちょっと笑ってしまった。3、4歳の子に通じるのだろうか、それは。フォローになってもないし。「人間全般が嫌いなだけで、君のことが特別嫌いなのではない」って言われても、いや結局嫌いなんやないかーいと思う。
あかりちゃんは差し出されたチョコ菓子を見、もらっていいか尋ねるように私を見る。頷くと小さな手を伸ばし、ありがとう、と小さいがはっきりした声で言う。まともに目を見られ、神崎さんはイヤそうに目を逸らした。彼は子供が苦手というより、「子供を子供扱いするのが苦手」なような気がする。

佐伯さんが2階から降りてきた。階下に漂う、不和→和解の微妙な雰囲気をなんとなく感じたようで、微かに眉を寄せる。説明を求めるような視線から逃れて、あかりちゃんの手を握って彼の横をすり抜けた。






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