遠く見えた。

などと悠長なことを言っている場合ではなかったのである。実際背中は遠かったわけで、私はまた考え事をしているうちに、言うのも恐ろしくて躊躇うのだが、彼らとはぐれてしまった。ようなので。あった。

このビル、もともと何の建物だったのかわからないが、結構広い。貸会議室の集まり、みたいな? 最初こそ、来た道のように角1つぶん遅れているだけで、角を曲がれば前にいるはずだと早足で角を曲がった。やがて早足がほとんど駆け足になっても2人が見つからないことを認めると、背中を一気に絶望感が駆け上った。今すぐ叫び声をあげるなりめちゃくちゃに走るなりしないといてもたってもいられない、そんな衝動が突き上がってきて、なんとか叫ぶのだけはこらえた。代わりに全力で走り出した。

彼らだって私がついてきていないことには気づいているだろう。だから下手に動かないで、ここで待っている方が多分いい。バタバタ走って足音で見つからないとも限らない。頭ではわかっているのに、足が止まらない。ちょっと速度を落としたら、そこら中のドアから一斉に柄シャツやら白スーツやらの、私の思うヤクザが出てきてこちらに銃口を向けてきそうで。ゲーセンのガンシューティングみたいな想像が頭から離れなくて。角を見つけたら何も考えずに曲がった。階段は何も考えずに感じるままに上ったり下りたりした。佐伯さんと刃心くんが見つからないなら、ここに入ってきた玄関が見つかるだけでいい、のに、めちゃくちゃに上り下りしたせいで自分が何階にいるのかもわからない。どうしよう。泣きそうだ。泣きたい。頭がぐるんぐるんする、熱い。悪夢の中にいるみたいだ。

頭は、脱線するまで止まらない暴走機関車みたいになっていても、体はそんな運動を長いことできるようになっていない。こんな全力疾走したの、何年ぶりかわからないくらいなんだから。ふくらはぎの筋から、つる寸前みたいにピキッと嫌な音がする。私はやっと立ち止まった。立ち止まった瞬間に酸欠で景色が歪む。自分がぜぇぜぇ言う音が耳元に聞こえる。食道だの気管だのにヘドロが詰まってるみたいで、吐き気と圧迫感にさらに喘ぐ。完全に立ち止まるのは恐くて、壁に手をついてのろのろ歩いた。忍者のように壁に背中をつける姿勢に変えたとき、はたと気づいた。


携帯電話。
最近同じような反省をしたというのに、今の今まで思いつきもしなかったのだからパニックは恐い。見通しのいい廊下につっ立って電話するのはマズそうなので、身を潜ませることのできる部屋を探す。忍者ポーズのままじりじり歩くうちにドアが開いた部屋を見つけ、中をうかがった。電気はついていない。段ボールやら紙の束、脚立にスチールラックなんかが、壁が見えないほどに立てかけられ、真ん中の丸い空間にパイプ椅子が1つ置いてある。今さっきまで誰かが座っていたような椅子に、この人も佐伯さんと刃心くんのところへ行ったんだろうか、と一瞬彼らの身を案じた。
いやでも、今はとりあえず落ち合わないと。その部屋へしゅるっと体を滑り込ませた瞬間、物陰で何か動いた。


「誰っ」


反射的に入ろうとしていた室内に背を向け、脱兎のごとく走りださんとして、足を止める。だれっ、と言う鋭い声が頭の中で反響していた。まだ逃走に備えて勢いづく足を、止めて、室内を振り向く。だってその声は、とても佐川組構成員のものと思えなかったから。細くて、震えていて、ともすると私よりもずっと怯えているようにさえ聴こえる、


「だれ……?」


若い女の子の声。





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