すべて分かっていてもなおその存在を否定する
それは、生涯の中で一番幸せな時間になるはずだった――…
「咲希?」
「ん・・・」
此処に来るのは何日ぶりか何週間ぶりか何ヶ月ぶりか何年ぶりか何十年ぶりか。長いような短いような時間が経った。
思い出せない。あの日以降の記憶は曖昧で、でもそれでいいのだ。あの時の記憶が鮮明であればそれ以外の記憶は色褪せたってかまわない。
「どうしたの?」
「帰りたくなった、だけ」
疲れたから・・・。そう返したら、アラウディは何も言わなくなった。私も何も言わないで体育座りで、顔を埋めていた。
肉体的に、ではない。精神的に疲れてしまった。たったそれだけ。
アラウディはそれを分かってくれるから追求するようなことはしない。私もわざわざ説明したりしない。
それは、アラウディが私の親のようなものであるが故に少しは気持ちが繋がっているからなのか、それともアラウディが鋭いからなのかはわからないけれど。
私にとってここは、なにより安心できる場所。
「どう?調子は?」
「上々。私に対する恨みつらみが日に日に増してる気がする」
「それは、上々とは言わない」
「上々だよ。そのうち私が死んだら、みんな幸せ」
幸せ、ハッピーエンド、めでたしめでたし。
そう思い笑う私。アラウディは顔を思いっきりしかめる。ともすれば、睨みつけているようだ。
何が言いたいのかは分かるけれど、それに対して答えを返すのにはもううんざりで私は黙り込む。けれど、私の逃げをアラウディは許さない。
「復讐は、生きる目的にはなりえないよ」
「そんなこと・・・」
「むしろ、それに囚われすぎて、達成した後の虚無感を心配すべきだね」
「・・・きっと、彼は大丈夫だよ」
だってだって、私とは違うもの。
彼には仲間がいる。助けてくれる人がいる、守らなければいけない人がいる。その全てが彼に少しずつ生きる希望を与えてくれる。
そんなものはすべてまやかしだと、信じられない弱い私とは根本的に違うのだ。
「私は、もう、疲れた・・・」
「咲希」
「生きている意味が見出せない。今の私にあるのは、義務だけ。嫌なわけじゃない。彼の最後の望みくらい、叶えてあげたい。――それが例え、私のためだったとしても」
「・・・そこまで分かっているのに、君は生きようとしないんだね」
静かに溜息をつかれる。私は苦笑した。
彼の思いも、アラウディの思いも、恭弥の思いも。そのすべては私を苦しめるだけ。ごめんね、こんな子で。そう謝るしかない。
どうしてこうなってしまったんだろう。何が悪かったのか、どこで間違ってしまったのか。考えれば考えるほど、私がジョットと出会ってしまったことがそもそもの間違いだったように思える。
というか、私が生まれたことがもう・・・
「咲希!」
名前を呼ばれて、ハッとする。
アラウディは顔をしかめていた。さっきと違って、その瞳は悲哀を帯びている。
私が何を考えていたか、彼には手に取るようにわかるのだろう。親だから。
「ごめんなさい・・・」
「・・・」
「ごめん・・・」
「悪く、ないよ」
アラウディの言葉に、必死に頷いた。
そう、悪くはないんだ。間違いだっただけ。私は悪くない。ただ、出会うことは間違いで、私が生きることは間違いだった。ただそれだけ。
季節は巡る。私もそれに合わせて少しずつ成長せずにはいられない。
だから、どうか、思い出は綺麗なうちに。綺麗なままで、いたい。逝きたい。往きたい・・・
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