宝石の国パロ(HQ/菅及)
2014/09/12 13:55

「清水、菅原、急患!!」
常なら聞くことは無いだろう、黒尾の慌てた声が、医務室まで響き渡る。何事かと清水は作業の手を止めた。菅原も同じく。
ばたばたばた、と荒々しい足音で二人の元に駆けつけた黒尾が腕に抱いていたのは。
「……及川」
菅原が呟く。清水はもうストレッチャーをがらがらと押して、黒尾に「ここに」と声をかけていた。慌てて倣うように菅原は、作業台からいくつか道具を持って、三人のもとへ走る。
及川の容態は、はっきり言ってしまえば無惨なものだった。腰から下は大きな欠片はあるものの原形がわからないほど、左腕は最早砂と呼んでも良いくらい、粉々のばらばらに。及川は決して弱くはない。例え黒尾が戦闘不能になったとしても、月人を撃退するなんて一人でやってのけるくらいは簡単なはずだった。なのにどうして?
「欠片なら粗方拾ったはずだ。ただ、いくつかでかい欠片を持ってかれた」
苦々しく告げる黒尾は、黒曜石によく似た瞳に苛立ちと悔しさをのせて唸るように吐いた。俺のせいだと自分を憎んだ。

月人が現れるときには予兆が空に現れる。それを見つけたのは、及川が先だった。剣を鞘から抜き去って、一目散に飛び掛かる。正に一足跳びだった。及川が剣を振るう度に、月人の姿が霧になって消えていく。着地の度に体勢を整え変えて、逸っているようには見えず、まるでいつも通りだった。___月人が弓矢をつがえるまでは。
黒尾がそれを目視した、その瞬間に及川は眼の色を変えた。
歯を剥き出し牙を向け、まるで獲物を襲う肉食獣のように。あるいは、憎しみを抑えることも覚束ない、生まれたばかりの頃のように。
月人がその矢を放つより先に、つがえられた矢は月人ごと真っ二つにされていく。一閃、一閃、切っ先は鋭く荒く、けれども確実に、敵の群れを葬っていく。援護するように黒尾も剣を振るう。自分を狙う矢は勿論、及川を死角から狙うものも切り伏せて、そこまでしてようやく気が付いた。
月人が持つ、その矢の矢尻。黒尾には見たことがない色と輝きだったが、すぐに合点がいった。___使われているのは[宝石]だ!
及川が構える剣の先には、弓矢を構える無数の群れ。いけない、止めないと駄目だ。黒尾は目の前を払うように剣を振るい、及川に叫んだ。
「及川ァッ、突っ込み過ぎんな!」
聞こえているのかいないのか、止まりも躊躇いもする気配はなく、常より高く跳躍して、目前を一文字になぎ払った。
「うううらあああああああっ!!!」
矢尻だけは決して砕かぬように、一太刀で眼前の全てを霧散させる。
その背後に弓矢を構える月人が見えたのは、黒尾だけだった。

そしてその矢が放たれるのに、黒尾は間に合わなかったという。
結局、[仲間]を全て回収することも、砕かれた及川の全てを守りきることも、黒尾一人では出来なかった。全てを持っていかれる前に、欠片に気を取られた群れを諦めるまで葬っていくことしか出来なかった。

及川の復元のための手を、話を聞いていながらも、清水も菅原も止めはしなかった。仲間の惨たらしい姿を、一刻も早く何とかしてやりたくて。
「俺がいながら、こんな目にあわせた」
懺悔の声を聞きながら、菅原はやはり手を止めなかった。



