左手、塀の飾り穴から茎をひゅうと伸ばした早咲きのバラが、レモン色の花を咲かしている。右手にはピンクの花をつけたキョウチクトウが等間隔に並んでいる。並木の向こうの道路にほとんど往来はなく、ごくたまに会社名を印刷した白いセダンが私たちを追い越してゆく。若芽の青い匂いと排気ガスの埃っぽい匂いが混じった空気は不思議と甘い。いい天気だ。田舎町のありふれた春の風景。求職中は、辺りがのどかに春めくほど気がふさいだものだが、正直今も晴れやかな気分だとは言い難い。


今、私たち、佐伯さんと刃心くんと私は、「佐川組」が拠点としているビルに向かっている。


「佐川組」。どうですか皆さん。どうにもヤのつく人々の気配を感じるのは私だけですか。いや、私だけであってほしいよ、今回に限っては。違うよね? ○○組=暴力団みたいな発想がおかしいんだよね? そうだと言ってくれ。
そうだよ、建築業者とかなんかそういうのだよ、と思おうとするが、それなら「佐川組の事務所」とかそういう言い方をしそうなもので、「拠点」って言ってる時点でなんかきな臭い感じが。しかも何歩か前を行く佐伯さんはさっきから暴力団の主な収入源についての雑学を披露しており、何のきっかけもなく始めるような話ではないということから考えると気配はもはや疑いようがなくなってくる。

便利屋みたいな仕事って言ったじゃん! ヤクザが便利屋に何頼んでくるっていうの! おんどれうちのペンキ塗りかえんかいや、と電話をかけてくる白いスーツの男を想像してみた。んなアホな。


「そ、その、佐川組とやらから、ご依頼が?」

「いや、むしろ逆です。警察からです。いろいろと見逃してもらう代わりに、安価かつ秘密裏に行使できる武力として使われる。はっきり契約したわけではありませんが、長いことそうなっています」


警察。いろいろと見逃す。武力。
聞いちゃいけない単語を聞いた気がしたし、様々な疑問が渦巻いた気がしたが、そのどれも、言葉にしようとすればまた渦に消えた。本当に、今までぼやっとさせてきたことが、身近(……でもないけど。超能力うんぬんに比べれば身近だ)な言葉によって形をとり始めた気がした。今までだらりと寝そべっていた黒い影が起き上がり、こちらに覆いかぶさってくるような。

例えばこういうのも、「いろいろと見逃す」の一環なのかな。
思わず、大きなあくびをしている刃心くんの腰、今日もきちんと提げている二振りの刀――を見つめる私に、佐伯さんはやんわり笑う。


「ええ。“見逃して”もらっています」


この人まで読心術を!
と思ったがこれは私の視線があからさまだったせいだろう。佐伯さんも今日は、工具箱のようなアタッシェケースのような……楽器ケース? のようなものを手に提げている。でも中身はバイオリンだとかクラリネットだとかそんな穏やかなものではない、ことは、なんとなく本能が察してしまっている。本当に、今日、何しに行くの?


「超能力対策機関、の、手を借りてたんですか……警察。知らなかった」

「さすがに超能力対策機関とは名乗っていませんがね。詳しい設定は考えていないので、深く突っ込まれたらいろいろと困るんですが、今のところその気配もない。利害が一致して、それなりに言うこともきくならどんな団体でもいいようです」


ちょっと不安になるくらいの平和ボケですね、おかげで仕事させてもらえるんですが。

と言う口調は実に他人事らしかった。それはいわゆる世情への無関心だの、現実感の希薄さだので片づけられるものではなく、彼の中にもっと個人的でもっと暗い、気にかけるべきことがあるからのように聞こえた。それは何も彼だけにじゃなく、佐伯さんの隣であくびを絶やさない刃心くんにも言えることだし、今頃支部で留守番をしている律や神崎さんにだって言える。

彼らは確かに好きな食べ物の話も昨日観たテレビの話もする。最後に飲んだ人がお茶を作ってないだの、洗面台の使い方が汚いだのでケンカしたりもする。でも。たまに彼らを、遠く感じることがあるのは。おそらく超能力関連の意味不明な単語を交わすからじゃなく、多分彼らの心とか過去とかそういうものに根差す何かのせいなのだ。と思う。生まれてこのかた、人に話せない悩みも、焼き付いて離れない感情も、抱いたことがないお気楽な私には、きっとずっとわからない――……


「どうしました」

「えっ、いえ、すみません」


軽く首を振り、小走りで彼らに追いつく。いかん。こんな答えのないことを今考えたって仕方がない。深い考え事をすると足が止まってしまうようなので、彼らの後ろ姿は兄弟みたいだなぁ、とどうでもいいことを考える。佐伯さんと刃心くん。整えすぎにも放ったらかしすぎにも見えない程度に伸びた襟足とか、まっすぐな背筋とか、大股だけれどときどき立ち止まって追いつくのを待ってくれる歩き方とかが結構似ている。角を曲がるとき、刃心くんが腰にぶら下げた鞘の先ががりっと鳴った。この人はいつも携えている割にあんまり刀を大切にしてない。命を預けるものなのに。命?


待て、警察から、ということはつまり、佐川組と敵対しに行くの? コレで?


そう考えるとまた一瞬足が止まった。今度こそ、どうしました、と言われても、しばらく歩き出せなかった。





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