セーラー少女が与えた思わぬインパクトに対し、ラスボスみたいに思っていた組長との邂逅は実にあっけなかった。いちいちイメージ源が2時間ドラマで申し訳ないけど、なんか悪趣味な金の兜とか虎の毛皮とか謎の額縁が飾られた社長室みたいな部屋で、見た目だけはやり手の実業家風なのに目だけ異様に鋭い人物が革張りのソファに――……みたいな、私の思う組長像に比べて、実物組長はなんだかくたびれきっていた。組長氏は仲間を呼んだり武器を出したり逃げたりしなかった。呼ぶ人も逃げる場所もなかったのかもしれない。佐伯さんは警察に1本電話をして、マル暴ってやつ? 組長氏よりよっぽど威圧感ある警察、と軽く言葉を交わしてバトンタッチ、帰路についた。


行き道はさりげなく歩調を合わせてくれていた2人も、疲れているのか結構すたすた自分の歩幅で歩いてしまう。それに追いつくため全力疾走で疲れ切った足に鞭打つ。何を考えていいかよくわからない。考えすぎると足が止まるから、考えない方がいいのかもしれないけど。


さっきから情緒が変だ。ずうんと落ち込んでる、というわけじゃないけど。めくるめく、とかめまぐるしい、とかそういう言葉が似合う感じ。
初めて、目の前で人が傷つけられて呻いているのを見たし。初めて銃や刀が、存在意義どおりの使われ方をされるのも見たし。命の危機を救われておいて、「触らないでアナタ超能力者でしょう」発言を聞いたし。自分もちょっとショック状態、なんだけど、何に対してショックを受けているのか、よくわからない。彼らの姿が脳裏に映っては去り、浮かんでは消え、なんかもう、なんだろう。モヤモヤした感じがあるけど、何をどう解消していいやら。くらくらする。つむじあたりに降る、強すぎてる日差しのせいかもしれない。真上よりはちょっと傾いたところにある太陽を、手でひさしを作って見た。もうとっくに昼過ぎかと思っていたが、腕時計に目を落とすと11時になったばかりだった。支部を出て2時間ちょっととは思えない。

まぁ、とりあえず言えるのはアレ、私の初仕事。迷惑だけかけて、エンド。


「ああ。そういえば腕。大丈夫ですか」


と佐伯さんが言って、腕? と自分の両腕を見た。何ともない。


「軽く裂いただけだ」


刃心くんが答えて初めて、私に向けた問いではないと気づいた。刃心くんのパーカーの袖が破れているのにも。いつから……と考えて、私に覆いかぶさったときだ、と思い当たるとすっと体温が下がったみたいな気がした。息をのむ気配を感じたのか、彼は振り返った。俺の手抜かりだ、と言ったのは私を安心させるためかと思ったが、やはり背後から斬り倒すべきだった、と言うときの目には本物の悔いがうかがえた。彼が感情を表に出すのは思えばそれが初めてだったが、それどころではなかった。


「びょ、病院行く? 行こう」

「そこまで大袈裟な傷ではない」

「バンソウコウは? いる? 貼る?」

「そこまで軽くもない。落ち着け」

「絆創膏持ってきたんですか」

「はい、あの、何かの役に立つかと思って。靴ずれとか」

「遠足みたいですね」


気軽さを責められたのかと思ったが、佐伯さんは口元に手をやって笑った。それで話は終わったように、2人はまた背を向けて歩き出す。私も慌ててそれを追って、2、3歩ふらふら歩いて、もうそれで無理だった。足が、靴が1歩ごとに重い。
だってもう。一番のモヤモヤの正体わかっちゃった。

私、迷惑どころじゃないよ。

ごめんなさい、と喉から絞りだすと彼らは立ち止まってまた振り向いた。目を見られなくて、視線から逃げるように下を向いて、何度か息を吸う。行き道の誰もまだ吸ってないみたいな空気と違って、もう埃っぽくむわっと温い空気。まだ午前なのに。


「私、やっぱり、ついてこなきゃよかった」

「だから、気に病むなと」

「でも、ついてこなかったら、怪我せずにすんだし、」


あんなこと、言われずにすんだし。

とは言わなかったけど、正直それが、一番大きい。

私は、さっき言ったとおり初めてのことばかりだったし、「超能力者ってそんなに有名だったの?」という疑問が先に立ったけど。彼らには、きっと純粋に彼女の言葉が突き刺さった、と、思う。銃より刃より恐くて、みんな使えるもの。言葉。視線。拒絶。
縛られた女の子を助けちゃいけないとは今でも思わないし、彼女を見て彼女が超能力者嫌い(?)だと見抜けというのも無茶な話だ。でも、謝らずにいられない。私がいなきゃ。あんなこと言われずにすんだ。
佐伯さんはふっと息をこぼすように笑った。


「ごめんなさい、やっぱり辞めさせて下さい……だと思っていました」


と言うので私は首をひねる。なんで私が、やめたがらなくちゃいけないんだろう。足手まといだからやめてくれと言われるならともかく。


「恐かったでしょう」

またそれか。

「そりゃ、最初は、強がりでしたけど……でも恐くないです、だって結局助けてもっらたし、」


ちょっとムキになって言い募る私の言葉を遮って、


「彼らのことではなくて、」


でも最後まで言い切らずに、佐伯さんは目を落とした。意識してだかしないでだか、自分の手を見つめて、ゆるく握ったり開いたりする。
さっきまで鈍い銀色の銃を握っていた手。
と思うと、彼が濁した言葉はおのずと理解できた。

それはつまり、あなたたちのことが恐かったかって、ことですか。





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