出来る限り元通りになった及川は、一向に目を覚ます気配がない。日が暮れきった定期報告の時間にも眠ったままの及川の世話を、菅原は買って出た。
常ならこの静かな顔は、性悪さを隠さない表情で周囲を口で引っ掻き回して楽しげに笑って去っていく。人を食ったような態度を取る黒尾と一緒に、仕掛けた悪戯に誰が引っ掛かるかを賭けているような、そんな顔で。それが今はどうだ。眠っているだけで説明がつくかは知らないが、まるでおとなしく撫でられる四つ足のようではないか。なあ、お前はこんな静かで穏やかなやつじゃないだろう。菅原は頭でそう問いかける。こんなことで起きてくれるとは思わないが。
「なあ、及川。無茶苦茶やったんだな」
及川が唯一無事だった右手に、一片握り締めていた[宝石]。意識が無くても決して手離そうとしないその欠片の元を、菅原は知っている。
「気持ちはわかるけど、お前がこんなんなってたら意味ないべよ」
及川と同じ場所で、同じ年に生まれた、片割れと言っても良いだろうその[仲間]。色こそ違えど硬度も成分も似通っていた、及川の相棒。
いつだったか、その相棒を伴うことなく、力なく及川が宿舎に戻ってきた。ついこの間だと思っていたが、そろそろ何十年になるだろうか。
「足なんか膝から無くなってるし」
及川のあの落胆ぶりは、後にも先にもあれっきり見たことがない。暫くは見回りどころか、外にも出たくないと部屋に籠りきりになるほど弱りきった。その時は臨時で菅原が剣を携えて、澤村と組んで見回りに行ったのだ。
「こいつだって悲しむんじゃないのか?」
「岩ちゃんがそんな殊勝な態度取るわけないじゃん」
ヒビだけで済んだ右手に自らの右手を重ねた瞬間、呆れたような疲れたような、草臥れた声が菅原を責めた。責めるような色合いは菅原が勝手に感じ取ったものだが、果たして真意は図りかねている。
うっすらと開かれた及川の目は、何も見ていなかった。その代わり、欠片を握る右手に力が込もっていく。
「……それでも良い顔はしないと思うよ」
「そんなの俺は知ったこっちゃないよ。勝手に一人で連れてかれちゃうような奴のことなんて」
こっちの気も知らないでさ、ともそもそ口のなかで独り言を喋る。
そうかと思えば、今度は盛大なため息をついて、大きく肩を落として項垂れた。
「嘘……ホントは俺のせいだ……」
「え?」
「俺のこと庇って粉々になっちゃった」
ほとんど一緒に生まれた二人は、同じくらいに硬くて強かった。息を合わせて跳び回る二人の輝きは、屠られた月人しか知ることはない。
二人なら何でも出来ると、負けるわけがないと、及川はそう思っていた。信じていた。けれどもそれは盲信だった。
「俺が油断して、群れのなかに誘い込まれて、捕まりそうになったのを、岩ちゃんが助けてくれた」
今日起こったのととても似ているその出来事を、菅原は忌々しい思いで聞いていた。
「俺のせいだ」
ごめんね、ごめんなさい。
ヒビが広がっていくほどに、色の違う欠片と右手を握り締めて。及川は祈るように両の手を合わせた。
「及川、俺の手巻き込んでる」
苦笑を交えて指摘してやると、すぐさま及川は菅原の手を弾く。早く言ってよ!
「でも及川、戦場にはもう出られないだろ」
「そんなん知ってる……」
感覚が無いのはわかっていた。及川の両足は、膝から下を月人にさらわれている。取り戻さない限りは復元はできず、自在に跳びはねることは叶わない。剣を持つだけでは、戦場では生きてはいけない。
「…………これ」
ふと菅原が、及川が握って離さない欠片を見る。
同じ場所で同じ年に生まれた、成分も似通っていて硬度も違わない、片割れ同士とも言える、及川の相棒の欠片。
「岩ちゃんがどうしたの」
「色以外は及川とそっくりだよな」
「…………俺につけるつもりなの?」
例えばの話だ。
もしそれを及川に繋げても、動く足ではないかもしれない。そもそも及川と黒尾が持ち帰ったその欠片で足りるかどうかもわからない、けれど。
「試す価値はありそうだ」
「ホントに? ……動くようになるかな」
ダメならその時こそ、医務室で仕事をしたらいい。
「もし駄目だったら、俺が取り戻すから」
今度は菅原が及川の手と相棒を握り締めて、精一杯に主張した。
「だからもうあんな……そんな顔するなよ」
「どんな顔だよ……けど、ありがと」
及川の歪んだ顔を思い出す。歯を噛み締めて目を細めて、憎々しげに自らを見詰める、後悔と懺悔の混ざった、とても幼い顔。
もうあんな顔は、及川にして欲しくない。
心底そう思う菅原は、けれども次に聞いたことばで、どこかが砕かれるような想いをするはめになった。

「ところで、君の名前ってなんだっけ。はじめまして」





_____
特に配役はありません。
ずっと前に岩ちゃんは月人から及川を庇って月に連れていかれています。なんとか時間をかけて持ち直した及川は、ずっと岩ちゃんを取り戻すことが頭から離れないまま過ごしていました。
一方でスガさんは、硬度もそこまで高くはなく、剣術の腕が立つわけでもないので、人員不足の時だけ戦場に赴く役割を持っていました。通常時は潔子さんと医務室務めです。
そして冒頭に戻る。
……という話でした。

細かいことは原作をどうぞ。話は勿論カバーの仕掛けも楽しいと思います。

ちなみにもし考えるとしたら、シンシャが影山でフォスは日向じゃないかと思っています。




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