「ほうか、こっちが目的やったか」


逆光で表情はよく見えないが、入ってきた男がにぃやり笑ったのは声に表れている。

目的? この子を助け出すことが? 違う……と思う、けど、言わなかった。偶然見つけただけで、本来の目的は組員の検挙で、などと言ったところで事態が好転するとも思えない。
セーラー少女が、部屋の真ん中まで後ずさった私の背中にぴたっとはりつく。震える手でTシャツの背中の部分を掴む。浅い、速い呼吸と速い鼓動とを感じる。もしかしたら彼女は、こんなところに乗り込んでくるぐらいだから、私に彼らに対抗する手立てがあると思っているんだろうか。残念ながら見当外れだ。戦う術を持っている人とははぐれてしまった。私はあなたと同じ無力な小娘。

白い半袖シャツから、けばけばしい彫物を施した腕が突き出ている。それだけでチンピラより格上な感じがするのに、腕の先には黒光りする拳銃が。構えられている。私たちの方を、向いている。ぐちゃぐちゃの頭で、律に教わった護身の心得を思い出そうとした。虚を突いた攻撃。弱そうな1人を狙う。意外性のある武器……無理だ。私が何するより、向こうが引き金にかけた指1本動かすのが早いに決まってる!


申し開きも抵抗も思いつかないなら、もう、覚悟を決めるしかないんだろうか。

死ぬ。

死ぬの? 私? 頭で考えると、ぐわっっ、と血管が逆流したような感じがした。嫌だ。死ぬの。当たり前だ。でも。ここに就職したのも、佐伯さんが止めるのにここについてきたのも、彼らとはぐれたのも、この子を助けたのも、自分で決めたことで自分のせいで。誰も恨まないで死ねるのなら、もしかして、いいのかな。もう、恐怖が臨界点で。頭が麻痺してるのかもしれない。
セーラー少女が、また私のTシャツの背中の部分をぎゅうう、と握りしめる。この子をどうにかできないことだけ、心残りだ。嘘。だけなわけないじゃない。家族にも友達にも会ってないし、やりたいことだってあったし――…………妙に潔い諦めと、泣き叫んで誰かにどうにかしてほしい気持ちとが、ぐわんぐわん入れ替わる。その底に、何があっても自分だけは死ぬはずがないという確信――何の根拠もない、でもきっとみんな死ぬ直前まで持っている確信――がこの期に及んでまだあった。


彫物男はゆっくり、見せつけるように腕を上げる。銃口を直視していられなくなって、固く目をつぶる。目尻に熱い涙が浮かんだ。もうどっちのものだかわからない心臓の音がどっくんどっくんうるさくて、でもそれさえかき消すようにがんがんという音が頭の中で響く。バケツをかぶせた頭を叩かれているみたいな音。こういうのを警鐘って言うんだろうか。警鐘ならもっと、彫物男が部屋に来るまでに鳴ってくれなきゃ意味がないんじゃないか。本体がダメならセンサーもダメなんて、もう、全然笑えない。笑えないよ。


幻聴と拍動。固く閉ざして真っ暗な視界に響く二重奏――を裂くように、お腹に響く現実の銃声がして、同時に何かに薙ぎ倒されるようにして膝をついた。





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