子どもが笑う声を聴いて目を開ける。
私は見た事のない場所にいた。子どもたちが元気よく走ったり、話しながらゆっくり歩いているこの光景はその昔私も過ごした時間だった。
「小学生の…登校風景?」
私は小学校のある方向と逆の向きに立っているらしく次々と小学生は私の前から横を通り過ぎて行った。こんな歩道のど真ん中に立っているのに不審な顔すらされないという事はこの子たちに私の姿は見えていないのだろう。
次の瞬間銀髪の少女がポニーテールにした髪を揺らしながら私の横を通り過ぎた。
「…え?」
その少女に違和感を覚える。だって、あの顔は…。
「目を瞑る蛇?」
だが彼女は黒髪に真っ赤な目をしていたはずだ。今通り過ぎて行った少女は蒼目の銀髪。真逆と言っていい。蛇にそっくりな少女を目で追うと紫色の髪の少女の隣に並び、楽しそうに歩いていた。それは年相応の少女の笑顔で、少し不思議な気持ちになる。
次の瞬間、突風が吹いたため思わず顔を腕で覆った。
そして突然空気が変わる。土と鉄の匂いが鼻をくすぐった。
腕をどけ、目を開けると見えたのは先ほどの紫色の髪をした少女が少し成長した姿。しかし、その体は怪我でぼろぼろで、右腕は異常な形に変形してしまっている。そして何より、その綺麗に輝いていたアメジストのような瞳は、赤が混ざったように濁ってしまっていた。
「何…これ……?」
棒立ちの私の横を通り過ぎたのは先ほどは小学生だったはずの銀髪の少女。
『ああああああああああああああああああああああ!!!!!』
悲鳴のような声を上げながら彼女は紫色の髪の少女に刀のような大きな武器で切りかかるが弾かれたり、躱されたりで攻撃は通っていないように見える。
『何で…何でお前が…』
少女の悲痛な声に返されたのは、嘲笑だった。
『なぁ―――、一緒に帰ろうって言ったじゃん』
「危ない!!」
名前を呼んだであろうところはノイズが入って聞こえなかった。
紫の少女は大剣を横に薙ぎ、銀髪の少女を容赦なく殴り飛ばそうとした。彼女が避ける気配はなく思わず手を伸ばすが届くわけも、触れるわけもない。
『私、―――がいない世界なんて嫌だよ』
強烈な音と共に、勢いよく飛んだ彼女は地面に叩きつけられた後ピクリとも動かない。
「ひっ…」
人が死ぬ光景を目の当たりにし、体が硬直する。赤が目に焼き付いて離れない。その昔、見たはずの記憶だ。両親が死んだとき、見たはずの。
カタカタと震えが止まらない。叫びたいくらいなのに喉は引きつり声すら出せなかった。
「っ…っ……」
【…し……宿主!!】
ぐわっと勢いよく意識が引きずり戻される。見えたのは随分と見慣れてしまった教会のステンドグラスと珍しく不安げな蛇だった。
「…蛇?」
【あんなの、見るもんじゃねぇよ】
「あれは蛇の記憶?」
【…忘れな。誰も幸せになれなかった話なんて】
意識体の筈なのに体が重くなる。とてつもなく眠い。
【私は、ハッピーエンドの方が好きなんだ】
遠くで蛇が泣きそうな声で呟いていた。
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