上昇する、エレベーターに乗っている。

それまで最上階で犯人の言葉を伝えていた警官とは、エントランスで引き継ぎ? 的なことをした。やはり20前後の若者3人パーティーに不信と不安を隠せない様子だったが、一応犯人直々のご指名なのでしょうがない。
そう。ちょっと、私も、理由のわからない不安に揺らいでしまったけど。犯人説得に一段階近づいたのだけは事実だし、これからさらなる説得をしなきゃいけないのも事実だ。そんな漠然とした不安に囚われている場合じゃない。フロアに、犯人の部屋の前に着いたら、どういう説得をするか、考えないといけない。


律は10階のボタン、閉ボタンを押したまま操作パネルに寄りかかるように腕を組んでいる。神崎さんもドアの近く、何かドアの向こうの音でも聴こうとするように頭をもたせかけている。2人がドア付近にいるので、私は奥の、カーペットが貼ってあるような壁にもたれた。鼓動が速い、汗がにじむ手を握った、グドゥンとお腹に響く駆動音をあげて箱が浮く。胃を変な浮遊感が襲う。

2、3、4、オレンジ色に灯っていくライトが、こんなに遅く感じるのは初めて……というかこんなに階数表示を息をつめて眺めたのが初めてだ。2人は変わらず、扉の向こうの気配を感じようとするように、階数表示には目もやらない。私は、一応説得第1段階成功の自信? と、第2段階に向けての緊張のあいまった、奇妙な興奮状態にある――にも関わらず、2人は完全に冷静である。むしろ外にいた頃より表情も険しくて、心が不穏に波立つ。
私、何かマズいこと、してるんだろうか。事態解決にのみ心血を注ぐべき、と思いながら、心の隅で、やっぱりそれで彼らに認められたい、褒められたい、と、思ってる。多分。軽く首を振った。浅ましい。熱血で鬱陶しい新人拾っちゃったと思われてても、今は関係ない!

8、9、と灯るランプに、ぐっと胸を張った。もたれていた壁から背中を離し、扉に向かって2、3歩踏み出す。ちょっと、と神崎さんが軽くとがめるような声をあげる。10が光る。ドアの前で仁王立ちして、ドアが開く、光が細い隙間から漏れ出て、向こうで人影が動く――……のを感じると同時に、


「ッグ……!」


いきなり首が絞まり、背中に衝撃が走った。


「ぅえ、へ、え……?」


喘ぐように空気を取り入れながら、周りを、見回す。背中に、カーペットを貼ったみたいな壁の感触がある。私の背中がぶつかったのは、エレベーターの壁。なんで? 神崎さんの手が、すっと私の後ろから抜かれた。喉を締めあげていたTシャツの襟が緩み、息が楽になる。つまり、彼が、私の襟首の後ろのとこを引っ張って、エレベーターの壁に叩きつけた。なんで? 私、何か、した?

呆然と神崎さんの顔を見る。彼は険しいような、どこか冷めたような、蔑んだようにも見える視線を開いたドアの方に向けている。私も混乱した頭のまま、前方、開いたドアの方を見て、凍りついた。

アレ、何? 銀色の、鈍く光る、穴の開いた、刃物。刃物?

さっきまで私の頭があった場所には、万能包丁が突き出されていた。切ったものがくっつかないようにする穴が、あまりに日常的で、ミスマッチだった。つまり襟首引っつかまれてなかったら、アレが、私の顔に。包丁が私の額の皮膚を割いて骨を削る、あるいは眼球を貫いて刃先が脳に……冷静にグロ画像を頭に思い描いて、すうっと顔から何かが引いた。血の気が引くって、こういう。膝から力が抜けてがくっとなるのを、神崎さんが脇に手を入れて支え……ようとして、重、と呟いて離した。失礼な、とか言う気力がなくて、エレベーターの床にへなへなと座り込んだ。


今、完全に開ききったドアの向こうで、万能包丁突き出してるのが、佐久間健也?
私の説得に少し心を開いてくれて、直接離したいと言った、佐久間健也。


なんで?





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