彼は頑なに私の目を見ず、しかし全神経を私に向けている。答えを待って微かに怯えるような、いっそあきらめたような顔で、ただ私が何か言うのを待っている。そんなに不安なら訊かなきゃいい、のに、訊かずにいられないんだ。この人は、もう。なんでこう、そういう思考になっちゃうんだろう。きっといっつもそうやって、1人で不安になっちゃう人なんだ。なんでもう。もう。


「どうして怒らなかったんですか」

「え?」

「恐くないです。そう言ったじゃないですか。守ってくれるって言ったし、守ってくれたじゃないですか。そりゃ途中ちょっと恐かったけど、助けてくれたんじゃないですか。あの子にも、どうしてそう言わないんですか……あの子が超能力者嫌いだとか、そんなの自由だけど、助けてもらった人に、あんな言い方、」

「否定しなかったのは」


また私の言葉を遮るように、言う。


「否定できなかったからです。言い方はどうあれ、アレが否定できない事実だからです」


否定できない事実。つまりあの子の言うとおり、超能力者は、人に害を及ぼす、閉じ込めておくべき人種?

真昼間の路上に立ちすくんで言い合いをしている形になっているわけで、何? 三角関係? 的な視線を受けたりしてるんだけど、刃心くんは本当に全く興味がないようにぼーっと焦点の合わない目をしている。超能力団体でも全員が超能力者なわけじゃないって言ってたし、日本支部で超能力者確定しているのは今のところ佐伯さんだけだし、刃心くんは超能力者じゃないのかもしれない。だからあの子の言葉も、他人事なのかも。刀で斬るのは超能力じゃなくてもできるし。銃で撃つのもできるけど。

そうだよ。私、誰が超能力者で、誰がそうじゃないのかも、わかってない。それ、つまり、日常生活を送るうえで、そこに違いなんてないんじゃないの。
超能力者だ一般人だって、囚われてるの、佐伯さんだけなんじゃないの。


「私は、前に佐伯さんも言ったけど、私だって、見たものしか信じられません。そりゃこれから、私も佐伯さんの……何か良くない面を見て、嫌うことはあるかもしれないけど」


正直言って。彼らを恐い、と思う気持ちは、なくはない。だってしょうがないでしょ。私は銃も刀も持ったことないし、人に食らわせたのなんて平手打ちくらいが精一杯だし、それを眉ひとつ動かさずできてしまう人は、恐い。



「でもそんなの、超能力者じゃなくても同じことでしょう」



でも人と人が関わるって、そういうことなんじゃないのか。この人恐い、とか、感じ悪い、とか、話通じない、とか、そういうのを含まない出会いなんてない。そこに、超能力者だとか超能力者じゃないとかなんてそれこそ関係ない。

私は彼らを恐いと思った。でも、あんな状況で私のことをちゃんと探してくれて、嬉しかった。身を挺してかばってくれて、泣きたくなった。自分たちが恐くなかったかと、むしろ自分が恐がっているみたいに訊かれて、愛おしく思った。これだって本物だ。この愛しさだって本物。ならもうそれでいいじゃないか。


「恐くないです」


何を感じるかは選べないが、感じたもののうちどれを信じるかは選べる。これからどんなに彼らと仲良くなれたとしても、心の片隅の恐い気持ちは多分、消えないと思う。理解できないと思うこともきっとある。だってどうしたって別の人間なんだから。私は銃も刀も持つ気はないし。そういうものを請け負ってくれる人がいるから生活できるんだけど、それに、慣れてしまいたくもないし。こうして逃げて、手を汚すのを彼らに任せる限り、私は彼らを恐いと思う。勝手だけど。でもそうやって恐い気持ちが育つ傍らで、彼らをまた、愛おしく思う瞬間がある。
打ち消しあうことなく一緒に育っていくそれらのうち、愛おしさの方を見つめていくしかないんだろう。それってそんなに絶望的なことじゃない、多分すごく当たり前のことだ。


「私はあなたが、恐くなんか、ないです」


今のところ。

心の中で付け足して、ゆっくり歩いて彼らに追いつく。間に入って、両手で2人の手をとる。手首をつかまえてから指と指の間に指を滑り込ませて、ぎゅっと握る。佐伯さんはあからさまに体を強張らせ、刃心くんもちょっとあっけにとられたように掴まれた手を見ている。気が向いたままに自然にそうしたのだけれど、そうやって戸惑われると一気に恥ずかしさがこみ上げてきて、私は大股でつんつん歩く。18歳って、恋人関係でない異性と手をつなぐには結構恥ずかしすぎる年齢なんだけど。手をつなぐことなんて何とも思っていない子供みたいなふりをする。拗ねた子供みたいにぶんぶん腕を振ってやる。


「帰りましょう」


熱い冷たい、かさついてる湿ってる。つないだ瞬間には確かに感じたはずの違和感がすっと消えて、思いだせないくらい遠くなる。銃を持っていた手も刀を持っていた手もただ震えていた手も、てのひらから同じになっていく。人と人の関わりだって、きっと多分こんなふうだ。
強ばっていたのがほどけて、どちらのものとは言わずてのひらから笑っているような息づかいが伝わってきて安心した。大股だった歩調をちょっと緩めて、そのぶん手を大きく揺らしながらもう1度、早く帰りましょう、と言ってみる。



Contd.





→後書き。





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