拗ねる天才ともうひとり
2019/05/14 03:52

 拗ねて引きこもる子供のようだ。サフェスがシュレディンガーを追い掛けて、鍵のかかったドアを壊して寝室に入り込んだ先で見た光景には、そんな感想しか思い付かなかった。
「シュレディンガー」
声をかけても無反応で、ただひたすら布団で自らとサフェスの間に壁を作るのにシュレディンガーは忙しかった。声が漏れる事はなく、時折鼻を啜る音がくぐもって聞こえるだけだ。身動ぎの様子すら見えない。
 ほんの悪戯のつもりでドライバを外した素顔にキスをしてやったら、この有様である。少なくとも記憶に残るシュレディンガーに、こんな風になった過去はサフェスには見当たらなかった。なぜこんなにも打ち拉がれているのかと言えば、彼には心に決めた人間がいるからだという理由は間もおかずに思い浮かぶ。
 無理矢理に純潔を奪われた乙女のように、ただひたすらシュレディンガーは泣き続けている。心をぐしゃぐしゃに握り潰されて踏みにじられたのだと、彼の一挙手一投足が雄弁であった。サフェスはどうにかして彼に顔を見せてくれないかと懇願しているが、そんなものは知らないとばかりにシュレディンガーは布団を隔てて踞っている。実際に知ったことではない。そもそもシュレディンガーは正しく被害者と言えたし、シュレディンガーが被害者ならサフェスは真っ当に加害者である。
「悪かったよ、まさか本当に未経験だと思っていなかったんだ。そこそこ長い間生きているからてっきり一通りはこなしているのかと思って」
ならばこれはやってもいいことなのか、いいや断じて違うはずだ。個々の認識の違いはあれど、だからこそお互いの了承なくしてはやってはいけないのだろう。知識としてそういった接触を学んではいたシュレディンガーも、あくまでも知識としてだがそう認識していた。何せ憧れのあの少年は、自分よりもだいぶ年下であるはずなので、シュレディンガーは親しくしたいと思いつつ、彼を荒らすのと同じくらい自分が荒らされるのを夢に見ていたのだ。魔物と人間では認識に隔たりがあるだろうかと、人間社会の出版物を──とりわけ恋愛を画いた物語なんかを研究の合間に読み込んでいたシュレディンガーは、すっかりそういう価値観を受け入れていた。少々対象年齢がシュレディンガーの年齢より下(それも年齢の半分ほど)だったのだが、そこには気付かずに現状がある。
 面倒だとサフェスは思っていた。過去形であるのは、彼自身にも予想外なほどにシュレディンガーの落ち込み具合に焦りを覚えたからだ……このまま放っておいては、この先彼に頼みたかった仕事をこなしてはもらえない可能性がある。それは避けなくては。
 ベッドの上で丸くなったままの、恐らく背中に布団越しに触れた。途端に怯えるように跳ね、涙で濡れた目元を見せて振り返る。信じられないと目が訴えている。この期に及んでまだ自分を痛め付けるのか。
「……悪かった。もう君には触れないよ」
それでもまだ疑心暗鬼を湛えた視線が変わらなかったので、サフェスはすっと身を引いた。ベッドについていた手を離して、枕のない足下のあたりにシュレディンガーの顔を見ないように背中を向けて腰かける。
「機嫌を治してくれないか。君をそんな風にしてしまったのは謝るから」
ドライバを外す音がする。ごそごそとベッドの上で丸くなって、シュレディンガーは布団を被ったまま寝転がった。
 ドライバの機能だろうか、恐らく録音された電子音声が再生される。
『放っておいてほしい』
それ以降、シュレディンガーはもうサフェスに何を言われても反応しなくなったので、サフェスは諦めてただそこに居ることにした。



prev | next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -