1メートル以内にいたら思考が聴こえてしまう、ということはこの私の結論なき考えごともダダ漏れということか。うるさいだろうなぁ。「思考が漏れると君が嫌だろうから1メートル離れて」という受け取り方をしてたけど、単純に「僕がうるさいから1メートル以上離れて」という意味もあったかもしれない。
「それはいいよ。そのくらいの耐性はある。ないと雑踏歩けないし」
彼がようやく口を開いた。こちらが好き勝手タラタラ連綿と考えることの中から、言及したいことにだけ反応してくれるならその超能力も結構便利なような気がする。いや、他人事だけど。
「ていうか結局日本支部の面々も全然守ってないしね。普通に入ってくる。言わなきゃ盗み聴きになるから一応言うだけで」
「なんだ。そうですよね」
日本支部メンバーが神崎さんと異様に距離をとってたら、さすがに私も不審に思っただろう。神崎さんってイジメられてるの? ハミられてるのかな? とか。そういう様子は見受けられない、ほどほどに仲良くゆるい職場です。
「でも、君は結構、うるさいね。ごちゃごちゃごちゃごちゃ考えて」
え、と困惑した。さっきまでのなんだかほのぼのムードを覆すようなことを彼が言ったからではなく。
「何と言うか。普通の、いい子なんだろうね。ちょっと、困る」
うるさい、と言いながら彼が、言葉通り困ったような――自惚れとか都合のいい解釈を許すなら、愛おしそうな――顔で笑っていたからだ。
「優しいんですね」
「他人に期待するなって言ってるのに」
「というか神崎さんはもう他人ではありませんし」
「甘いね。本当に」
「そうやって優しくされるから、また他人を信じちゃうんですよ」
「……やっぱり、君はこんなところにいちゃいけない人だと思うよ」
初めてはっきりこちらを向いて作ってくれた笑顔は本当に儚くて、初夏の白っぽい日差しに溶けていきそうに見えた。
私はそうやって神崎さんが私を気遣ってくれるほどここにいたくなるし、神崎さんはそうやってまた無防備に人を信じる私を見る度、ここにいるべきじゃない、と思うんだろう。こういうのなんていうんだろう、いたちごっこ? 水掛け論? 堂々巡りかなぁ。
でもそれは、なんて幸福な堂々巡りなんだろう。
何度、今日みたいに愕然とすることがあっても、心折られても、私はここに帰ってくる。
『ダメだったよ』
と言ったら、
『バカだね』
と笑ってくれる人を、もう知ってしまったから。
Contd.
→あとがき。