何かしらのパロディ時空の双子
2018/11/26 15:21

草臥れたローファーを休ませる目的で、目についた自販機の横に座り込んだ。通学鞄の中から水筒を出す。最近は猛暑が続いていて、学校からも水分補給を怠らないようにとのお達しがあり、つまり熱中症対策だ。兄が自分の分と同じように作ってくれる塩入りの麦茶は、あまりしょっぱいとは思わない風味がお茶そのものでなかなか悪くない。日が暮れてもまだ気温は下がらず暑いまま。財布の中にはなんとか一晩過ごせるくらいのお金。着の身着のまま、つまり制服のまま、僕は家路とは真逆の電車に乗るところだった。
ホームの中の自販機とベンチには、僕の他にもたくさんの人がいる。これから家に帰るであろう彼らや彼女ら。暑さに参ってしまいそうになりながらも、それでもなんとか革靴やヒールを気力で動かしている。それをぼんやりと眺めながら、時折目が合うのを知らないふりをしてコンクリートで固められたホームに目を移した。程なくしてホームには、どこかで聞いた軽快なリズムが流れ出す。電車が入ってくる合図だ。それを聞いた人々は、次々に白線に群がり出す。視線を感じながら、ベンチから立ち上がる。ポケットの中から、遂にスマートフォンを取り出して、いくつかの手順で画面を辿る。それを確認してからドアを開けた電車に乗り込もうとした、ところで、近付いてくるローファーの音に気がついた。後ろを振り返ると同時に左手首を捕まえられて、僕の乗り込もうとした電車のドアが音を立てて閉まったのを感じた。「探した」それだけ言って、僕の手を捕まえた兄さんは、右手で僕を逃がさないままにその場でしゃがみこんでしまった。肩で息をする様が暑苦しい。金色の旋毛から広がる僕と同じ金髪は所々に跳ね回っている。余程走り回ったのだろう、疲労の色が濃い風体は、必死の形相を思い浮かべさせる。
「いきなり居なくならないで欲しい」
「僕だって一人になりたい時もある」
「それでも」
置いていかないで欲しい。手首を掴む手が震えるほどに力が籠る。痛いくらいに離れようとしない。
あーあ、と気持ちだけで溜め息をついた。兄さんには恐らく気付かれている。電車はとっくにホームから走り去ってしまっている。僕と兄さんしかいなくなったホームに、生温い風が吹いていた。
生まれた時から一緒だった兄さんは小さい頃から、それこそ赤ん坊の頃から僕と離れたがらなかったらしい。僕自身もあまり気にしていなかったけど、気付いたらその通りだった。いつだって離れ離れになったことがない。……だから、ほんの少し、芽生えた好奇心を走らせる事を試している。それがこれだ。
いつも一緒に登下校する兄さんを置いて、僕は一人で家路に着いたことがある。校門から出て程なくして兄さんに追い付かれた。いつもと違う道を選んでみたら、時間はかかったけどやっぱり追い付かれた。家とは逆方向に行こうとしてみたけど、案の定追い付かれた。ここまで来ると執念めいたものを感じる。
汗だくになっている兄さんを見て、なんだか笑いが込み上げてしまった。運動部でもないからタオルなんて持ち合わせていない。こんな暑い中で、走り回って僕を探したんだろう。捕まれた手ごと兄さんを引きずるように、自販機の前でポケットを漁る。財布に仕舞うのが面倒だったからとそのままになっている小銭をいくつか取り出して、兄さんに振り返った。
「何か飲もうか」
僕の顔を一瞥してから、掠れた声で兄さんは、お茶でいいと呟いた。



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