薄暗い足元に目をやって、一瞬鏡でも置いてあるのかと思った。知らない学校のセーラー服を着ていたし、私よりまだ幼いようにも見えたけど、浮かべている表情は多分私とそっくり同じだったから。
暴力団の事務所に若い女がいる理由がわからないのか、セーラー少女は目を見開いて瞬かせる。私の一般人オーラに警戒をゆるめてくれたらしく、彼女の目のは怯えから戸惑いへと、ゆるゆる色を変える。あなた、だれですか、ともう1度か細い声で問われ、言葉に詰まった。


「えと、何て言うのかな……とにかくここの人じゃないです。あなたの敵じゃない」


いや、私も私がどういう立場でなぜここにいるのかは説明できないしね。よく考えたら。

さすがに超能力対策機関とか言えないし、言っても混乱を招くだけだし、と内心どう言っていいものやら困り果てたが、彼女は私が佐川組でないだけで安堵したようだった。そうですか、と言う頬が埃に汚れている。そもそもなぜこんなに低い位置に彼女の顔があるのかと考えると、セーラー少女が手足を縛って転がされているからだった。


「すぐ、ほどくからね」


彼女の側に膝をつく。明らかに勝手な行動だ、とちょっと思ったけど、暴力団事務所に拘束監禁されている女の子を助けていけない理由なんかないだろう。これで叱られるような職場ならやめてやる。
彼女の手足には、ロープや手錠じゃなく布テープが雑にぐるぐる巻きつけられていた。はがすのに時間がかかる。皮膚にくっついてるぶんを剥がす度、小さな悲鳴が漏れる。汗と埃の匂いの底に、香水のようなシャンプーのような匂いがして切なくなった。普通に中学とか高校とか通ってた子なんだ、と思うと胸が痛い。


「あなたは、どうしてこんなところにいるの? 無理矢理、だよね?」

「……お、お父さん、が……」

「あー、うん、いいよ。ごめんね」


彼女が言いにくそうにしたのと、ちょうど手のテープが一段落したのとで話を曖昧にする。足のテープは靴下の上からだったので、引っ張って緩めてから靴下ごと脱いでもらった。お父さんが、ということは、サラ金とか倒産とか連帯保証人とか、なんか詳細はわかんないけどそういう話だろうか。ますます2時間ドラマの世界だ。


「すぐ、助けを呼ぶからね」


さっきまで私も狂乱と絶望のどん底だったのに、もっとか弱い、つらい思いをしてる娘を見ると、しっかりしなきゃ、という気になる。単純だ。でも、守るべきもの、って、そういうものだ。

ショルダーから自分の携帯電話を出した。ドア付近に歩み寄って、廊下からの明かりでボタンを操作する。当然、あれだけ言い含められた佐伯さんの番号は短縮に入れている……が、いざダイヤルしようとして、手が止まった。
もしかしたら彼らもこんなふうに空き部屋に身を潜めているかもしれない。もしかしたら、斬り合い撃ち合いの真っ只中かもしれない。そんなときに、私のコール音のせいで見つかってしまったら? バイブレーションで一瞬気がそれたら? そんな想像が指を固まらせる。横顔に彼女の視線を感じる。どうしよう。どうしよう……迷う、手元が陰った。はっと顔を上げた。携帯に集中するあまり、気づかなかった、廊下からの光を遮るほどに近づいていた人影に。


佐伯さん? 刃心くん?


甘すぎる希望は、ドアの光の中に浮かび上がる坊主頭のシルエットで絶たれた。





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