標的09 雨と霧 | ナノ

標的09



「…すごい」

まるで風のように動き回る三人の姿にサポートしようにも無闇に手は出せない。

「お前ら、見とけ。あれがヴァリアーにおいて雲の幹部の候補に挙がりながら一度も首を縦に振らなかった男だ」
「首を縦に振らないって…断ってたの!?」

リボーンの言葉にツー君を代表に皆で驚く。候補だったとは知っていてもまさか断ってその位置だったなんて思わないだろう。

「実際、あのソラが2人がかりでやって少し押されてるもんね…」

実際に戦った私だから彼女の強さはよくわかる。あの子は一つ一つの動きが速いのだ。小さな体でパワーが出ないからこそ手数で攻めている。私の場合は実力差がありすぎたのか居合抜きのように一度で決着がついてしまったが、赤葉との戦いでようやく彼女の戦い方がみえるようになった。

「葵にはそう見えるか」
「え?」
「何言ってんだよリボーン!どう考えても蒼禅の方が…!!」

次の瞬間、なぜか赤葉が膝をついた。

「なんで?今までソラの方が押されてたよね?」
「ああいう疲労的な状況、お前らなら見覚えあるんじゃねぇの?」

突然横に立った存在に声にならない悲鳴を祈と私は上げる。

「な…なん…!?!?」

何故か先ほどまでソラと共闘していたはずの白い髪の少女が立っていた。

「あーあれ、幻覚。赤葉とやり合うなら『私』一人で十分だろうからな」
「そ、そう?」
「ちなみにあの状況は刀身にうすーく雨の炎を纏わせてるから。雨の炎の効果は?」
「あ、鎮静…ってソラは霧属性じゃ…」

つい昨日きいたばかりである。
しかし、白い少女は当然とでも言うように彼女が雨属性であることを認めた。

「あれも赤葉を騙すための演技。霧属性なのは俺の方だ」

そう言いながら視線をソラ達の方に戻す白い少女。
だがあることに気付いてしまう。属性の効果がはっきりとするのは未来編からだ。今の状況では解明されていないはず。必然的に彼女は外部の人間しか知らないはずの事を知っていることになる。

「あなたも…他の世界から来たの?」
「…そ、そうだよ!それにソラとはどういう関係?」

祈が恐る恐る尋ねる。見た目は姉妹だがそれにしては口調が砕けすぎている上に仲も悪すぎる。

「ああ。あいつがいる場所でないとオレは存在できないし、逆もしかり。……オレとあいつは、一番近くて一番遠い存在だよ」

どういうことかわからず首を傾げていると突然先ほど以上の、まるで手負いの獣のような殺気が放たれた。








びりびりと皮膚がしびれるような殺気に改めて小烏を構え直す。

「ねぇ、ソラちゃんはさぁ、早く帰りたくないの?」
「…」
「早く帰れるならその方法の方がいいでしょう?」
「…そうだな」

ああ、何度も考えたよ。早く帰りたいって。

「だったら!!」
「でも!私は、やらなきゃいけないことが多いから。それに、ちゃんと全部やって出会いを楽しんで……そして!アリスに、あいつらに自慢してやることにした!!」

そう言うとホムラは目を見開いた。その目は迷子のように揺れている。

「私は、考える時間ばっかりはいっぱいあったからそう結論をだした。ホムラ、16年は、短いよ」
「っ…」
「……こちとらなァ、キンハの世界に飛ばされたと思ったらあそこに立ってる自分に絞殺されて、今度はカゲプロの世界で延々とループさせられてカゲプロがアニメルートで終了するまで付き合わされてんだよ!!これ以上ループは経験したくないね!!!!しかも解決したと思ったらまたキンハの世界で諸悪の根源と接触することになるし本当にさぁ…」

思わずストレスから声がでかくなっているが勘弁してほしい。だってそれでなくてもループばっかりしてるんだよ?しんどいわ。

「…でも、悪い事ばっかじゃないよ」
「…」
「いろんな人に会った。馬鹿みたいにお人よしの奴も、悩んで悩んで、間違えて、でも立ち上がった奴も、ずっと走り続けた奴も、いろんな人がいた。だからさ……いい加減、自分の頑張りを認めてやれよホムラ。帰って来い」

そう言った瞬間、頭を抱えだしたホムラ。
そして同時に彼の肩周辺にノイズが走ったのを見て『オレ』がそのノイズごと掴んだ。ホムラはそのまま意識を失いその場に倒れこむ。

『キャン!』

ノイズが外れ、見えたのは黒い毛に赤い隈取が施された狐。私たちの敵の式神だ。

「へぇ、ちゃんともふもふはしてるのな」
「お狐ちゃんももふもふだけどな」
「え、何それ触りたい」
「誰が触らすかよ」

『オレ』と軽口をかわしながら気絶してしまったホムラを揺すり起す。

「…う」
「おい、ホムラ、起きろ」
「ソラ、ちゃ?」
「ソラちゃん言うな」

頭を振りながらも意識ははっきりしだした様子のホムラ。自分で体を支えられそうだと判断して手を離す。

「俺は…」
「敵の策略にまんまとひっかりやがって」
「…面目ない」
「ま、多少は頑張っていたようなので?今度アリスと一緒にお昼おごれ」
「…その程度でいいの?」
「アリスとの食事をその程度で済ますとは…」
「あ、いや!そんなつもりはなくてね!?」

以前会った時のようなお茶らけた少しヘタレた雰囲気に戻ったホムラに内心ほっとしていると暇そうにあくびをしている『オレ』が目に入った。狐は首根っこを掴まれて大人しくしている。

「話は済んだか?」
「ああ、悪かったな。さて、今回もこっちの勝ちみたいだな」

そう狐に行ってやるも、狐は余裕綽々の笑みを浮かべた。

『そう簡単に行くとお思いで?』

次の瞬間、葵や祈がいた方向から謎の黒い光が放たれる。
突然の出来事にその場にいる者たちに動揺が走った。

「きゃっ」
「何!?」

二人の悲鳴にいち早く思考力を取り戻したホムラが叫ぶ。

「リングを外せ!!!」

その言葉に最も早く反応したのは意外にも沢田氏だった。
彼が葵のリングを取り、それに気づいた山本氏が祈のリングを外す。

「って、これどうしたら!?!?」
「そのままこっちに投げろ!俺たちが壊す!」
「壊す!?」

ホムラの言葉に一瞬戸惑った沢田だが彼の表情を見て覚悟を決めてくれたらしい。
しかし、持ち主である葵たちがその腕をつかんだ。自分の所有物が壊されそうになっているんだ。当たり前だろう。

「ツー君!」
「沢田!早くしろ!!」

ホムラと葵の間に挟まれ戸惑う沢田氏だったが彼の目には覚悟が見えた。

「これは、何か嫌なものな気がするんだ。勘…だけど。だから、葵にはこんなリング、似合わないよ」

思い切りよく沢田氏と山本氏によって投げられたリングを狙って構えようとした瞬間、私の手に持っていた小烏が弾き飛ばされる。

『させませんよ』
「このクソ狐が」

しかも狐は分身しており、『オレ』もホムラも狐に対応せざるを得なくなっている。

「このタイミングで…!!」
「しぶとい狐だなぁ!!」

狐の攻撃を避けようとして一瞬バランスを崩す私。それを見た狐はにんまりと笑みを浮かべた。
しかしこちらも笑顔を返してやる。するとようやく狐の表情を崩すことに成功した。

『なっ…』
「その顔を見れただけ、今回は収穫かな」

飛ばされた小烏を消し、代わりに手の中に冷たい鉄の塊を落とす。
そして、不安定な体勢ながらも狙いを定め、

「ばん」

乾いた音が響いた。












「狐には逃げられたな」

私がリングを銃で打ち抜くと同時に、リングからは黒い光を包み込むように白い光が放たれた。その光がやんだ時には狐も姿を消しており、肩の力が抜けた。

尚、不安定な体勢のまま銃を撃った私は盛大に背中から落下し、派手に打ち付けていたことを明記しておく。

「大丈夫?ソラちゃん」

苦笑しながら私に手を差し伸べてきたホムラの手を取り、あたりを見渡すと思っていたよりもグラウンドがぐちゃぐちゃで申し訳ない気持ちになる。

「あ…あー多分、大丈夫じゃないかな」

そう言いながら近づいてきた沢田氏が周囲の光景に罪悪感を覚えている私に声をかけてきた。

「どうせ俺たちが争奪戦の時にボロボロにした状況のまま、まだ完全には直ってなかったはずだ」

沢田氏の言葉を捕捉するように獄寺氏の言葉が続いた。それなら沢田家光に請求するように伝えておくか。

「それにしてもさっきの光って…」
「黒い光の方がリングが願いを叶えようとするときに放たれる光なんだ。で、白い方はそれを打ち消した光。ちなみにあのまま黒い光が完全に放たれていた場合、この辺りは焦土と化して俺たち全員お陀仏だったね」
「赤葉てめぇへらへらと!!」

獄寺氏がホムラに掴み掛る。ホムラを止められていなければそうなっていたのだから当たり前の反応だ。

「うん、罵倒は甘んじて受け入れるよ。こればっかりは俺の弱さが招いた結果だ」
「なら、謝る相手がいるのな」

山本氏の言葉にホムラは獄寺氏の手をやんわりと外し、葵と祈の前に立った。

「怖い思いをさせてごめん!」

がばっと頭を下げたホムラにあわあわと戸惑う二人。互いに目を見合わせてホムラの肩に手を当てた。

「怖くはあったけど、怪我しなかったし」
「家に帰りたいっていうのは当たり前だよねぇ」
「だから、許してあげる」
「…ありが」

泣きそうな表情をしながらホムラがお礼を言おうとした瞬間彼の頭の上に毛玉が落ちてきた。

『ホムラあああああああ!!!!』
「うぐっ」

ホムラの首に回ってすりすりと体をこすりつけているのはあかこちゃんだ。

『蒼!』
「お狐ちゃん」

お狐ちゃんも出現し、私の腕の中に納まった。

『無事ですか!?ケガしてませんか!?』
「無事ですよ」

勢いの強いお狐ちゃんとあかこちゃんに、それぞれがたじろいでいると葵たちに笑われてしまった。

「仲がいいね」

その声にようやく気付いたのかお狐ちゃんとあかこちゃんが普通の狐を装い始めるが流石に無理があるだろう。

「リングを壊してしまったのは申し訳ない。だが、恐らくあのリング自体は元々この世界にあったものじゃないんでな。仕方がなかったと思ってほしい」

そう伝えると葵たちは納得してくれたようだった。

「あの雰囲気、確かにあのまま持っていたと思うと不安があったから壊してくれてありがとう」
「それより、あの白い人はどこに?」
「…多分もう行ったな」

『オレ』の気配は光と共に消えていた。つまりまた、別の世界にわたったのだろう。私と違って回廊を使えるわけでもないのにどうやって移動しているのやら。

「そう、お礼を言いたかったんだけど」
「私から伝えておく」
「お願いね」

そのように話していると葵と祈の元に何かが降ってきた。

「わっ」
「これは…」
「リング?」

先ほど壊したリングとよく似ている。しかし決定的に違うのは不快感を感じなくなったことだ。これがあのリングの本来の姿だったのかもしれない。

『この世界における異物の除去、終了いたしました。任務完了です』

お狐ちゃんの言葉にうなずく。

「ソラ、ホムラ、お前たちの任務はこのリングを壊す事だった。そういう事だな」

リボーンの言葉に否定の言葉を漏らそうとしたホムラを止めて頷く。

「ソラちゃ…」
「私たちは、十代目ファミリーを脅威に晒そうとした危険因子を秘密裏に排除しにきました。結果として護衛対象を危険にさらしてしまった事には謝罪をいたしますが、任務自体は遂行されたと判断します」
「俺からも9代目にそう報告しておくゾ」
「ありがとうございます」
「フッ、教え子の教え子に目をかけてやるのもたまには悪くないからな」

リボーンさんの言葉に目を瞬く。

「あの銃の使い方、マサヤとそっくりだったゾ」
「マサ…ヤ?」
「ん?あいつ、名乗らなかったのか?たしか門外顧問チームの射撃場で子どもに指導したと聞いたが」

そこでようやく繋がる。あの時、私に射撃の指導をしてくれた人だ。

「マサヤ…さん」
「今はどこで何をしているのかわからないがな」
「ありがとうございます。名前、知りたかったから」

話終えた時、こそ、とホムラが尋ねてきた。

「こんだけ派手にやったけど周り大丈夫?音とか」
「『オレ』が幻術で隠してくれてたから大丈夫。便利だよな」
「音まで隠せるのか…」
「じゃなきゃリング争奪戦ここでできないから」
「それもそうか」

ホムラは姿勢を戻してぐっと伸びをした。

「それじゃ、俺は一度本部に戻って辞表出してから帰るとするかな。その位は出来るよね、あかこちゃん」
『はいぃ…大丈夫ですよぅ』

まだえぐえぐしているあかこちゃんをホムラが宥めているがこの様子からするとやはり介入が出来なくなっていたようだ。

「ソラちゃんはどうするの?」
「私も同じ流れになると思います。多分」

いつも雑な移動しかしてこなかったせいで丸く収まった場合の消え方がわからない上、今回は痕跡を残しすぎた。

「とりあえず、次の出会いがどうなるか、ってところですね」
「…そっか。楽しんできてね、というべきかな」
「ああ、今度土産話でもしてやる」

そうやって笑い合っていると葵と祈が手を振りながら呼んでいる。

「二人とも―!!どうせならこのままケーキバイキング行っちゃわないー?」
「え、俺も?」
「どうせならソラやホムラさんの事もっと知りたいな!」

なんだそれ、と思いながらそういうのもいいかとホムラの手を引っ張る。

「最後くらい、肩の力抜いてもいいだろ」
「ソラちゃ…」
「ちゃん付けするな。……お疲れ様、赤」
「…ありがとう、蒼」

後ろは見ない。少し鼻をすする音が聞こえた気がするが聞かなかったことにした。




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