「シンタロー!」
外から聞こえる声に溜息を吐く。コーラによってお陀仏したキーボードのために出かけることになった訳だが本当に死にたい。
『ほらご主人!セイハさん来ましたよ!』
「わーってるよ、ったく…」
壁にかけていたジャージをとり、外に出る。セイハとは俺が引きこもりになる前からの付き合いだ。引きこもったことでそれでなくとも希薄だった人間関係が皆無になったが、縁を切らずにいてくれたのは少なからず感謝している。
『でもまさかご主人に友人と言える方がいるとは驚愕ですよ』
「失礼な奴だな、おい」
玄関を開けて外に出ると、肩程の髪を綺麗に切りそろえた女性がいた。
「おそいよー。…久しぶり」
「…ああ」
縁は切れていなかったとはいえ実際に顔を合わせるのはもう半年ぶりだ。変わらないこいつに少し安堵した。
ミンミンミンミン煩い蝉の声が響く中シンタローに声をかける。
「あともうちょっとだから頑張ろう?ね?」
『そうですよご主人!というか出る前にあんだけ飲み物飲んだんだから大丈夫ですって。はい、頑張る頑張るー』
「おい…、お前…ちょっと、録音回せ…せめて…しゃべれるうちに…遺言だけ残した…」
『なーに馬鹿な事言ってるんですか。ほーら頑張ってー』
「生きて帰ろ」
『それにほら、ご主人死ぬ前にパソコンに入ってるあの…』
「見たのかよ!!!」
あ、さすがに私の前だからなのかツッコミが早い。
『えぇ、それはもう隅から隅まで』
「ありえねぇ!つーか鍵かけてただろ!?」
『んっふっふー、甘いですねえ。ご主人のすべてのパスワードが4510471(しごとしない)で統一されているなんてことはお見通しなんですよ!!』
「あーえっと、ご愁傷様?」
ショックのあまり顔が引きつっているシンタローに思わず同情の目を向ける。『目を瞑る』が電子体じゃなくてよかった…。いや、でも私の心の中にいるってことはまさか…。
【失礼なことを考えないでくれるかな】
(いきなり話しかけないでよ。)
【宿主が私を話題に挙げたのだろう?それに私はそこの電子体と違ってプライバシーは守る主義だ】
(はいはい、感謝しておりますぅ。)
「セイハ?」
いつの間にやら随分と目的地付近まで来ていたらしい。突然無言になった私にシンタローたちが声をかけてくれた。
「ご。ごめん。なんだっけ?」
『これから行くデパート、屋上に遊園地があるんですよ!セイハさんも行きたいですよね!?』
「うーん、そうだね。行っちゃおうか」
実は私、受験生だったりするのだが。まあ今日は息抜きの日にするとしようかな。
「仕方ねえな、ちょっとだけだぞ」
『やったー!』
「その代わり…」
仲良くコントみたいな会話をする二人に笑った。
【案の常だったなァ】
(だまらっしゃい)
蛇の声を聴きながら現状を分析する。私とシンタローはやはり強盗事件に巻き込まれていた。起こると分かっていても怖いものは怖い。情けなく震えているシンタローは放置の方向で。そのうち頑張ってくれる。なんたって…ヒーローだからね。
「あーテステス…よし。警察の諸君、お勤めご苦労!一度しか言わないからよく聞くように!」
要望は原作の通り金。人質となった客がざわつく。警察の対応次第ですぐにでも殺すと言われたのだ。怖いに決まっている。
もぞもぞと体を動かし拘束が解けないか探るが…。
【縄ならワンチャンあったが親指拘束のプラスチックだからな…そもそも縄抜けは肩を痛めるからやめとけ】
(何でそんなこと知ってんの)
【中二病って…あるよね】
なぜか遠い目をした蛇の顔が浮かんだ。
「あだ!」
突然強盗の一人が頭部を抑え、周りの仲間にキレだした。メカクシ団が動き出したらしい。その状況でもできることがないか、必死に頭を巡らす。
するとシンタローが一人で話し出した。
「シンタロ…」
カノと話しているんだろうな、と当たりをつけながらも振り返るとカノと…セトがいた。思わず顔が引きつりそうになる。アニメ版ですかそうですか!!
【ハッピーエンドのフラグが立ったじゃないか、宿主】
(いやそうだけど!でも、私は…!)
【彼女との約束はいいのか?それともあんたは、大事な時に戦えない腰抜けか?】
「っうるさい!!」
「何悠長にしてんだ、お前何様だよ!!ここにいるヤツら全員死ぬかもしれねぇんだぞ!!」
シンタローと私の声が被ったため、周囲の視線が私たちに集まった。
運よく強盗犯の意識は長く叫んでいたシンタローに向いたらしくシンタローが強盗犯に掴み掛られる。
「はっ、随分貧弱そうだし普段外にも出てねぇんじゃねぇの?お前みたいな引きこもりなら死んだって誰も困らねぇよな」
男たちは声を上げてシンタローを笑う。それを聞いたのと蛇の煽りのせいでふつふつと怒りが込み上げてきた。わかってるよ、逆切れだってわかってるし、能力を使うことを怖がってるだけだって事もわかってるんだよ!!
【なら、手伝ってやるよ】
「……ろよ…」
「…あ?」
シンタローがポツリと何かを呟く。
私の目が熱く熱を持つ。
「お前みたいなクソ野郎こそ一生牢屋に引きこもってろよ!!!」
目を瞑れ!!
「やっぱ君面白いよ、最高…!」
強盗犯を挟んだ向こう側でテレビや接続されていたスピーカーが勢い良く倒れだした。それに動揺した強盗犯たちはこちらを気にしている暇などない。
「って…!」
突然拘束が緩み、加えられていた力が無くなったシンタローは尻餅をついた。彼を拘束していた男は呆然としていて自分がなぜここにいるかもわかっていない様子だ。
そう、『忘れてしまった』かのように。
その隙にいつの間にか自由になった手を勢い良く振ってシンタローは駆けだし、パソコンに繋がっていたコードを自分のスマホに繋げた。カノはシンタローの連れであると分かって私の拘束も解いてくれたようだ。
「頼んだぞ…エネ!!」
『終わったら遊園地、ですよ!ご主人!!』
並べられていたディスプレイが次々と青に染め上げられていく。
「きっと、これで…!」
ほとんど無意識に走り出していた。
この先が分かっていて、無事だってわかっていても、見過ごせる訳がないじゃないか!!
【っ宿主!!】
強盗犯とシンタローの間に体を滑り込ませる。そして次の瞬間、腹部に強烈な熱を感じ、シンタローの呆然としたような表情を最後に意識を手放した。
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