「無理と言ってくれた方がむしろ嬉しいですが」(第五/写真家と納棺師/性的表現)
2020/04/26 05:02

※付き合うまでこぎ着けた納棺師と写真家が初夜に挑もうとしたら選択を迫られた話です。
※カントボーイ。
※作者はどちらかと言えば納写なので敏感な人は避けてください。
※突っ込みどころは目を逸らして欲しい。
※捏造は標準装備。
※何もできていません。




 初夜である。
 好意を持ってからなんだかんだと悶着があったが、それはそれとして付き合う段階までなんとか持ってきた。そこから更に恋人としての触れ合いを教え、なんとか慣れさせてそれではまた次を考えてもいいだろうと夜に自室に来るようにと言い付けた。肩が跳ねたのをしっかり見たが、最終的には絞り出すような声で肯定したのだ。獣の唸りを聞くようだったとはその場では言わないでおいた。
 自分もあなたも男じゃないですか、とは言われたものの、それを考えてなお進もうと思った気持ちを理解していなくとも受け入れてはくれたのだろうな、とベッドを整えながら考えた時間の胸の高鳴りときたら!
 ドアノッカーが音を立てるのがこんなに嬉しいとは、と恋人を部屋に入れ、寝室はあっちだとエスコートまでしたのに、その恋人はベッドを前にして足を止めた。想定済みである。「怖いかい」と聞いたら、震えながら頷くので、手を繋いで肩を抱いた。
 なんとかベッドに座らせて、キスのひとつでもしてやろうかというところで、マスクの奥から名前を呼ばれる。
 「ジョゼフさん、本当にやるんですよね」
 「ここまできて? やっぱり嫌だとか言われたらさすがに困るのだけど」
 「いえ、それはある程度覚悟しておいたので。ただ僕のことで知っておいてもらわないといけないことがありまして」
 ずいぶんと勿体ぶるじゃないか。鼻先を指でつついてやれば睫毛が羽ばたいて、愛おしさが増していく。
 「驚かないで欲しいんですが、僕はその、男性器がなくてですね」
 理解が遅れる。というか、理解が及ばない。
 言葉だけならば聞いていたとも。性器がない、うん、駄目だやはり説明してもらわなければ。
 「それでその、ジョゼフさんはきちんと男性なんですよね? なら僕が受け入れる側の方が合理的だとは思ったんですが、どうしても想像だけでお腹が痛くなってしまって」
 うんまあ、女性の気持ちは正直すべてわかるとは言わない。ましてこの子は男性として生きてきたのだ。そしてこの性質ときたら、まあ拒絶もしたくなるだろう。慣れてもらうまでが長いだろうことは明白だった。
 「だから、ジョゼフさんに満足してもらう方法を僕なりに考えてきました」
 きちんとベッドに乗り上げてから服を脱ぎ出す。手がさっさと済ませようとしているのを隠さないスピードで服を取り去っていくのを、なんだか夢でも見ている気分で眺めた。
 寝間着を全て取り去ったところで目の当たりにしたものは、立派にそそりたつ男性器、を模したものである。
 「……ついてるじゃないか」
 「偽物ですよく見てください。いやまじまじと見られても恥ずかしいですが……」
 「待て、性器がないと言ったね? この中はどうなってる」
 「正しくは性器がないのでなく、女性器がついています」
 「女性器がついてる」
 「繰り返さないでください」
 下着のようなものを履いた股間部分から生えたそれからしばらく目が離せなかった。
 「……ちょっと待ってくれ、言葉だけではなんとでも言えるだろう。せめて一度その中身を見せてくれないか」
 正直なところ苦し紛れである。彼が胸の小さい骨張った女性である可能性だってあるだろうと頭の中で理屈を捏ねるが、重い荷物に違いないであろう化粧箱を持って走るところも、職業柄か見た目よりずっと力強いところも知っている。そんなにか細くもなければ虚弱でもない体をしているのを何より今目の当たりにしているのだから。
 「あまり進んで見せたいものではないんですが……」
 「誰だって性器は進んで見せたがらないよ。今この場においては必要だと言ってるんだ」
触ったりしないから、となんとか説き伏せて、下着状の黒いベルトを取り去ってもらう。
 留め具を外す手は、服を脱ぐときよりも遥かに緩やかな動きだった。確かに下半身には男性としてあるべきものがないし、あるまじきものがある。髪色と同じ陰毛のなかに女性としての割れ目が存在していて、半信半疑だった気持ちもどこかへ飛んでいった。
 「もういいですか…」
蚊の泣くような声で絞り出された催促。これはだいたい彼のキャパシティが限界を迎える間近の兆候だ。それを察してとりあえず、脱ぎ去った服で隠させた。
 とにかく落ち着かせようと背中を擦ってやる。うなだれ背中を丸めてそれでも半泣きとも言えそうな顔を隠せない有り様がもはや痛々しい。これはとんだ失態だったのかもしれない。ほんの少しの時間とはいえ、見せたくないものを見られていたというのは彼にとって大きな負担になるのだと、わかっていたつもりでもこの有様だ。触れられるくらいならなんとか耐えられる、という具合の人間に、裸になって性器を見せろとはあまりに酷だったのだろう。
 「悪かったね、別に辱しめるつもりではなかったんだよ。どうか落ち着いてくれないかい」
 ひとつだけ、鼻を啜って、それから目元を手で擦ったら、もう平気だと言わんばかりに背筋を伸ばしてこちらを見る。やはりほんの少しだけだが目が赤くて、それでもこちらを見つめてくる。
 「……すみません、取り乱しました」
 「気にしないでくれ、こちらこそ悪かった。もう無理強いはしないから」
 今日はやめにして、眠いのなら寝てもいいし、帰りたければ帰ってもいい。これからやるはずだったことは、そんな気分ですることではないのだと言い聞かせたが、それでもなぜか彼はベッドに居座ったまま。
 「今日を逃したらもうしばらく先になりそうです。僕は腹を括ってここに来ました。これで帰されたらもうあなたと目を合わせるのも怖くなってしまう」
外したペニスバンドを掴みながら、はっきりこちらを睨む勢いのまま。
 「……わがままばかりですみませんが、ジョゼフさんさえ嫌でなければこれを使ってあなたを抱きたいです」
悩みは一瞬あったのたが、考えてみればただ恋人と肌を重ねるだけのことに何を思う必要があっただろう。そうしたいというのなら叶えてやるのも嗜みというものではないだろうか。それに、今から彼が私にやることは、私が彼にやろうとしたことでもあるのだ。それを思えばどうして拒めるというのだ。
 「わかった、うん。君さえよければ」
 本音を言うのなら。
 これを逃して次の機会がいつになるのか、本当にもしかしたら来ないかもしれないということを避けたくて承諾したのだが、あえて口に出す必要もあるまい。彼のやりたいようにさせて慣らして、こちらの頼みも聞いてもらう流れなら拒まれると言うこともないだろうという打算が少なからずあるのだが、それを抜きにしても、恋人と一夜を共にしたい欲求はたかが抱くか抱かれるかで無下にするほどのことではないのだから。
 まずは事前に用意しておいた潤滑油を、彼に渡すところからだ。

comment (0)


prev | next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -