幸せの緑


「けほっけほっ」
「笠原、風邪か?」
「ぶふっ…堂上はやっ」
事務室に控えめな咳が響く
もちろんその声の主は特殊部隊の紅一点、郁のものであり、その咳に素早く反応するのは特殊部隊の若き班長、堂上だ
「違います。最近空気が乾燥していて、喉が少し痛いんですよ…」
「大丈夫?のど飴あるからあげようか」
堂上の反応スピードに上戸に入っていた小牧がのど飴を取り出す
「いいんですか?ありがとうございます!」
「いいんだよ、俺も毬江ちゃんに飴貰って楽になったから食べて。でもほんとに乾燥してるよね、俺も起きたときいつもより喉が渇いてたからね」
「やっぱりそうなんですね」
「それに最近ちょっと寒いから風邪にも気を付けないとでしょ」
「そうですね…」
「堂上も!最近どれだけ仕事してるの、体調管理は基本でしょ。たまには有給とって笠原さんと旅行しておいでよ」
と、小牧がいきなり矛先を変えた
「な、何言ってるんですか、小牧教官!」
小牧は慌てる郁に笑いかけながら堂上の耳元で一言
「笠原さん、寂しがってるってさ」
「…柴崎か」
何でもなさそうな声を出したつもりだったが一瞬詰まってしまったことに、聡い友人は気づいただろう
「まぁね、ほんと健気だね、笠原さんって」
「……」
「ま、忙しいのは分かってるんだけどね、笠原さんのことも考えてあげないと。頑張って、はーんちょ!」
そう言って小牧は仕事に入ってしまった


そしてその2日後郁のために全力で仕事を終わらせ、ようやくとれた公休と有給をあわせて二人は旅行へ出掛けた

*******************

少し早めに観光を切り上げ二人は宿に入った
堂上がとった宿は山の上にある旅館
山の上といっても森のようなところではなく、海を眺められるという素晴らしいところだった
「すごい綺麗な夕日ですね…部屋の中がオレンジ色でいっぱいですよ!」
部屋にはいるなり郁は子供のように声をあげてはしゃぐ
「お前は…部屋じゃなくて夕日見ろよ。なんのための部屋だ」
「あ、すいません…でも夕日って見ていたらなんか切なくなりません?」
「まぁな、その気持ちはわかる。だが切ないだけじゃない」
「?」
「まぁ、見ていろ。運が良ければ見れるはずだ」
そう言って堂上は窓から夕日を眺めた
堂上の隣に郁も座る
夕日は徐々に徐々に海の向こうに消えていき完全に沈む瞬間…
夕日のオレンジが一瞬緑に変わった
「…!」
郁が驚いたのが伝わったのだろう
堂上は笑いながら、どこか嬉しそうに説明した
「あれはな、グリーンフラッシュっていうんだ。地平線や水平線の向こうに夕日が沈むのが見える場所で、なおかつ空気が澄んでいたら稀に見ることが出来るらしい」
「そうなんですか…!って稀なんですか?教官、見れることを確信した感じの言い方でしたけど」
「空気が澄む条件ってのは寒くて空気が乾燥している時なんだ。お前も乾燥して喉が痛いって言ってただろ」
「なるほど…じゃあこれを見るためにわざわざこの宿取ったんですか?」
「そうだな。グリーンフラッシュはな、ハワイの方では見れたら幸せになれるって言われているんだ。お前そういうの好きそうだと思ってな」
「はい!こういうの大好きです。でも…」
そう言って郁は言葉を切った
「どうした?気に入らなかったか?」
心配そうな顔をする堂上に郁は慌てて言葉を紡いだ
「ち、違いますよ!今のままでも十分幸せなのにこれ以上幸せになったらどうなっちゃうんだろうって思っ…!」
郁は最後まで言いきることができなかった
気づけば堂上の腕のなかにいて
「郁…かわいい」
そう言われてしまえば抵抗も何もなく力も抜けてしまっていて
郁は堂上をそっと見上げて気がついた
堂上の顔が赤くなっていることに
「教官…顔真っ赤ですよ」
「うるさい、見るな。夕日のせいだ」
「え、でも夕日…沈んじゃってますよ?」
「…」
「ふふ、照れてる教官、かわいいです」



後に郁は最後のセリフをいわなければよかったと後悔する
開き直った堂上にベッドの中で「かわいい」と言われ続け腰が立たなくなるからだとはこのときは気づいていなかった



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