来客用のソファの片方では人が寝ているし片方では人が口喧嘩している、となると来客の立場がない。仕方なく壁際に後ずさって、ぼんやりと支部内を見回した。疲れたっていうわけじゃないけど……いややっぱ疲れたのかな。皆さん個性的というかマイペースというか我が強いというか、全部というか、とにかく私の来訪なんて気に留めてなかったのもなんか頷ける。支部員たる彼らは彼らの世界を生きている感じがする。


「ちょっと変わった人ばかりですけど」


窓にもたれかかる私に付き合うように、佐伯さんが隣にもたれる。向かい合っていたときは気づかなかったけれど、かなり背が高い。私の頭が彼の肘くらい。続く言葉はわかる気がした。



「悪い人ではない、んですね」

「……ええ。そうなんです」


彼がこの支部の中を、こうも愛しげに見るからには、そうなのだろう。
単純に大切な場所なのだろう。いろんな部下がいても、というかいるからこそ。そんな大切な場所にあっさり、かどうかはわからないが、ともかく入れてもらったことにちょっとした責任のようなものを感じた。具体的にどうしていいかわからないのがいかにも私らしいが、しっかり勤めあげねばならない、と思った。長らく空っぽだったような胸に、心地よい重みを感じた。


「あ、私、履歴書もお渡ししてない……すみません、今更……ですけど……」


鞄から取り出した履歴書を、腕を突っ張って賞状のようにわたす。あ、いえいえ、これはどうも、と言いながら彼も丁寧に受け取ってくれる。学歴・資格欄の白さがお恥ずかしい。なにせ仕事内容がわからなかったので志望動機も適当極まりなく、できればじっくり見ないでほしい、という祈りが届いたかのように、写真や住所、電話番号だけ確認して、彼はデスクの引き出しにしまった。


「こちらこそお茶もお出ししませんでしたね。すみません」


普通面接にお茶は出るとこのが珍しいですから。もう「普通」が通る場所じゃないのもわかったけど。


「それも私の仕事ですね、これからは」

「え?」

「お茶くみです」


頑張ってお茶入れますね、と言うとちょっと目を大きくして見られた。特に深い考えもなく言った台詞なだけに、そんな感心したような顔をされると気が引ける。
窓から入る強すぎる日差しが、床のタイルの上にくっきりしたコントラストをつくっている。窓を磨かないといけない、と思った。そうなるとよけい光が入るのだし、ブラインドを買わないと、とも思った。私は行動を起こすまでがとても遅いが、1度腰を上げたらどんなこともかなり一生懸命やる方だった。文化祭準備とかで1番鬱陶しいタイプ。


「……いいんでしょうか、とめなくて」


律と神崎さんのいさかいはそろそろつかみ合いに発展しそうな雰囲気をかもし出している。もっとも手が出そうなのは片方だけなのでつかみ「合い」とは言えないかもしれないが、そんなことはいいとして、彼女にはスチールの机をへこませた前科があり今彼女の目の前にあるローテーブルは木製である。


「2人ともいい大人ですから。犬も食わない痴話喧嘩というやつで」


痴話喧嘩? と思っているとぴったり同じタイミングで2人が首をこちらに向け痴話喧嘩? と言うので笑ってしまう。痴話喧嘩というのもあながち間違ってないのかな、と思った。あの2人そういう感じなのか。そう言われると割と激しい口喧嘩もじゃれ合いに見えてこなくもない。こういうカップル高校にもいたなぁ、と懐かしんでいると、佐伯さんは若干言いにくそうに口を開く。


「鴻上さんのことなんですが」

「はい?」

「だからどうしろというわけでもなく……とりあえず知っておいていただきたいんですが」

「……? はい」

「いや、彼本人は別に気にしないと思うので……私が言うのもどうかというか、敬語でしゃべれとかそういうことではないんですが、」


敬語でしゃべれ? 果てしなく要領を得ない。言いにくいことにとことん歯切れが悪いのが佐伯さんの特性らしい。敬語でしゃべれというわけでもない……あ、もしかして刃心くん、ここの偉い人の息子さんだったりするんだろうか。ここが実家だから、中学だか高校だかのときから手伝ってるとか。名推理。


「彼は貴方より年上なんです」

「……え?」

「神崎さん中山さんよりも上ですよ。今年で24? かな? そのくらいだったと」


迷推理であった。

ていうかにじゅうよんって! 24!? どんだけベビーフェイス!

こういうのって後で聞くほど修正がきかなくなるじゃないですか、と言われたがもちろんすでに手遅れだ。彼はもう鴻上少年として記録されてしまったし、すでにタメ口きいて刃心くん呼ばわりしてしまった。どうしたものかと思ってソファを見ても、当人は少年にしか見えない寝顔で安らかな寝息をたてるばかりだ。今からでも鴻上さんって呼ぶべきなの、と思ったが、「彼本人は別に気にしないと思うので」の言葉を信じるしかなかった。

こうしてここの人のことや関係のことを知っていく。自分もここの人になっていく。ここを居場所と呼び、ここを愛しく思える人になる。
途方もないことのように思えて、ふう、と1つ大きく息をつく。ついてみて初めて、今まで自分が息をつめていたことに気づく。息を止めるほど緊張していた、そう思うとぽかんとしてしまう。笑いが遅れてこみあげてくる。

どんな凡庸な仕事でも受け入れねばならない、と決意した矢先にこれだ、超能力だ。まったくどうなっているのだ。
人生は思いどおりにならない。誰も責任を取らないし説明もしてくれない。だからせめて人は思いどおりに生きていいし、生きなきゃいけない。どうせ学歴も資格もないニートの小娘だ。何も持ってない、何も失わない、だったら何も怖くない。
ヤケとかやぶれかぶれとか言ってしまえばそれまでの、でもヤケよりはポジティブなものだと信じたいような感情が胸に突き上げる。耐え切れず肩を揺らして笑うと、佐伯さんが不審げな顔をする。


「仕事、頑張ろうと思って」


納得できていない顔で、それでもとりあえず、そうですか、と頷く彼はいい人だ。


「じゃあ気合も入ったところで、最初の仕事を。それ終わったら直帰でいいです」

「ベスト……?」

「直接、ご帰宅で」

「そ、そうですよね。で、お仕事とは」

「岸本さんが見たビラ、剥がしておいて下さい」


もういらないので。
そう言ってついと横を向く彼は、なんとなく嬉しそうにも、照れているように見えた。
はい。
答えるとどの面接でも出せたことのないような気持ちのよい声が出て、自分で驚いた。

日本支部の入口の方を向いた。ドアの形に光が切り取られている。四角い光の中を、埃がきらきら舞っている。光の方へ、歩いて行く。






Contd.



→後書き





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