「私、やっぱり、人に優しくするときに、いちいち責任をとれるかって考えるのは……できないと思うんです」


神崎さんの、迷いみたいなものを感じとって、言う気のなかったことが、ぽつぽつと口からこぼれた。
怒られるかしれない、と恐れる気持ちはある。でも、彼は絶対に頭ごなしに怒りはしない、という確信めいたものもあった。私が、足りない頭でも真剣に考えて、真剣に伝えたいことは、きちんと聞いてくれる人だと思う。これも、日本支部に1週間いて得た確信。


「思う前に体動いちゃうことも、あると思うし。何より……責任とか考えだしたら、私、一生誰にも優しくできないような気がして」


泳げないのに溺れる人を助けに飛び込んじゃダメとか。飼えない犬に餌をあげちゃダメとか。そういうのと、まぁ、根はおんなじ話なんだろう。小学生の頃から言われてきて、納得してきたようなこと。
でもそれって、大人になったら問題解決能力も経済力も自然と身につくだろう、とか漠然と思っていて、だからこそ納得してきたところもあると思う。こんなにしょーもない大人になると思わなかったの。私は依然としてあらゆる面で無力だし、これから劇的に変わる、頼りがいのある大人に成長するとも思えない。でも誰かに優しくぐらい、したいよ。


「私、向いてないですかね。この仕事」


明るく言ってみた、けど、内心結構、緊張していた。ここで、うん向いてないよって言われたらどうするんだろう。どうしたいんだろう。
そんなの自分で考えなよ、と一蹴される可能性もなきにしもあらずだと思っていたが、彼は遠い目をして、しばらく考えるような間をおいた。


「純粋に君のことを考えるなら、やめた方がいいと思う。ここにいることは、君の人生に何らいい影響を及ぼさないと思う」


何ら、いい影響を及ぼさない。
とは、思い切ったことだ。そこまで言い切られると、さすがに多少怯んでしまう。だって100パーセントいい影響を及ぼさないことなんてそうそうないよ。自分の職場を、そういうものと言いきってしまうのはどうなのだ。じゃあ自分はどういう気持ちでここにいるというのか。


「でもこの組織のことを考えると、君にいてもらった方がいいんだろうな、と思う」


遠い目、を縁取る長い睫毛の先に、ちらちらと光が踊る。金の髪は地毛だと言っていた、その言葉を裏づけるように、同じく金色をした睫毛。また意外な答えだった。意外すぎた。私にとって日本支部は良いものではないけど、日本支部にとって私は良いものだという……ことか? この私が? 正直、嬉しいとかより戸惑う。


「そ、そう、ですか……?」

「訊いといて照れないでほしいな。照れるほど褒めてはいない」


両断。すみませんでした。戸惑うとか言いながら喜んでしまっていた。


「大まかな目的というか志というか、は統一されてた方がいいんだろうけど、1つの考えに凝り固まった組織は危ないし。だからさっきからずっと言ってる、他人に期待するなとか、責任とれないなら優しくするなとかも、聞きいれる必要はないよ」


私の方を見ない、遠くに視線を投げたまま、彼が語る。ふむ。わかるようなわからないような。私という人間が役に立つというより、まぁそういう甘ちゃんもいた方が視野が広くなっていんじゃね、くらいの感じかな。すごいことを期待されてなくて、むしろ安心する。


「僕はあんまり……超能力者であることを苦にしてないから。ピンとこないけど」


ピンときてないのかよ! ととっさに思ったが私とてピンときていない。何の話だ。頭いい人って結構話飛ぶし自分の中だけで納得するよね。


「でもその思考は、多分多くの超能力者を救う」


その思考って、どの思考のことなのだろう。それさえわからないくらい、特殊なことを言った覚えはない。その思考? 斜め前の横顔に、控えめに言ってみたけど、補足してくれたりはしなかった。また黙して目を伏しがちにするだけ。薄そうな白い目蓋に葉影が揺れる。この距離にいるのだから、ハテナで埋まった脳内も聴こえていようものなのに何も言わない、ということはこれ以上何か説明してくれる気はないのだろう。

まぁ、とにかく。察しのよくない頭でまとめると。
平凡な自分でも、その平凡ゆえに何か役立つことがある。
というようなことでよいのだろうか。

多少ポジティブに捉えすぎな感があるが、ポジティブにでもならないと。だって私はまだ、一応日本支部にいたいのだ。
もちろん、直すべきだ、反省すべきだ、と思ったことは直す。自分を過信したりでしゃばったりすることはなきようにしたい。でも、褒められたことは褒められたこととして受け取って、大切にするのだ。だからここにいる、ここにいていいんだ、と思い続けるために。

ゲンキンなもので、さっきまで体に残っていた恐怖とか、消えてしまいたいような申し訳なさとかはかなり薄らいでいた。もちろん消えることはないけれど、誰かにここにいてもいいと認められること。ここにいてほしいと望まれることが、傷を癒していく。





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