act.i ノスタルジックメモリー | ナノ

act.i


「おとーさん?おかーさん?」

車の残骸が転がる道路の中心で少女が自分の両親を探して声を上げている。
そして自分の父であろう腕が見えた。慌てて駆け寄り膝をつく。

「おとー、さん?」

手を握っても反応はない。暖かいのに。
少女は眠っているだけだと思い、今度は母を探す。

「おかーさん?…おかーさん?」

父と一緒で眠っているかもしれない、と足元を見て母を探していた少女は突然現れた影に自分の母かと思い顔を上げる。
しかし見えたのは自分の母ではない、歳若い女性だった。
女性の真っ黒な、烏のような髪と真っ赤な、血のような色の瞳に少女は少し魅入る。

「…迷子か?」

少女はあわてて首を横にふる。
父はいた。母が迷子なのである。
そう言って父が寝ている場所を指差す。

「…そうか」

女性は少女の頭を撫で、なんとも言えない表情をした。そして女性は少女と視線を合わせるようにしゃがむ。

「君の名前は何だい?」
「知らない人に名前を教えちゃいけないって言われてる」
「しっかりしてるなぁ。私は−−−−、偶然居合わせた通行人Aだよ」
「ふーん。わたしは間宮セイハだよ」

女性の名前の部分だけノイズが入る。
そしてもう一度少女の頭を撫で、立ち上がった。

「儘ならないなぁ」

難しい言葉に首を傾ける。

「おかーさんがどこにいるか知ってる?」
「知らないや」
「そっか、わたし、おかーさんを探さなきゃ」

女性の横をすり抜けて走り出す。

早く探さないといけないと思った。
そうしなければいけないと使命感に駆られた。
たくさん走った。子供の体力なんてたかが知れているが、ひたすらに走って、声が枯れるまで母を呼びつづけた。

「おかーさん」

走り疲れてしゃがみ込んだ少女の隣に女性が立つ。

「満足した?」

ふるふると首を横にふる。

「そうか」

何度も繰り返した。
何度転んでも、何度疲れ果てても、何度声が枯れても、痛みが引けば走り、体力が戻れば走り、声が少しでも出るようになれば叫んだ。

でも、母には会えなかった。

少女が止まるたび、女性は満足したかと聞いた。でも、少女は決して首を縦にはふらなかった。

「なんで、おねーさんは一緒にいてくれるの?」
「…さぁね」

女性は口数が多いわけではなかった。でも、話す相手がいる事はどこか心強かった。

「まだ走るか?」
「…もう、最後にする」
「…そうか」

少女は気づいていた。父はもう息絶えている事を。母はこの世界にいないであろう事を。

それでも少女は走った。最後だと思いながら、希望の残りカスを抱えて。

だがやはり母は見つからなかった。
落ち込みながら少女は女性に手を引かれて歩く。

「…どこいくの?」
「…そうだな、君が、幸せになるために必要な場所、かな」
「わたし、幸せになれるの?」
「誰だって幸せになる資格はあるって、私は思ってるよ」

そう言った女性は、どこか苦しそうな表情をしていた。

「おねーさん?」

声をかけたが返事はなかった。

少女が歩き疲れた頃、ようやく女性は足を止め、そしてぽつりと呟く。

「…うん、そうだよなぁ」

女性の言葉を理解できず、首を傾けながらも少女は女性の隣に並ぶように立ち、足を揃えた。
目の前にあるのは真っ白な扉。
不安になって女性の手を両手で掴んだ。
しかし、女性はやんわりとそれを外し、少女の視線に合わせてしゃがんだ。初めて会ったあの時のように。
そして優しく少女の両手を母のように柔らかい掌とは違う、女性にしては硬い掌で包んだ。

「君はこの先に一人で行かないといけない」
「え…、や、やだよ!おねーさんも一緒に行こう!!一人は嫌!!」

少女は女性の手を振り払い、女性の首に腕を回して抱きついた。女性は少女の勢いにバランスを崩し掛けるが踏み止まり、支える。そして宥めるように頭を撫でた。

「一人で走り続けられただろうが」
「おねーさんも一緒にいたもん!」
「転んでも泣かなかったな」
「おねーさんがいじめるから!」
「声が出なくても自分で考えて声以外で伝えてくれたな」
「おねーさんが…おねーさんが…っ」

少女は嗚咽をあげながらいやいや、と女性のコートに顔を擦り付ける。

「お前は、私が居なくてもやっていけるよ」

ぽんぽん、と優しく頭を撫でられた少女は更に鳴き声を酷くする。

「だーっ、泣き止め!この泣き虫!!」

今度は女性が少女を引き剥がし、後ろから抱き込んでからこめかみをグリグリとした。

「い、いだいぃー!!!」
「痛いな!痛いだろうさ!でも!これより痛い思いをしてお前はここまで走ってきた!なら」

グリグリとしていた手を離し、今度はぐしゃぐしゃと力強く頭をかき乱した。それは撫でたとは言い難く、それでなくとも乱れていた少女の髪を更に悲惨なものに変えた。

「まだ前向いて走れんだろ」

とん、と背中を押される。振り返ろうとした少女を女性は叱咤した。

「振り返んな!」

少女は唇をきゅっ、と噛みしめ、目に力を入れる。泣いたらまたからかわれると思ったから。
少女は足を動かすスピードを少しずつ上げた。ゆっくりだった歩調は少しずつ早くなり、いつの間にか走り出していた。扉に手をかけ、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ後ろを振り返る。

見えたのはいつも少女の後ろにいてくれた女性の後ろ姿だった。








むくり、と身体を起こし、目を擦る。予想通り濡れていて思わず溜息をついた。
そのままでは気持ちが悪いと思い、ベッドから足を下ろして洗面台で顔を洗う。
そして鏡を見れば夢の中で見た少女が成長した姿が目に入った。

なら、女性は誰だったのか。

少し考えればわかる。カゲロウデイズの中で一緒に走ってくれた女性。蛇がいなくなった事で思い出し始めた記憶。そして、あの記憶にこびり付いた烏のような黒髪。

やっぱり彼女はいつだって私を守ってくれていた。

「ねぇ、おねーさん、私まだ前を向いて走れてるかな」

スマホのアラームが鳴る。今日は皆と遊園地へ行く約束をしているのだ。遅刻するわけにはいかない。
服を着替え、髪を整え、朝食をとり、歯を磨き、荷物を確認する。最後に靴を履いて忘れ物がないか振り返り、ドアを開けた。

「行ってきます」
【あぁ…気をつけろよ】

思わずまた振り返るがあの後ろ姿はない。
それでも、何か良いことがあるような気がした。

「うん、行ってきます」

もう、少女は振り返らない。




prev/next

[ back to contents ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -