標的01 知らない世界 | ナノ

標的01


ごぽり…。
気泡の音が耳につく。
息が出来ない。
ここがどこかわからなくて目を開けようとしたとき、誰かの手が私の目を覆った。

「見てはいけないわ、マスター」

そう言った小烏の声に、抵抗しようとした腕を止め力を抜く。

「そう、いい子」

ふわりと体が浮いていく感覚を覚え、そのままその感覚に身をゆだねた。







「ふが」

ぱちり、と目を開くが相変わらず暗い。だがどこか温かい。
デジャヴである。
ぐわし、とくびれのあたりを掴み持ち上げる。

「…お狐ちゃん」
「こん」

気まずそうに鳴いたことを不思議に思いながら上体を起こす。
周囲を見渡せば上等なものだと見て取れる調度品ばかりで思わず顔を引きつらせる。
肩に乗ったお狐ちゃんがようやくかなりの小声で話しかけてくる。

『この世界で狐が話すことは異常と判断し普段は鳴く事にしました。また、現在も外に監視がいますので会話はしないようお願いします』

その言葉にこくりと頷く。様子からして比較的現代であることは見て取れる。

『ワタクシは貴女のペットの扱いになりました。…大変不服ですが。あと、ここに保護されて二日目です。…それと、鏡を見てみることをお勧めします』

そう言われてしまえば見ないわけにもいかない。
ベッドから立ち上がりその段階で違和感を覚える。
そして鏡を見たことでその違和感を明確なものにしてしまった。

「ち、縮んでる」
『年齢が退化した模様です』

鏡とにらめっこする。恐らく五歳頃。髪や目の色は相変わらず黒と赤だがそれ以外は五歳頃の自分だった。これではまた体に合わせて修行し直さなければならないではないか。

じー、とにらめっこしていると後ろからガチャリと扉が開く音がした。
ノックをしろノックを。そんなことを思いながらすぐに対応できるようにやや身構えておく。

「お、おお!起きてたか!勝手に入ってきちまって悪かったな、嬢ちゃん」

現れた人物を見て唖然とする。へらへらとしているのに隙が無いのだ。レオンとは違う恐ろしさを感じて思わず戦闘態勢を取ろうとしてしまう。

「…やめときな、嬢ちゃん。今のあんたじゃ俺は簡単に抑え込めるぞ」

その言葉を聞いて構えを解き、肩の力を抜く。そうだ、全く勝手のわからない体では返り討ちに合うに決まっている。

「座りな、悪いようにはしない」

その言葉に従い座る。お狐ちゃんには肩に乗ったままにしてもらう。すぐに逃走できるようにだ。この人、懐には銃を入れている。一度くらいならお狐ちゃんに結界を張ってもらい、回廊での逃走が可能だろう。
そこまで考えて心の中で苦笑する。私を本当に疑っているなら眠っている間に殺せばよかったのだ。それがないという事は本当に危害を加えるつもりはないのだろう。
私がお狐ちゃんを膝に乗せたところで男性は口を再び開いた。

「まずは飲みな。喉も乾いてるだろ?」

ちらりとお狐ちゃんを見るが目を伏せるだけだった。本当に水なのだろう。
それだけ確認してこくり、と水を飲んだ。喉が潤う。

「それで、君は何者だ?」
「…ここはどこ?」
「ここはあるお偉いさんの別荘だ。君はそこの浜辺に倒れていた」

つまり白華様に落下させられ、気絶した後、海に落下。ここのビーチに流れ着いたといったところか。

「私…なんで海に?」
「覚えてないのか?」
「お母さんとお父さんと遊びに来て、それで…それで?」

記憶喪失って…便利だよね?

「覚えてないか?」

こくり、と頷く。

「その狐はお嬢ちゃんのペットか?」
「お狐ちゃん?お狐ちゃんは家族だよ」

あどけない少女のようにお狐ちゃんを抱えて見せてやる。ついでにかわいらしく鳴いてくれるお狐ちゃんまじファインプレーだわ。

「そう、か。名前は言えるか?」
「ソラ、蒼禅ソラ」
「ソラ、しばらくはおじさんやおじさんの部下がここで君の面倒を見ることになる。大丈夫か?」
「…ん。お母さんたちは?」
「おじさんが探してやる」

その言葉に安心したような表情を見せる。お狐ちゃんは私の肩に乗り、私の頬をなめた。親なんてこの世界には居ないはずなんですけどね。あ、でも書類上は存在してたりするのかね。あとでお狐ちゃんに聞いてみよう。

そこまで考えているとお腹が鳴った。

「…飯を用意させるよ。腹減ってるのに色々聞いて悪かったな」
「…いえ。…あの、油揚げってあったりしますか?」
「…すまん、イタリアなもんでな。流石にない。その狐にか?」
「無いなら大丈夫です。しばらくお預けね」

しゅん、とするお狐ちゃん。絶対に演技ではない。

「…あ、持ってそうな奴に心当たりがある。あとで聞いてみとく。とりあえず今は塩気を抜いたものをつくらせればいいか」
「はい、ごめんなさい。ありがとうございます」

がしがしと私の頭を撫でてから男性は出ていった。…頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろうか。
あ…。

「名前、聞くの忘れた」
『名前が分からないとワタクシも検索できませんからね。おかげで未だにここがどの世界なのかわかりません』

なかなかに前途多難だと思わず溜息を吐いた。








海岸で九代目が見つけた少女が目を覚ました。それよりも先に目覚めていた狐はずっと心配そうにしていたがようやく安心したようで彼女から離れようとしていなかったのが印象的だった。狐を手懐けるってどういうことだと思いながらも長い廊下を歩く。

「親方様」

向かいから現れたオレガノに対し片手を上げてあいさつをする。

「少女は起きましたか?」
「ああ、飯を用意してやってくれ。今度は狐の分もな」
「かしこまりました。それで、様子は?」
「落ち着いていたよ。落ち着きすぎな位にな。ただ、浜で倒れるに至った経緯の記憶はないらしい」
「そう、ですか」

はっきり言って疑いが解けないというのが本音だ。俺たちのいる世界は赤ん坊がヒットマンになるような世界だ。年齢なんて判断材料にもならない。
それに最初に俺が入った時の獣じみた殺気。普通の生活で身に付くものではない。
それでも俺たちの世界にいるからと言って身に付く殺気でもないが。
あれが狐と友好な関係を築けている理由だろうか。

「あれぇ、家光さんじゃないっすか」

へらり、そんな効果音が付きそうな笑い方をしながら現れたのはつい一年ほど前にヴァリアー所属になった少年だ。それまでは一時的に俺が面倒を見ていた。まだ十一歳ほどではなかっただろうか。

「ホムラか。調子はどうだ?」
「ぼちぼちですかね、先輩たちみんな怖い」
「ははは」

ホムラの答えに乾いた笑いしか出ない。確かに怖いな。

「あ、そういえばお前油揚げのストックあったりするか?」
「え?ええ、まぁ、あかこちゃん用のが残ってますけど…日本の味が恋しくなりましたか?いい加減帰らないと息子さんにも愛想付かされちゃいますよ」
「う…。この前保護した女の子の連れてる狐がご所望らしくてな」
「…女の子?」

ソラの事を伝えるとホムラはへぇ、と言って自分の肩に乗った狐の顎を撫でた。

「いいっすよ、部屋教えてくれたら調理済みの持っていきます」
「悪いな」
「同じ狐飼いのよしみっすよ」

油揚げについてはホムラに任せ、俺も情報収集を再開するためにまた廊下を歩きだした。




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