話し合いの余地もなかった話(ワートリ/出二)
2018/10/03 02:48

 付き合ってください。という台詞は何度も聞いてきた、と、出水は二宮から聞いていた。心の底から嫌々だったであろうことは明白なのに、それでも話してくれた内容は、嫌味だとも思わなかった。勿論、惚れた欲目もあったのだが。
 ほとんどが二宮の見目に心を奪われた女性が、隣に在る自分を想像しての台詞だったのだろうが、生憎出水が二宮に掛けたそれは心の底から誠実と緊張が全面に出ていた。勿論下心もあるだろうが、そんなものは付き合ってしまえばその延長で当然の範囲に収まるものだった。本気で、好かれている。二宮はそれを自覚したと同時に、「…………よろしく頼む」と呟いていた。同性であることを差し置いても、純粋な好意を向けられては敵わない。存外、二宮は自覚するほどそういった真っ直ぐさには強く出られない。
 さて、交際が始まるが、二宮は出水にこれを申し込まれたことも含めて、大体は受け身の方であった。つまり、交際は申し込まれたことしかないのである。リードすることは確かにあったが、女性が相手では男である自分が動かなくてはいけない事は大半で、それ以外はからっきしの部類だった。自分から誰かを好きになったことはない。出水からの申し出を受けたのは、あまりにも好意に迷いがなかったからだと言えた。こんなにまで愛されたのならもしかして、自分も彼を愛することがあるのかもしれない。想像できないところには、そのビジョンはなかった。そうでなかったら一時の気の迷いで収まるだろう。出水はあれで頭は悪くないから、自分だけで感情を片付けることも出来る人間だと二宮は思っている。
 そんな理詰めの交際の、静かで穏やかだった水面に、石を投げたのはやはり出水だった。
 手を繋いで過ごしてみたり、お互いの部屋に相手を招いて恋人として過ごす時間は、確かに満たされるものがある。二宮もとうとう観念して出水を、それこそ心から好きなのだと思い始めた矢先の出来事だ。出水が、二宮を押し倒したのは。
 混乱極まった二宮が、思わず待てと出水の顔ごと上半身を起こす。出水ときたら何が起こったのかわからないという風に、いつもの小憎たらしい顔のまま首を傾げている。
「…………俺が抱かれる側か?」
「…………二宮さんおれのこと抱きたいです?」
逆に出水に聞き返されて、二宮ははたと思い返した。そこまでの激情は、出水に感じたことがない。それはまだそうなのかもしれないし、これからそれを感じることがあるのかもしれないが、現状ではもし体を重ねることがあるのだとしたら当然────。
 おれは二宮さんのこと抱きたいです。と、言われたら、二宮はそうか、と一言呟いた。自分に向けての発言ではないなと出水は理解している。
 その場は結局流れたが、その日からしばらく、二宮に避けられる事となった。



 そんなに不愉快なことをしただろうか。でも無理もないのかもしれない、おれもそうだけど二宮さんだって男だ。おれも二宮さんも、ゲイだというわけではないのだ。いやおれは自分でも疑惑あるけど、二宮さんは彼女とかいたことあるって聞いたことがある。付き合ってる人が居たことがあるのだ。当然セックスだってしたことがあるだろう。自分が相手を抱く側だと思っててもおかしくないのだ。しかも男が相手では、そもそも考えもしなかったのかもしれない────おれとセックスすることを想像してなかった可能性、ある。やばい。
 そんな風に出水が煮詰まって来た頃、遂に二宮から呼び出しをもらった。例の件から数週間。ああ、これ、終わるんだな。キモがられる程度で済めばいいけど、二宮さん結構潔癖なとこあるっぽいし、今までみたいにせめて話だけは出来るような関係に戻れたらいいんだけど。等と考えながら、指定された時間に二宮の住むアパートを訪れた。築浅のものが少ない部屋だ。最小限の持ち物は散らかっておらず生活が見えてこない。それでも大学に通うための筆記用具や参考書が詰められっぱなしの鞄が床に放置されていたりもするから、可愛げがないわけではなかった。
 一人用の卓にもうひとつ用意した椅子と麦茶を出されてしばらく、出水はいつも通りにはできなかった。
 はあ、とため息をついた二宮が、壁際に配置したベッドに腰を下ろした。来い、と言って両手を広げる様を、出水はただ見ている。映画かドラマのようだった。まるで現実味がない。
「…………俺を抱くんだろ、さっさとしろ」
それを言われた瞬間、背骨から脳髄までが沸騰したように、出水は何も考えられなくなった。
「嫌がったのはそっちじゃないですか…………」
子供が激昂するように、ただ叫んで喚くだけのものだったけれど、それは裏を返せば飾りのない本音である。
「こんな長い間避けられたままで、おれがどう思ってたか、悩んでたかわからないんですか。せめて別れてくれってすぐに言ってくれれば、こんなに苦しくなかったのに!」
呆けた顔でそれを聞く羽目になった二宮は、ただ淡々と、思考を取り返してから言い聞かせる。
「俺だって戦々恐々だったがな。男とセックスなんかしたこともないし、そもそも出来るのかと思ってたくらいだ。それなのにいきなり押し倒されて、流れで出来るほど無茶な性格じゃねえんだよ。それに準備だって必要だっただろうが」
 出水が思っていたよりもずっと、彼なりに悩んでいたらしい。枕元に用意してあったバスタオル数枚とローションとコンドームを見せられて、出水が考えるより生々しいことをしようとしていたのだと理解した。現実を叩きつけられたのは、きっと二宮の方が先だっただけだ。
「俺の方が準備が必要だってのは、調べてよくわかった。手間取ったけどな────今なら出来るが、どうする」
男同士でするなら、体を繋げないやり方もあるなかで、二宮は最大限求められたことに応えようとした。
 出水がその事実に思い至ったと同時に、顔を覆って頭を抱える事になった。
「おれ、おれは、すみません。自分の事しか考えてなかったって、今わかりました…………すみません…………」
「気にしないが。それより、どうするんだ?ここまでさせておいて、今更怖じ気ついたりしないだろうな」
最早何かの尋問の様相を呈していたが、現状では出水は客観視出来るほど冷静ではなかった。
「大事にします、させてください。おれ、二宮さんのこと好きです」
さっさと来い。その一言に引っ張られて、出水は椅子を蹴るように立ち上がる。
 ベッドに二宮の背を押し付けるのと、抱き締めて胸のなかにしっかりと抱き込むのはほとんど同時だった。
 唇を重ねて舌の熱さに酔うのは初めてではないのに、このときの感覚はそれからいつまでたっても二人の中で忘れられない温度になることを、二人は未だ知らない。





 冷静に考えたら、このときの二宮はつまり自分を受け入れるために自分で準備をしていたのだと理解した出水は、それ以上は考えないことにした。現時点であまりにも刺激が強い想像だったのだ。そのかわり、今度からは絶対に自分がやろうと胸に秘めて、照れるあまりに背を向けて眠ろうとしている二宮の肩にキスをした。血の気の薄い肌に痕も残らないようなそれは、二宮には耳まで染めさせるに十分だったようだ。

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