目を開くと微妙な表情をしたカノ。それを見て察する。
「…ごめん、蛇が変なこと言ったでしょう?」
「あー、はは」
曖昧な笑みに溜息をつきたくなる。
「私がアヤノを見捨てたのは事実よ。みんなは私を責める権利があると思っている」
「覚えてるんだ?」
その言葉には首を横に振る。覚えてはいない。でも少し考えればわかることだ。カノの微妙そうな表情、そして蛇がわざわざ私の身体を乗っ取ってまで残った意味。そしてそこまでして話した内容。
アヤノの件だって覚えているわけではない。でも、私がアヤノの、親友の生存方法を考えないわけがない。そこから導き出せるのは、あの時も今回みたいに蛇が私の身体を乗っ取ってアヤノの生存を邪魔した、ということ。
「まあ、蛇がどうしてこんなことしたのかはわからないんだけどね」
「…嫌がらせじゃないの?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
再び溜息をついてカノに背を向ける。
「じゃあ、私はみんなのところに行くから。…また後で」
「まって」
呼び止められて足を止める。
「君にとって姉ちゃんは、楯山アヤノはどんな人間だった?」
責められるのかと思いきや至って単純な質問に笑う。
ざわざわと木の葉が風で揺すられる音が耳に入る。空はあの子が大好きな色に染まっていた。
すぅ、と息を吸い声を出す。
「底抜けにお人好しで、馬鹿な、最っ高の私の親友!!」
あの子がいなくなって初めてこんなに自然に笑えた気がした。
「蛇」
【なんだ】
「何であんなことしたの」
礼拝堂の座席に座り、ステンドグラスを見ながら尋ねる。アヤノの件も、それこそ両親の件だって長いこと疑問に思っていたことだ。
実は私は両親と事故に巻き込まれた時の記憶はない。病院で話を聞いたから知っているのであって実際がどうだったのかは全く覚えていないのだ。
だが、今回メカクシ団と合流したことで少し気持ちが吹っ切れたらしい。
少しの間の後、通路を挟んで隣に座っていた蛇は口を開いた。
【私の本来の役割は物語を正しく進行させることだ。そしてそのためにはお前の選択が邪魔になりそうだった。だから無理やり介入したに過ぎない】
「でもそれだけじゃない」
そう口を出すと不思議そうにその赤い、血のような目をこちらに向けた。
最初はその目が怖かった。
【ほう?】
「私の心を守ろうとしてくれたんでしょう?いつもそうだ。あなたはいつだって私を守ろうとしてくれていたに過ぎない。あの日、両親が死んだことを知って恐怖で何も考えられなくなった時も、アヤノを救えなくて壊れそうになった時も、いつだって守ってくれたのは貴方だった。違う?」
面白そうに笑う蛇に続ける。
「何か私に害があったり、私が耐えきれないと思ったことは全部蛇が肩代わりしてくれたんでしょう?」
怖いと思っていたその目がいつだったか、優しいものだと思う事があった。
「私ね、もう、そんなに弱くないよ」
ゆっくりと目を見開いた後、面白そうにしていた表情が優しい笑みに変わった。
【もう、大丈夫か?】
いつものからかうような声じゃない。ただ、優しく問いかける声。
「うん」
その目がいつだって母のように、姉のように気遣って、見守ってくれていたことを知っている。
その声がいつだって私を励まそうとしていてくれたことを知っている。
一度きゅっと唇を閉じ、少し泣きそうになりながら喉を震わせる。
「私は、」
でも、涙は流さない。必死に口角を上げ、笑みを作る。
「もう、大丈夫。あなたが居なくても私はやっていけるよ。もう、一人で立てるよ。一人で走っていけるよ」
ばりん、と音を立ててステンドグラスが割れる。キラキラと様々な色のガラスがゆっくりと落下していく。そして一緒に壁も、飾られていた花も次々と崩壊を始めた。
【そうか、】
崩れた先に見えたのは青空で、優しい光が降りそそぐ。
【長かったな。これで私も元の場所に帰れるってもんだ】
そう告げる蛇の表情は柔らかい。そして近付いてきたと思ったら痛いくらいの力で頭をかき混ぜてきた。
「いた!痛い!!」
【はははっ】
痛いけど、どこか懐かしい。その懐かしさは声を上げて笑う蛇が珍しすぎて忘れてしまった。思わずあんぐりと口を開けてしまったのは仕方ないと思うんだ。なのに彼女はからかうように私の唇を指で挟んで閉じさせた。
【間抜け面】
「なっ」
【…でかくなったな】
慈しむような表情にいまいち落ち着かず不貞腐れたような声で尋ねてしまった。
「…あなたの名前は?」
【気になるか?】
「そうね、長い付き合いだもの。気になるよ」
【そうかい。…私の名前は、】
崩れ続ける世界で空を見上げる。宿主、セイハはすでにこの空間を去った。最終決戦に向けて走っている事だろう。
『さあ、最後の仕上げと行きますかね』
如月シンタローのためにせき止めていた記憶の開放を焼き付けるから頼まれている。それは記憶を刻み付けていたステンドグラスが砕けたことで始まっている。私の役割はその多すぎる記憶を少しでも整理して目を掛けるに渡すことだ。
『あとは少年少女の頑張り次第ってとこか。……ああそうだった』
ステンドグラスを少しづつ送り出しながら笑む。
『悪いな、セイハ。この力はそのまま私がもらっていく事になりそうだ』
青い空に向かってキラキラと光が溶けた。
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