「今日はもうお帰りになりますか。その格好、疲れるでしょう」

「あっいやっ、全然そんなことないです」


パーテーションの向こうから、自分の席に帰ってしまった佐伯さんの声だけが届く。私が勝負服たるリクルートスーツ姿であるのに対し、彼は上こそシャツにジャケットだったが下は薄青いジーンズだった気がする。
思い出した途端に自分がものすごく場違いな格好をしてきたような気分になった。面接なのだからスーツで行くのが当然なのだが、駅にパーティードレスを着て行ったみたいな羞恥が。見目麗しい人というのは、傍にいるだけでこちらがとても滑稽なことをしているみたいな錯覚をおこさせるものだ。
明日からはラフな服で大丈夫なので、と言う声には、悄然としてハイと返した。どのあたりのラフさまでOKなのだろう。その辺のマニュアルとか勤務形態とか様々な職務規定をまったく知らない、そういえば。


「すみません、雇用契約書一式は取り寄せるのでちょっと後になりそうです」


引き出しを探るような音の後、申し訳なげな声がした。いや全然大丈夫です、と返した後、微妙な沈黙が流れた。

こ、これもしかして「じゃあ今日は帰ります」が正解だったパターンじゃないか。

いてもやることはないが、だからといってやっぱり帰りますとも言いづらい。こっちが帰りますと言いづらければあっちも帰って下さいとは言いづらいようで、室内に妙な緊張感が漂う。佐伯さんが椅子に座ったらしい、ギイ、という音が妙に響く。初対面・2人きり・中途半端にがらんと広い無機質な屋内……という限られた条件が作り出すこの奇跡の気まずさ!


「鴻上さんにはお会いになったんですね」


無理に声を明るくしたような(すまない)佐伯さんの声がする。コウガミ? コウガミ……


「ああ、」



帯刀少年。確かに佐伯さんが「コウガミさん」と呼んでいた。しかしあのインパクトある出会いを忘れさせるとは、セカンドインパクト「超能力」恐るべしである。


「え、ああ、あの、彼ですね」


「あの」のところで腰に何か提げるジェスチャーをしたのだが、当然佐伯さんには見えていない。ここの人が彼の帯刀についてどう思っているのか、触れていい話題なのかさりげなく探るチャンスだったのに。


「ええ、あの、彼です。今日珍しく支部員が全員揃っていますから……紹介するいい機会ですね」

「あ、そうなんですね! じゃあ残ってよかったです! ちなみに全部で何人……?」

「私と鴻上さんと、岸本さんがまだ会ってない人が2人います。全部で4人。貴方で5人」


よ、よにん。お、おぼえやすーい。


「2人もそろそろ帰るかと……あ、片方は女の人ですから、仲良くできるかもしれませんよ」


帯刀少年ことコウガミくんにも「会った」と言えるのかは微妙だ、とか、ていうか4人なのに全員揃うのが珍しいって、とか。まだ見ぬあと2人に思いをはせる暇もなくドアが開いた。何か一言足してより詳しく言うならば、嵐のように、ドアが開いた。





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