タイトル未定(メギド/デカドラ)
2019/12/06 06:56

※付き合っている二人の話です。



 ホールの端のテーブルに空きを見付けて、手に持った盆を極力揺らさないように歩く。人が多いようなそうでもないような喧騒の隅で、フォークを手に取ったアンドラスが同時に椅子を引いた。
 ここ最近は戦闘に呼び出されることはあまりなかったのだが、自宅にも用がほとんどない状態だった。軍団としての仕事は医務室の管理と医者としての当番で、これがまた現時点でアンドラス本人を入れても片手の指が余るほどしか人員がいないせいで頻繁なものだから、もうアジトがアンドラスの拠点と言っても過言ではないだろう。食事だって待っていればその日に居る面々が作ってくれる。与えられた自室を最低限管理していれば追い出されることもない。これはこれで快適だ。
 何やら最近は軍団結成何百日かの記念が近いらしく、ホールが鮮やかに飾り付けられていて、人は多くなくても視界が賑やかにアンドラスは思う。
「邪魔するぞ」
と目の前に真っ黒なマントを翻して座ったのは、よく見る顔のデカラビアだった。
「やあ。何か用事かな」
「用がなければ話すなとでも」
「そんな風には思わないし、思ってもないことは言わないよ」
君が相手だとそういうの通じないからね、とは心の中にしまっておく。何故かデカラビアは人の心の機微に聡い。俺とは正反対だ、とアンドラスは思いながら、スープをくるくると混ぜる。沈澱してしまったスパイスがうっすら色付いた野菜とともに器で舞い転がるのを、うまくスプーンで掬いながら。
「なに、最近暇そうにしているだろう? デートでもどうかと思ってな」
へえ、とデカラビアに視線を向ける。生憎彼もスープを口にしようとして俯いていたから、帽子の鍔の広さに阻まれてしまったが。
 どういう風の吹き回しか、と他の者が聞いたら後退りでもするだろうが、アンドラスには警戒の要らない相手だという認識があった。何せ二人は恋人同士である。たまに失敗作の薬物で眠らされたり毒物の耐性試験に協力したりさせられたりしてもらえなかったりするくらいには、二人の仲は悪くない。もっとも、これは今のところ二人だけに収めておく関係としている。知られて困りはしないけれど、余計な波風は立たせない方が良いだろう。
 だから、この会話は他者が聞いたら寒気がする程度でも、二人にとっては春の浮わついた空気の具現なのだ。例え逢い引きの中身が薬物の調合や幻獣かそれ以外の生体を用いた実験のデータのやり取りだとしても。
「この間もらった薬はあまり効きがよくなかった。結果的に検体を苦しませてしまったみたいだ」
「あの小動物か……それで、やはり死んだか」
「助けられなくて残念だ。遺体は有効活用させてもらったけどね!」
「死を嬉しそうに報告するとはな。なかなか見所があると思っていたぞ」
「死を望んだわけじゃないさ。ただ、結果として俺が楽しかっただけだよ」
「死体を弄くり回すのにそんな顔をされてはな? ククッ」
喉が鳴るのを見た。口許が、いつもよりは楽しげだ。相変わらず瞳は真っ黒な帽子のせいで見えないが、声だけでもデカラビアの心情はなんとなく察することが出来るようになった……と、アンドラスは思っている。
 スプーンがくるくるとブロッコリーを追いかけるのを、ニンジンを咀嚼しながら見ている。食べ物で遊ぶと色々と怖い面子が、今日は離れたところで子供の世話を焼いていた。獣のパーツを人体に現した少女たち。積極的におかわりを貰わないのを懸念されている子ども。薦められるままに食べる様にも、類似点と相違点。
 目の前の、同い年の青年は、さながらぶすくれながらカトラリーで食べ物をつつくだけのイタズラ少女のようだろうか。
 「あまり食欲がないなら、無理はしない方がいいよ」
 食べ終わった食器を乗せたトレーを崩さないように、アンドラスは椅子を引いた。
 ハッ、と短く吐くような笑い声。
 「あまり食い過ぎては動くのに苦しいからなァ? デートでもと言ったろう」
ゆっくり咀嚼していたのには気付いていた。頬杖をついたのとは逆の手が、スプーンをこちらに突き出してくる。乗っている肉は確か、巨大なウサギのような幻獣のものだったか。
 「だが俺ではお前の体力には付き合いきれん。悲しいことにな」
今日は確か、ユフィールが夜には戻ってくる。本来当番だったバティンは、どうやらついさっき召喚されてしまったようだ。
 タイミングの悪いこと。
「残念、デートは一旦お預けだ」
 夜になったら、またね。今度は俺の家に来るといいよ。
 そうは言ったものの、デカラビアは然程気にせずに自身が構える医務室に顔を出すことは、アンドラスには予測できていたのだが。

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