銃声とともに、びくっと体が跳ねた。体のどこにも痛みはない。焼けるような熱、みたいなのもいつまでたっても感じられない。生温かい血がどろりと溢れる気配もない……代わりに、柔らかな、人肌みたいな温度に包まれている気がした。もしかして、もう、死んだのかな。真剣にそう思った。火薬の匂いが空気に紛れ、溶けていくのを感じながら、恐る恐る目を開けた。

 
「大丈夫か」


膝立ちになった私に、刃心くんが覆いかぶさっている。
体を起こしながらの言葉は相変わらず淡々としていて、気遣わしげな色はなかった。自分がかばったのだから大丈夫なのはわかっているが、ここでかけるのに1番適切な言葉だから、かける。そんな声。言葉に何の感情もこもっていなくても、こちらに向けてくれる目はどこまでも穏やかで、鼻がつんと痛くなった。助かったんだ、私。気が緩んで、だらだら涙が出てきそうで、


「だ、だいじょぶ」


と言った声は完全にベソッかきだった。彼が私の頭に手をのせる。やはり感情は読み取れない、でも優しい手つきで、ぽんぽん頭を叩く。ずびずび鼻をすすって、なんとか、大丈夫、と普通の声で言う。


刃心くんが私の上からどいてもまだ、彫物男は呆気にとられたように、自分の手の銃と、自分の股間とを何度も見比べる。刃心くん、股抜いてこの部屋に滑り込んだのか。確かに小柄だけど、並みの運動神経じゃない、と思っていると、彫物男の表情が凍りついた。そのまま、油が足りてないみたいなぎこちなさで首をひねり、自分の背後を見ようとする。正確には、自分の背後に立っている人を。立って、自分の後ろ頭に銃を押し当てている人を。


「動くなよ」


氷のような声で、制されるまでは。


「探しました」


命を握っていながら、佐伯さんの視線は彫物男をスルーして、まっすぐ私に注がれている。ごめんなさい、蚊の鳴くような声で謝ると、いえ、こちらの不注意もありますから、と返される。一応銃を持ったヤクザを挟んでの穏やかな再会。


「ま、待ちいや、撃たへんやろ、自分ら警察やろ」

「警察ではないのでね。手が滑っても始末書で済みます」


どうしますか、言いながら、カラカラ弾倉を回して聴かせる。佐伯さんの銃はかなり大振りで鈍い銀色をしている。もちろん種類とか全然わからないけど。刑事ドラマに出てくる、黒い拳銃とはなんとなく様相が違う。彫物男が銃を床に落とし、腕を頭の両脇に上げると、彼は微かに蔑むように笑った。


「自分が向けられたくないものを、人に向けるものではないですよ……組長は?」

「4階……大会議室の、奥」

「大した忠誠心だ。行け」


銃を突き付けていた腕を下ろすと、男はじりじり数歩後ずさった。部屋の中のセーラー少女をちらりと見、刃心くんの腰の刀に目をぎょっと大きくして、後はもう振り向きもせず部屋から走り去った。追うか、と刃心くんが尋ね、佐伯さんは首を横に振ってみせる。疲れたようにぼそりと、結構です、と呟く。


「また会うこともあるでしょう……どうせやすやす足を洗える世界でもない」


向こうもこちらも。
独り言のように付け足した言葉が私には気にかかったが、刃心くんは軽く頷いてまた無言に戻った。自分から何かすることはないが、命じられたことは完遂する。忠実な猟犬のようだ。


「そちらは……?」


控えめに語尾を上げた佐伯さんの台詞に我に返る。この女の子を知らないということは、やっぱり彼らの真の目的が彼女だ、ということもないらしい。セーラー少女はまだ混乱の内にあるのか、大きく目を見開いている。顔が青白く、強張っている。恐怖が遅れてきたのか、さっきまでは死の淵にいる実感がわかなかったのか、むしろ今の方が怯えているようにさえ見える。


「あ、えとね、もう大丈夫だよ。この人たちは、味方」


さて彼女をどう紹介したものか、と思いながら、とりあえず彼女の肩を叩いて微笑んでみせる。彼女に自らの身上を説明させるのは酷だろうか、やっぱり。大変なショック状態だし。それを思うと立ち直るの早いな、私。


「えー、彼女は、お父さんの……うーん」


説明しようとしたけどよく考えたら私だって知らない。困り果てて彼女と佐伯さんの顔を見かわしていると、何か悟ってくれたのか、佐伯さんは軽く頷いて、まぁいいです、と言った。そのまま流れるように彼女の側に膝をついて手を差し出す。その仕草のあまりの自然さに驚いた。容姿が容姿だけにもう、どこぞの騎士様か王子様かという。いや、大体私のせいでこうなっているのを思うと不謹慎だけど、こんな状況じゃなきゃ私だって差し伸べられてみたい手……を、


「寄らないで」


彼女は振り払った。





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